閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

ハムレット/マシーン Hamlet/maschine

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鴎座公演

  • 原作:シェイクスピアハイナー・ミュラー
  • 翻訳:近藤弘幸,中島裕昭,新野守弘
  • 構成・演出・美術:佐藤信
  • 照明:斎藤茂男
  • 映像:吉本直聞
  • 衣裳:今村あずさ
  • 出演:森一(俳優座),冨樫真(トム・プロジェクト),笛田宇一郎,福沢亜希子,荻野百合子,久保恒雄,河内哲二郎,伊達由佳里,米田圭亮,武田幹也,上村美裕起,佐藤治彦
  • 上演時間:二時間十五分
  • 劇場:神楽坂 theatre iwato
  • 評価:☆☆☆☆★
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ハムレットマシーン』の上演だと勘違いしていたが,シェイクスピアの『ハムレット』のミュラー翻案版とミュラーによる『ハムレットマシーン』を組み合わせて構成されたのが今回上演された『ハムレット/マシーン』だということを,上演直前にパンフレットを読んで知る.1990年に初演された際には上演時間は八時間かかったそうだ.今回は佐藤信構成による「短縮版」か.
佐藤信演出作品は,この前のベケットといい,さらに黒テントでやったコルテス作品といい,もともと「前衛的」とされる作品が未消化でひとりよがりな解釈と表現によってさらにわかりにくくなっているように思え,僕には失敗作続きのような印象があった.だからこの公演も直前まで見に行くかどうか迷ったのである.上演当日の午後に予約電話を入れたが,100人ほどの収容人数があるiwatoはほぼ満員だった.今日は柄本明の姿があった.
ハムレット』の原テキストは場面事にばらばらに解体された上でジグゾーパズルを組み立てるように再構成されている.原作を知らないとしんどいかもしれないが,有名な場面ばかり切り取ってコラージュしてあるし,原作のテクスト自体には大きな変形を加えていないので,再現される『ハムレット』は時間軸がばらばらになっていることをのぞけば案外オーソドックスな感じである.この断片の間に舞台前面で舞台の約半分を覆う形で張られたメッシュ状のスクリーンに,ハイナー・ミュラーの注釈(かなり政治的な内容が多かった)が映像と音楽とともに挿入される.
打ちっ放しのコンクリートの壁をうまく生かした舞台美術,チュニック風の真っ赤な衣裳,多様な照明効果,映像の使用など視覚的表現はきわめて印象的である.舞踏風の動きも時折導入され,これも効果的だった.導入部のアングラ舞踏風の群舞とパスポートを燃やすシーンは鮮烈な印象を与える.
スペクタクルだけでなくテクストのメッセージも,力強く独自の抑揚を持つ発声によって明瞭に伝えられる.中頃にミュラーのテクストである『ハムレットマシーン』が挿入され,シェイクスピアの『ハムレット』の世界は一気に混沌の中で解体されていく.この解体の過程は暴力的で実にかっこいいのだ.さまざまな反復,表現の回帰,注釈などでシェイクスピア劇の世界がミュラーの世界観によってさんざんかき回された後,『ハムレット』の最後の場面が再現されることで芝居は幕を閉じる.しかしあのデンマーク王宮廷に築かれる死体の山とそれを眺めるフォーティンブラスの場面は,ミュラーの介入によって原作で想起されるコンテクストとは明らかに別のコンテクストによって覆われてしまっている.
洗練され計算されたアングラ前衛風の表現が,ミュラーの硬質な前衛性と見事に調和した刺激的な舞台だった.劇中歌を歌う女優の歌声は実に美しく,その微妙に不安定な音程は絶望の中で死にゆくオフェーリアの錯乱の様子を反映しているかのようであった.また複数登場するオフェーリアを演じる女優たちの美しさも印象的だった.