閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

『江戸城総攻』『左の腕─無宿人別帳─』

前進座 五月国立劇場公演
http://www.zenshinza.com/stage_guide/09kokuritu/index.html
『江戸城総攻』(二幕)

  • 作:真山青果
  • 改訂・演出:鈴木龍男
  • 美術:伊藤熹朔・高木康夫
  • 照明:寺田義雄
  • 音響:小倉潔
  • 舞台監督:枦川孝一
  • 出演:嵐圭史(徳川慶喜)、藤川矢之輔(西郷吉之助)、瀬川菊之丞(勝麟太郎)、嵐広也(山岡鉄太郎)、武井茂(高橋伊勢守)、益城宏(益満休之助)、中嶋宏幸(中村半次郎)、津田恵一(覚王院義観)、山崎辰三郎(林玖十郎)、姉川新之輔(竜王院堯忍)
  • 上演時間:2時間半(休憩30分)
  • 評価:☆☆☆☆
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『左の腕─無宿人別帳─』

  • 原作:松本清張
  • 脚色:平田兼三
  • 演出:津上忠
  • 演出補:橋本英治
  • 装置:熊野隆二
  • 照明:寺田義雄
  • 音楽:杵屋佐之忠
  • 殺陣:中村靖之介
  • 舞台監督:中橋耕史
  • 出演:中村梅之助(卯助)、武井茂(いなりの麻吉)、高橋佑一郎(板場銀次)、河原崎國太郎(松葉屋主人 おあさ)、上沢美咲(卯助の娘 おきみ)
  • 上演時間:1時間15分
  • 評価:☆☆☆☆★
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うまい役者が緊密なアンサンブルで、きっちりとした楷書体で中身の詰まった芝居を組み立てる。前進座の芝居のよいところは依然維持されていて、充実した観劇の喜びを味わうことのできた舞台だった。ただこの充実した内容の芝居が動員に結びつかないのがつらい。やはり商業的演劇興行ではスターの存在が不可欠だ。芝居の内容も大切だが、それよりも芝居という非日常の高揚感を感じさせるような強烈な輝きも観客は求めているのだ。座頭の中村梅之助をはじめ、しぶいうまさを感じさせる役者はそろっているのだけれど、中村梅雀が抜けた今の前進座には圧倒的な存在感を感じさせる太陽のような存在が欠けている。座の芝居はもちろん大事に守っていかなければならないだろうが、実力のある中堅どころは外部出演も積極的に行い、その世界を広げることで座に新しいエネルギーをもたらして欲しいような気がする。そして前進座という独自の演劇の場を継承していってもらいたいように思う。

生真面目で地味な台詞のやりとりが続く真山青果の作品は苦手で歌舞伎座で掛かっていても敬遠してしまうことが多い。一昨年、国立劇場で三ヶ月にわたって上演された『元禄忠臣蔵』も通ったのだけれど、彼の芝居の魅力が自分にはよくわからなくて、退屈で忍耐を強いられる観劇だった。『江戸城総攻』のオリジナルは三部作で、通しで上演すると四時間ほど必要となる大作らしい。今回の前進座の公演ではこれを二幕五場に再構成し、二時間ほどに圧縮している。この改訂がうまくできていて冗長さを感じさせない、テンポの感じられる展開の芝居になっていた。西郷、勝、山岡、益満といった主要な登場人物の人物造型も丁寧にされていて、それぞれの性格や立場の違いが明瞭に対照され、緻密な台詞のやりとりのなかで緊張感のあるドラマを作り出していた。とりわけ山岡を演じた嵐広也と勝を演じた瀬川菊之丞が作り出した一本気で清廉な人物像が印象に残る。一つの時代の終焉の寂しさよりも、来るべき新しい時代のエネルギー期待させる若々しい群像劇のような趣を僕は感じた。

『左の腕─無宿人別帳─』は勧善懲悪の世話物で、主人公の「変身」ぶりがとても爽快だった。梅之助の演じた役は、彼の柔らかな風貌が生かされた役柄だったけれど、悪に立ち向かいきりっとひきしまる場面の対照の鮮やかさと緊張感がとても心地よい。悪役のいなりの麻吉を演じた武井茂も、あくどさの中に愛嬌も感じられる絶妙の芝居であった。幸福感に満ちたエンディングに思わずこちらの顔もほころぶ。心地よい後味で劇場を出ることができた。