閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

ヘンゼルとグレーテル

メトロポリタンオペラ ライブビューイング

  • 指揮:ウラディーミル・ユロフスキ
  • 演出:リチャード・ジョーンズ
  • 出演:
    • グレーテル:クリスティーネ・シェーファー
    • ヘンゼル:アリス・クーテ
    • ゲルトルート:ロザリンド・プロウラウト
    • 魔法使い:フィリップ・ラングリッジ
    • ペーター:アラン・ヘルド
  • 英語バージョン/日本語字幕
  • 上映時間:約2時間35分(休憩1回)
  • MET上演:2008年1月1日(日本時間2日)
  • 満足度:☆☆☆☆★
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ニューヨーク、メトロポリタン・オペラ劇場での公演のライブ録画上映。
めぐろパーシモンホールにて。パーシモンホールに行ったのは今日が初めてだった。広々とした敷地にガラス張りのゆったりしたロビー、まだ出来て間もないのかとてもきれいなホールだった。劇場のなかも広々としてとても立派だったし。僕の感覚ではこのあたりだと東京の「はずれ」という感じもしていたのだけれど、住宅街の真ん中にこんな立派なホールがあるのが不思議な感じがした。老朽化が目立つわが板橋区の区民文化会館とはまったく比較にならない。二十三区内でも文化格差はかなり大きいなぁ。

グリム童話に基づくフンパーディンクのオペラ《ヘンゼルとグレーテル》は比較的上演回数の多い作品らしいが僕は今回始めて見た。フンパーディンクワーグナーの弟子で音楽もその強い影響の下にあるという。といってもワーグナー自体それほど聞いていない僕にはよくわからないのだけれど。
ヘンゼルとグレーテル》の音楽は民謡調のわかりやすい旋律の明るい雰囲気の曲が多かった。序曲などの器楽部分も心地よい旋律が耳に残る。

今日は演出家にひかれて見に行った。今回の公演の演出を担当しているのはリチャード・ジョーンズだが、僕は彼の演出作品を2002/03年のシーズンにパリのパレ・ガルニエで見ている。ジョルジュ・ヌブというシュールリアリズム運動とも関わりを持った作家のテクストに基づくマルティヌ作曲のオペラ《ジュリエットあるいは夢の鍵》という作品だったが、この舞台の印象はいまだ鮮烈に頭に残っているのだ。過去の記憶をすべて失ってしまった住人たちが住む町を何年かぶりに再訪した本の行商人が主人公とする幻想譚なのだが、ジョーンズの演出は意外性に富んだ演劇的仕掛けで観客の目を楽しませ、シュールリアリズム的な夢幻的・遊戯的世界を背景に濃厚なノスタルジーを喚起させるすばらしい舞台だった。

今日の《ヘンゼルとグレーテル》も期待に違わぬ素晴らしい舞台だった。意外性に満ちた創意に魅了される。グリム童話のテクストの核にある得体のしれないグロテスクさ、怖れを、視覚的に引き出した魔術的舞台(魔法使いも実際に出てくるお話だけに)だった。音楽、美術、衣裳、特殊メイク、舞踊、演者のパフォーマンスなどが奇跡のごとく協同して、スケール感のある夢幻劇にしあがっていた。映像ライブだと歌手の動きひとつひとつがとてもていねいに演出されているのがよくわかる。演出的にはかなり要求が多かったように思うのだけれど歌手の役者としてのパフォーマンスも素晴らしかった。歌もよかったけれど。兄娘のダンスの可愛らしさが印象に残っている。衣裳と動きの工夫で、大人が子どもを演じてる違和感は少なかった。
オケと指揮もドラマの進行と演奏が有機的に結び付いているようなのりを感じた。全般に非常に丁寧な演奏であるように僕には思えた。

テキスト自体はグリム童話から大きく改変されてはいない。
三幕構成でどの幕にも見どころがあるのだけれど、二幕にあたる部分、森の中でさ迷う兄妹が夢見る晩餐のシーンの独創的なアイディアの素晴らしさ、悪趣味が一気に崇高なイメージと結び付いてしまうような強烈なイメージ喚起力を持つ場の美しさは、感涙ものだった。

フィナーレもかなり質の悪いブラックユーモアを効かせつつ、華やかな高揚感を残して終わる。ライブ映像とはいえこんな舞台を見ることができて本当に満足。