閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

メクイの共和国

  • メクイの共和国 La Repblique de Mek-Ouyes

2006年2月24日から2006年4月2日@ナンテール-アマンディエ劇場

  • 原作:ジャック・ジュエ Jacques Jouet
  • 演出:ジャン=ルイ・マルティネッリ Jean-Louis Martinelli
  • 美術:Gilles Taschet
  • 衣裳:Patrick Dutertre
  • 照明:Marie Nicolas
  • 出演:Jean Benguigui, Brahim Ait el Kadi, Vincent Bonillo, Brigitte Boucher, Caroline Breton
  • 劇場:ナンテール Theatre Nanterre-Amandiers
  • 評価:☆☆☆★

上演時間:1時間50分
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メクイは語る.「なあみんな,考えがあるんだ.物事は正面から見据えなきゃならない.俺たちは世界のど真ん中で存在しているわけではない,世界ってやつがもとより盲目であるならば,世界自身が流す涙で目が見えなくなっているのならばなおさらだ.嘘泣きなんてたくさんだ,涙を流すなんてことはやめることを誓おうじゃないか! それが自分たち自身のことについてにせよ,他人のことについてにせよ,世界についてにせよ,一滴の涙も流すまい! なんでこんなことを誓うかだって? それは涙が我々の目の感度を鈍くしてしまうからだよ.感度の鈍った目なんて切れないナイフみたいもんだ.血友病患者の持つナイフ,握るための柄のないナイフ,刃もなく切れ味も鈍い,血を流させることのないナイフみたいなもんだからだ.ぐずぐず言ったりはしないぞ! もうぐずぐず不平をこぼすなんてことはおしまいだ! 自らの運命を受け入れないと人はあざ笑っている.それは始まったばかりだ,関心を示さない奴なんているだろうか,まったくその反対だ! 愚弄しない者がいるだろうか? 哀れんだり文句を言ったりしたところでたどり着く先は不平の船.歯ぎしり,虫歯,歯槽膿漏で抜歯が関の山だ.アルレット,もうたくさんだろ,アネット,そうじゃないか,リゼット,そうだろ?」
(大衆小説『恋するメクイ』POL社,2006年より)

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恩知らずのフランス共和国め! この共和国はしばしば共和国の子どもを拒否することもあるのだ.そう,ルネ・パスカル=シルヴェストルはフランス共和国に拒否されたのだ.しかしそうは問屋が卸さぬ.ルネは大型長距離トラックの運転免許を持っている.積載量30トンのセミ・トレーラー付きのトラックの運転が彼の仕事だ.彼が決心した(そして芝居が決定した)日,ルネは自分の車両,トレーラー,そしてそこに積まれていた貴重な荷物を占有した.ルネは高速道路上の一角に陣取り,一方的に彼の個人共和国の独立を宣言する.メクイ共和国,ルネはこの共和国の唯一の国民であり同時に大統領でもある.彼の行為そしてこの新しい国家のエネルギー資源の重要性はまもなく世界の関心を引き寄せ,世界の国々はルネを承認し,彼のもとに使者を派遣する.色気たっぷりの女スパイやイノシシの哲学者,「淫売の家」を作るほとんどめろめろになった人妻などいろんな人物がメクイ共和国を訪れる.メクイ共和国は現代性に関わる社会・政治・文化的な混乱についてのもっとも野心的な企ての一つの表象となっている.しかしメクイ共和国は一つのユートピアの提示にすぎないのであろうか?

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ジャック・ジュエは1947年生まれ,パリ在住.彼は詩を書くが,それは毎日,時の出来事に想を得て書かれている(1992年4月1日以来,少なくとも一日一編の詩を書いている).彼は戯曲,ラジオドラマ,長編小説,短編小説,そしてエッセイの作家ででもある.彼はコラージュやティポグラフィによる作品の制作も行っている.彼は役者たちの集団との緊密な関係の中で積極的に演劇活動を行っている.とりわけ「仕事中の恋愛L'amour au travail」座の中で演劇活動を行っている.ウリポOulipo(潜在的文学の共同作業室,フランソワ・ル・リオネとレイモン・クノーによって創設された)のメンバーであり,フランス・キュルチュール(フランス文化)局制作のラジオ放送,『頭の中のパプア人』に参加した.彼の戯曲『ミッテランとサンカラ』は2003年にアマンディエ劇場でジャン=ルイ・マルティネッリの演出で上演された.
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ナンテールのアマンディエ劇場はかつてパトリス・シェローが芸術監督を務めた劇場.この劇場に来るのは今回が初めて.RERA線のナンテール県庁駅から無料バスが出ている.大きな道路の交錯する場所に,大型モーテルなどの中にどんといきなりある感じだ.館内のレストランが繁盛していた.レストランの客の大半は芝居の客ではなさそうだったが,わざわざこんなところに食べに来るのだから安くておいしいのだろう.
初めての劇場はやはりちょっとどきどきする.がらんとした体育館みたいな小屋だった.客席は700人ほどか.今日は7割の入り.誘導の係の女の子がはきはきとしていて気分がいい.
劇の作者のJacques Jouetは1947年生まれで,演劇作品のほか,詩や小説などをいくつか出しているキャリアのある作家のようだ.今回の作品は小説のかたちで2001年に発表されている.
悪くはない作品だが,スペクタクルとしてのおもしろみに乏しく,消化不良気味の不満の残る観劇となってしまった.今回の滞在で最後に観る芝居だけに選択に悔いが若干のこる.フランスの現代劇の先端にあたる部分を観て帰りたかったのだが.ただし主演俳優を含め,役者はみな個性豊かで,お話自体の設定も面白そうであった.いかにもさえない中年のおじさんが,妻とのけんかを機に,自分のトラックとその周囲を領土とするメクイ国という個人国家を打ち立てるはなしなのだ.この個人国家は世界中が注目し,アメリカをはじめさまざまな人間がこの「国家」をおとずれて,メクイ国元首のこの親父とさまざまなやりとりを行う.
井上ひさしの『吉里吉里国』を連想させる内容だが,国家のスケールははるかに小さい.極小の国家を設定することで,アメリカなどの大国の卑小性をカリカチュアする風刺的寓話である.
設定自体はかなり面白そうだし,最初に広い舞台に本物のトレーラー付き大型トラックを進入させたのにはちょっとびっくりしたが,以降最後まで舞台作りが単調で,フラストレーションがたまった.会話劇で進行しつつ,最後は派手なスペクタクルを見せて欲しかったのだが.役者は主演役者以下みなとても達者.