閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

平原演劇祭2018第2部 てんでんライト『奉納ヴィヨンの妻』

mixi.jp

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2018/06/09 25:00開演 @横浜市鶴見区入船公園付近(JR浅野駅下車すぐ)観劇無料・雨天決行
【出演】最中、ソらと晴れ女、嵯峨ふみか、小関加奈、角智恵子、高野竜
【交通】JR鶴見線 浅野駅
【持ち物】懐中電灯、度胸

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深夜1時開演の夜通し公演、懐中電灯持参の野外芝居となると、こちらの好奇心は否応なしにかき立てられる。演劇ファンだったら年に何回かはこうした酔狂な企画に関わるものだろう。なんといっても高野竜が主宰する平原演劇祭の公演である。面白くないわけがない。


静岡で午前11時開演、午後8時半に終演した『繻子の靴』を見終えた後、21時12分に東静岡から東海道線鈍行に乗って横浜まで行き、横浜から京浜東北線鶴見駅まで行った。鶴見駅に到着したのは深夜0時15分だった。公演会場の鶴見線の終電はもう終わっているので、高野さんに車で迎えをお願いしていた。深夜1時から朝にかけて公演ということで、観客は下手すると私ひとりかもしれないと思っていたのだが、私以外に鶴見線終電後に駅についた観客が二人いた。高野さんは鶴見駅東口のロータリーにあるファミリーマートの前に車を止め、われわれを待ち受けていた。車での迎えはわたしたちが二巡目だという。昨年秋に埼玉で深夜奉納演劇をやったときは、演者は朗読の高野竜さんと舞踏家のソらと晴れ女の二人、観客は私と竜さんの奥さんの二人だけだった。今回は演者が6名、観客が12名だった。

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JR鶴見線は知る人ぞ知る変わった路線だ。鶴見駅から沿岸の工業地帯の埋め立て地に線路が延びていて、工場への通勤客のための路線なのだ。鶴見から終点の扇町までは7キロほど。変わっているのはこの鶴見-扇町間の本線から、海岸の工業地に向けて櫛上に何本か支線(かつては四本あったが、現在は二本)が延びていることだ。始発の鶴見駅以外は無人駅である。リンク先のmixi上の公演案内の文章に詳しいが、今回の公演は鶴見線の駅の一つである浅野駅の周辺で、ゲリラ的に深夜野外演劇を行うという趣向だ。本当は浅野駅から延びる海芝浦支線終点の海芝浦駅でやるつもりだったらしいが、そこは東芝の私有地で不法侵入となるため、あきらめたらしい。浅野駅は東芝の私有地ではないので、駅野宿の感覚で無人駅の構内に出入りすることは黙認されている(はずだ)。周囲が工場地帯で住宅がないので、深夜に集団があやしげなことをやっていても住民から通報される可能性も低い。

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横浜市鶴見区某所。平原演劇祭2018第二部『奉納 ヴィヨンの妻』開演前。怪しい集団が公園内に。モツの煮込み、美味しい!

浅野駅のそばには入船公園という芝生の公共スペースがある。その公園のそばで車から降ろされた。公園内には照明はないが、まっすぐ歩いくとテントがあり、そこで既に宴会を行っているとのこと。最初は暗闇に目がなれなくてどこに人が集まっているのかわからなかったが、横から「こっちだよ〜」と呼ばれた。芝生広場の中央にテントが設置されていて、そこにすでに10名ぐらい集まって飲み食いをしていた。公園のど真ん中にいきなりテント、そこで十数名が静かに宴会。誰が見ても怪しい。警察がもし巡回にやってきたら職質は必至だろう。「※通報された場合は高野が対応致します。」とあったが、幸い通報はなかった。通報されたところで、犯罪行為を行っているわけではないのだが。反社会的行為ではあるとはみなされるかもしれない。
平原演劇祭では、調理師でもある高野竜さんによる料理がふるまわれることが多いのだが、この日も豚ハツの焼き鳥風と数種類のモツの煮込みが用意されていた。高野さんの飯はちょっと変わったものが多いがたいてい美味しい。この日の料理も美味しかった。

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公演の告知はmixitwitterのみ、当日の連絡はtwitterの高野さんのアカウントが頼りだ。ひとり、鶴見駅から入船公園までぶらぶら歩いて来ますという観客がいて、その人の到着をしばらく待っていた。その観客が到着したのかどうかわからなかったが、とにかくほぼ予定通りの午前1時過ぎに開演。上演予告では「奉納ヴィヨンの妻」となっていて、この作品一本でいったいどうやって午前1時から日の出まで時間を持たせるのだろうと思っていたが、実際には「平原演劇祭スタイル」で、ひとり芝居「奉納ヴィヨンの妻」を軸に、舞踏や朗読が間にはいるという形の上演だった。まず8月から10月にかけて複数箇所で上演が予定されている『嵐が丘』(花岡敬造作)のひとり芝居、ダイジェスト版を角智恵子が演じた。演じた場所はテント横の芝生広場。照明設備がないので、観客の懐中電灯で照らされての上演である。このひとり芝居が15分ぐらいあっただろうか。最後は、角智恵子が観客を置き去りにして芝生広場の向こう側にだーっと全速力で走り去る。公園周囲の工場や道路の明かりやその明かりが反射した曇り空のため、目が慣れてくると案外回りの様子は見える。なおこの日の夜は天気予報は雨予報だったが、高野竜の「スタンド」能力で公演中、雨が降ることはなかった。

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ヴィヨンの妻』は和装の女優、最中のひとり芝居だ。『嵐が丘』ダイジェスト版のあと、どういう手順で演目を出すのかちゃんと打ち合わせができていなかったらしく、出演者間でごちゃごちゃ話合っていたが、なし崩し的に『ヴィヨンの妻』が始まった。開演前の宴会でお酒が入っていた最中は最初かなり酔っ払っている感じで大丈夫かなと思ったのだが、芝居が始まるとすぐに酔っ払っいの雰囲気はなくなった。『ヴィヨンの妻』からは移動演劇になる。ひとり芝居で『ヴィヨンの妻』を語りながら、最中が入船公園から駅のほうに移動していく。それに観客がぞろぞろと付いていく。これは外から見るとかなり異様で不気味な集団だろう。夜の工場地帯を集団が移動し、演劇を見ている。この特殊な状況だけでゾクゾクする。

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無人駅の鶴見線浅野駅構内とその周辺がこの後の上演の主な場となる。駅のあらゆる場所が上演場所になる。観客は演者を追っかけて移動する。
最中による『ヴィヨンの妻」朗読の合間に、まず高野竜による朗読が挿入された。読んでいるテクストは宮沢賢治の『月夜のでんしんばしら』とこの作品についての谷川雁の論考の抜粋のようだ。『月夜のでんしんばしら』の書き出しはこうである。「ある晩、恭一はぞうりをはいて、すたすた鉄道線路の横の平らなところをあるいて居おりました。たしかにこれは罰金です。」線路内立入は当時の法律でかなり重い罪だったことを高野がそういえば、歩き芝居が始まる前に説明していたような気がする。

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ヴィヨンの妻』ひとり芝居は、駅構内のいろいろな場所で演じられるが、その途中で何度か他の出し物によって中断し、ぶつ切りにされる。暗いホームの片隅から白塗りのソらと晴れ女が現れたときにはぎょっとした。奇矯な衣装を身につけ、時に胸を露わにして踊る白塗り舞踏は、それを見守る観客とともに、シュールリアリズムの絵画のような風景をそこに作り出していた。

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高野による朗読、ソらと晴れ女による独舞のほか、赤いワンピースを着た嵯峨ふみかと小関加奈による朗読もあった。駅舎の壁を背景に、二人はよく聞き取れない声でテクストを交互に読み会う。高野が二人をスライド映写機で照らし出す。幼い少女の双子のように見えた彼女たちが読んでいたテクストは、あとで確認するとフランソワ・ヴィヨンの詩の日本語訳だった。

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午前4時過ぎ、空がだんだん明るくなってくる。踏切付近で和服の最中と異装白塗りのソらと晴れ女が絡んでいるところを、十数人の観客が見ていると、配達かなにかのバイクが通りかかった。バイクを運転していた男性は、この異様な集団にあきらかにぎょっとした風だった。そりゃそうだろう。「あ、通報されたりしないだろうか」とちょっと心配になったが、大丈夫だった。日の出時刻の朝4時20分ごろにすべての演目が終わる。観客たちは早足で、入船公演中央に設置された集合場所のテントに戻るよう促される。

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出演者も戻り、終演の挨拶が終わったのが午前4時半だった。外はすでに明るくなっている。鶴見線の鶴見行き電車の始発は6時9分とかなり遅いので、高野さんが車で観客を鶴見駅までピストン輸送した。その間にテントを撤収し、午前5時前には入船公園から完全退去した。シュールリアリズム絵画さながらの一夜の風景は、もとの日常に戻る。日常が非日常に変容する。演者だけでなく、観客もまた共犯者としてこの非日常世界の作り手となる。本当に愉快で素晴らしい一夜だった。

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高野さんに鶴見駅まで送ってもらったのが午前5時過ぎ。私はその後、池袋まで移動した。午後2時から立教大学でベルナール=マリ・コルテスの『タバタバ』の上演があるので、それまで池袋のネットカフェで仮眠を取って時間をつぶすことにしたのだ。ネットカフェに入るまに、西口駅前のマクドナルドで朝食を取る。日曜午前の池袋西口付近は土曜夜を徹夜して遊んだ若者たちがどんより疲れた感じてたむろって居る。町中はゴミだらけ。