閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

←ココカラ『ヤルタ・ゲーム』

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リーディング公演Vol.4:『ヤルタ・ゲーム』

作:ブライアン・フリール
翻訳・演出 江尻裕彦
出演:真那胡敬二、中井奈々子
会場:アポロカフェワークス
新宿区山吹町296 コーポ山吹102
上演時間:55分

評価:☆☆☆☆★

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『ヤルタ・ゲーム』はアイルランドの劇作家、フリールによるチェーホフ『犬を連れた奥さん』の翻案劇である。黒海に臨むロシアの保養地、ヤルタで出会った初老の男と若い既婚婦人との不倫の愛の物語だ。

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江戸川橋と神楽坂の間、住宅街の路地にあるアポロカフェワークス。←ココカラ『ヤルタ・ゲーム』。アイルランドの劇作家ブライアン・フリールの作品なので、面白くないわけはないだろう。


←ココカラは、江尻裕彦が邦訳がない英語の劇作品を翻訳・演出し、リーディングというかたちで上演するユニットだ。第3回公演は2015年11月だからだいぶ間が空いてしまった。今回の第4回公演が仕切り直しということになる。しかし公演のスタイルは変わっていない。カフェを会場にした少人数の俳優によるリーディング。邦訳のない作品を選んでいるが、作品の選択が絶妙だ。リーディングという上演形式にふさわしい作品が、リーディングという形式だからこそ味わうことのできる魅力を引き出す演出で、上演される。しっとりとした大人の楽しみといった雰囲気のなかで、演劇の言葉の世界に浸ることができる。


『犬を連れた奥さん』の登場人物は二人だ。観客に向かって右側に初老の男性俳優(真那胡敬二)が座り、右側に若い既婚婦人(中井奈々子)が座る。俳優の前には譜面台が置かれ、俳優は観客のほうを向き、座ったまま、リーディングを行う。朗読は過剰に芝居臭くならないように、しかし明瞭に観客にメッセ—ジが伝わるように、しっかりとコントロールされている。座ったままの朗読だが、表情の変化や目の動き、そして手足が絶妙のタイミングで動くことで、そうしたディテイルが観客の想像力を引き出すキューになっている。←ココカラの公演を見ると、リーディング公演ならではの演劇の面白さに気づかされる。俳優の表現にはリーディングゆえの枷がかけられている。しかしそうした表現上の枷は、繊細にコントロールされた声、表情、手足の動きを通して、むしろ観客の想像力を引き出す仕掛けとして機能する。物語の展開が観客の興味をひくものであることはもちろん重要だ。観客と演者の関係は演劇よりはるかに親密だし、そしてその相互反応も緊密だ。落語の技術と似ているところがあるかもしれない。演者と観客のリズムがうまくかみあったとき、その相互反応のなかに濃厚なドラマが生まれる。すーっと静寂に包まれるような時間が現れる。


二人の俳優がよかった。中井奈々子は大柄でえくぼが印象的な美しい女優だった。どうしようもない日々の退屈のなかで、不倫の愛の深みにずるずるとはまり込んでいく二人の関係には悲壮で滑稽な絶望感とともに軽やかで明るい解放感もある。こんな不倫に溺れてみたいものだ、と思ってしまうような素敵な公演だった。