閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

ハイバイ
http://hi-bye.net/02kouen.html

  • 作・演出: 岩井秀人
  • 舞台監督:谷澤拓巳
  • 美術:土岐研一
  • 照明:松本大介(enjin-light)
  • 音響:長谷川ふな蔵
  • 衣装・小道具:mario
  • 出演:菅原永二(猫のホテル)、金子岳憲(ハイバイ)、永井若葉(ハイバイ)、坂口辰平(ハイバイ)、吉田亮、青山麻紀子(boku-makuhari)、上田遥、町田水城(はえぎわ)、平原テツ、用松亮、大塚秀記、猪股俊明
  • 劇場:池袋 東京芸術劇場 小ホール1
  • 上演時間:1時間50分
  • 評価:☆☆☆☆★
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再演だが、ぼくは初演は見ていない。目にした感想ではやたらと評判がいいのだが、僕にとっても強烈に面白い芝居だった。脚本と演出の完成度の高さは驚異的だ。ハイバイは二年前に「ごめんね放課後」を見て、これも好意的な感想が多かった芝居だけれども、僕はあまり楽しめなくて、むしろ芝居の雰囲気がちょっと不愉快な気分でさえあって、ハイバイはいいや、って感じだった。この芝居も評判のよさゆえにかえって警戒心(?)を持って劇場に向かったのだけれど、そんな僕でもうなり、脱帽、感嘆して、そのおもしろさに降参してしまった。

舞台は客席の中央に設置されていた。客席は舞台を挟む形。ほとんど素舞台に近いシンプルな板張りの舞台で、ドアがパイプとドアノブだけで表現されている。ベッド、ちゃぶ台など必要最小限の物体によってある家庭の一室が表現される。がらんとしているが黒い背景のなかに浮かび上がるそのシンプルさが美しい。
家族ものである。作・演出の岩井秀人の「私演劇」。家族内で暴君と化し、孤立しながらも、妻子を圧迫し苦しめる父親がいる。その父との激しい葛藤のなかで、家族全員が疲弊していく。しかしその疲弊のなかでも家族の絆という幻想を捨て去ってしまうコトはできない。苦しみ、傷つきつつも、登場人物たちは家族という牢獄に留まりつづける。

この地獄の物語を湿っぽい陰鬱、陰惨さのなかではなく、洗練された笑いのなかで描き出す手腕はすごい。ぼくは何度も爆笑した。まったく退屈を感じさせない緊密な構成だった。何気ないエピソードが伏線としてうまく使われていて、同じ場面の反復によって宙ぶらりんの場面に意味が重なっていく。この反復の使い方がとてもスマートなのに感心した。効果的に物語にふくらみを与えていた。

家族関係、とりわけ親子関係はある意味分身同士みたいなところもあり、その濃厚さゆえに愛憎も深くなる。殺人事件の多くは家族内の人間によるものだとどこかで読んだことがある。最小の社会単位である家族という関係が平穏で安定したものであることを望まない人はほとんどいないだろう。しかし家族関係は濃密であるだけに、この関係内の権力のバランスは実は微妙な均衡のうえでかろうじてなりたっているような気もする。DVの夫も好きでそうした役割を演じるようになったわけではないだろう。家族内関係の微妙な権力バランスが、彼をそのような人間にしてしまった面もあるはずだ。
僕自身もあのような暴君となり、家族を疲弊させてしまう原因となる可能性は大いにある。娘や息子を抑圧する悪魔のような存在になる可能性は十分ある。僕だけでなく、妻や子供たちもしかり。

年月とともに人間は変わる。その変化の中で、幸せだった家族が機能不全に陥ってしまうというのはごくありふれたことに違いない。この芝居を見て、家族とは壊れうるもの、それも意外にもろいものだ、という事実をつきつけられたような気がした。家族は共同して生活していくうえで、互いに多かれ少なかれ共依存の関係にある。しかしその依存関係に無自覚によりかかっていくと、いやたとえ自覚的であっとしても、ちょっとしたきっかけで互いが互いをはげしく傷つけ合いながら離れることができないという、地獄へと落ちてしまうこともあるのだ。