閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

ゲッコーパレード『ファウスト』@旧加藤家住宅

原作:J.W. ゲーテ

引用訳:森鴎外 ほか

演出:黒田瑞仁

出演:崎田ゆかり、河原舞、永山香月、大間知賢哉

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美術:柴田彩芳

衣装:YUMIKA MORI

記録写真・映像:瀬尾憲司

チラシイラスト:石原葉

チラシデザイン:岸本昌也

制作協力:岡田萌

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埼玉県蕨市の住宅街にある築40年の古ぼけた木造民家で、日本人の若い俳優たちがゲーテの『ファウスト』を上演するという。
京浜東北線蕨駅から線路沿いに12、3分歩いたところに、会場となる旧加藤家住宅がある。一階の八畳の二間が上演場所になっていた。観客は二十名ほど。二つの八畳間を両はしにそれぞれ二列の客席があり、両側を観客に挟まれる形で俳優たちは演技をした。二間は微妙にずれていたので観客から見て奥側にある八畳間の一部は死角になる。
 
こんな場所で、ひょろひょろして頼りない身体の日本人俳優が『ファウスト』をまともに上演しても空々しい。ゲッコーパレードの公演をその本拠地である旧加藤家住宅で見るのは今回が初めてではないのだけれど、会場に着いてみて「ここで『ファウスト』をやるなんて、いかにも無茶な話だな」と思う。この古ぼけた民家で『ファウスト』を上演するという馬鹿げた挑戦自体が面白い。
 

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男性俳優の口上とともに10分押しで芝居は始まるのだが、『ファウスト』はなかなか始まらない。三人の若い女優たちのグダグダしたやり取りが続く。そのじゃれ合いのようなルーズなシーケンスのとシームレスに『ファウスト』の断片的場面が様々なやり方で挟み込まれていく。小さなムーミン人形を「ファウスト」に見立てた一人遊びのような感じで、一人の女優がブツブツと『ファウスト』の一場面の断片を提示したり、あるいは仰々しい翻訳(森鴎外訳らしい)で二人の女優が掛け合いで演じたり。『ファウスト』の外枠となる若い女性三人のグダグダしたやり取りも、それぞれが何かの「ごっこ」をしているかのように女優たちの演じる人物は連続性を持ちながらも変化していく。最後は家の外から木の枝やら土の入った水槽やら様々なガラクタ的オブジェを部屋に持ち込み、雑然とした「聖域」のようなものを作り、そこで宗教儀式みたいなことをしたりする。それが終わると雑然と並べられたオブジェは片付けられるのだが。
 
とにかくとりとめなく、とらえどころのないシーケンスが『ファウスト』の断片とともに80分間に渡って続く。ああいう場所でああいう女性によって『ファウスト』が上演されるということでもたらされる異化効果というのはもちろんある。ただこの上演の場合、それがどういう意味を持つのか、そしてそれが成功しているのかどうか、私にはわからない。こうした引っ掛かりを観客である私にもたらしているのだから、不可解ではあるけれど試みとしては成功しているのかもしれない。しかしそれが面白かったかどうかも私にはよくわからないのだ。
 
すごく投げやりで無作為に見えるように作為的なことをやっているのだけれど、それではその作為の意図は何かというのがわからない。それは「観客側に開放されたまま投げ出しているんですよ」というもっともらしくて、実は怠惰なだけの思わせぶりではないように思う。そうではないと私は思いたい。
蕨市の住宅地の古ぼけた民家で、若い女優3人プラス男性俳優だけで、あえて『ファウスト』という超大作を上演するということだけで戦略的だ。単に「このミスマッチが面白いでしょう?」だけでは、こうした企画を実際にやって見ようと思わないだろう。『ファウスト』を彼らの上演環境に強引に引っ張り込み、「矮小化」し「ローカル化」することで生まれる何かがあるし、その何かは『ファウスト』という古典の可能性をさらに広げるものとなる、ぐらいの目論見はあるのではないか。
 
その「何か」への自分なりの解答はとりあえずは保留にしておく。ゲッコーパレードは今後も『ファウスト』を上演していくとのことなので、ずっと見ていくうちにわかってくるものはあるだろう。とにかく強い日差しのなか、蕨駅から旧加藤家住宅まで歩いてちょっとぼーっとなった。女優3人が『ファウスト』の断片とともに違った姿を80分のうちに見せてくれるのがとても心地よかった。

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劇場でないところで上演される演劇が私は好きなこと、俳優と戯曲を介してその場所が異世界に変容していくということにたまらない魅力を感じることを、今日の旧加藤家住宅の『ファウスト』で改めて確認することができた。