閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

春琴

世田谷パブリックシアター+コンプリシテ共同制作

  • 原作:谷崎潤一郎『春琴抄』、『陰翳礼賛』より
  • 演出:サイモン・マクバーニSimon McBurney
  • 美術:松井るみ/マーラ・ヘンゼル
  • 照明:ポール・アンダーソン
  • 音響:ガレス・フライ
  • 映像:フィン・ロス
  • 衣裳:クリスティーナ・カニングハム 
  • 出演:深津絵里、チョウソンハ、ヨシ笈田/立石凉子、宮本裕子、麻生花帆、望月康代、瑞木健太郎、高田惠篤/本條秀太郎(三味線)
  • 上演時間:1時間50分
  • 劇場:三軒茶屋 世田谷パブリックシアター
  • 満足度:☆☆☆☆★

http://setagaya-pt.jp/theater_info/2008/02/post_103.html

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文学部出身にも関わらず読んでいない古典作品が多くて恥ずかしいのだけれど、谷崎潤一郎のテクストもこれまでちゃんと読んだことがなかった。
サイモン・マクバーニーが『春琴抄』と『陰影礼賛』に基づいた舞台作品をこのたび上演するというので、「予習」としてこの二作品を読んだのだけれど、『春琴抄』の素晴らしさには本当に衝撃を受けた。これまで僕の読んだ小説の中で最も美しいものの一つだと思った。

盲目というハンデゆえにより一層膨らむ官能的魅力、精巧な観賞用玩具としての女性へ強烈な愛着、そしてその不自由な玩具を崇拝し、彼女に支配され、振り回されることで生じる倒錯的喜びに共感できる「佐助」タイプの男性というのは少なくないはずだ。

マクバーニー演出の舞台は、何年か前に世田谷パブリックで見た『ストリート・オブ・クロコダイル』の印象がいまだ鮮烈に残っている。独創的な演劇的表現のアイディアを豊富に持つ演出家だと思う。

今回の『春琴』では、現代の録音スタジオでの『春琴抄』の朗読という設定を外側にもってきて、その中で『陰影礼賛』のテクストを少々からめつつ、『春琴抄』の物語が再現される。作者の谷崎自身も語り手のひとりとして舞台に登場する。この外枠構造や作者の谷崎と『陰影礼賛』のテクストの介入は、『春琴抄』の物語に効果的にからんでいたとは思えなかったし、深津絵里のきんきんした声にも違和感を覚えた。

しかし陰影を強調した簡素な舞台の中で、衣裳の早替りや背景の映像、繊細な照明の変化、シンプルな棒や畳の並び替えなどの手段を使って舞台の様相を変容させて行くやり方の洗練ぶり、音楽の使い方、そしてとりわけ春琴をある年齢まで出遣いの人形や「人形ぶり」の役者によって演じさせるアイディアにはマクバーニらしい才気を感じた。

「春琴」の人形は深津絵里が操作し、その台詞も深津絵里がしゃべる。彼女がずっと人形遣いをやるのかと思っていると、成人した春琴が佐助を激しく折檻していたぶる場面で、春琴の役が人形から深津絵里に移行していく。この魂のない人型から、生身の人間へと春琴が変化して行く様の劇的効果がとてもみごとで印象に残っている。
全体的には『春琴抄』の耽美的世界を、しっかりとテクストを読み込んだ上で演劇的方法を使って鮮やかに変換した優れた舞台だと思った。僕は大いに楽しむことができた舞台だった。