閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

「日本振袖始」、「曽根崎心中」

11月歌舞伎公演「日本振袖始(にほんふりそではじめ)」「曽根崎心中(そねざきしんじゅう)」
日本振袖始

  • 作:近松門左衛門
  • 脚色:戸部銀作
  • 補綴:国立劇場文芸課
  • 美術:高根宏浩、国立劇場美術係
  • 振付:二世藤間勘祖
  • 作曲:野澤松之輔

曽根崎心中

近松門左衛門作品の二本立て。どちらも面白かった。
「日本振袖始」は初めて見た。スサノオミコトの八岐大蛇退治の神話を題材にした作品。時代は神代だが、芝居は古典歌舞伎仕の〈時代物〉仕立てになっている。梅玉スサノオ魁春が岩長姫実は八岐大蛇。ヒロイン(?)役の稲田姫が中村梅丸。梅玉の部屋子らしいが、この梅丸の姫がとても可愛らしい。パンフレットの写真はなぜか子供時代の写真のままだが、梅丸は1996年生まれだから今、15歳ということになる。

稲田姫が高熱で苦しんでいるところにスサノオが通りかかり、着物の両袖の脇のところを切り裂くと、姫の熱が下がる。姫は八岐大蛇の生贄となる運命だった。スサノオは切り裂いた姫の着物の脇に剣を忍ばさせる。このときから脇のあいた袖の着物は振袖と呼ばれるようになった。
二幕目はスサノオと八岐大蛇の戦いが中心となる。八岐大蛇をどう表現するのかと思えば、鬼の仮面をかぶり、きらきらひかる鱗状の着物を着た大蛇役の役者が八人現れ、それが一体となって八岐大蛇を表現していた。たちまわりの時間はかなり長くとっていた。華やかで多彩な立ち回りで、〈武家物〉の様式の面白さ、奇抜さを愉しんだ。この他にも岩長姫の舞踊劇の場面や、侍女による喜劇的な芝居、義太夫の渋い語りなどいろいろな種類の趣向が盛り込まれた歌舞伎らしさを愉しむことのできる楽しい芝居だった。

曽根崎心中」のお初は藤十郎の当たり役でもう千回以上演じているとのこと。藤十郎の動きは綿密にプログラムされた精巧なアンドロイドのようだ。所作の連鎖が滑らかで、かつメカニックな感じがある。顔はアンパンマンみたいで不細工だが、これは仕方ない。徳兵衛は息子の翫雀が演じた。商人の徳兵衛と遊女お初の悲恋の物語。「愛と死」という定型的主題のドラマ。徳兵衛は幼なじみの九平次の策略にはまり、商人社会のなかでの信用を失い、絶望するお初は徳兵衛と心中する道を選ぶ。

死の衝動に駆られ、その衝動に身を委ねることで完全な愛のまま燃焼しようとする、その若さゆえの浅はかさが切ない。死を決意したお初の恍惚感が第二場の花道の引っ込みの場面で見事に表現される。死に向かって積極的に突き進むことで、彼女は生についてのこの上ない充実感と悦びを逆説的に手に入れたのである。

第一場の引っ込みの場面もいい。九平次の策謀で町の衆の信用を失い、散々殴られてぼろぼろになった徳兵衛が蕭然とした様子で、とぼとぼと花道を下っていく。この場面は義太夫も流れない。沈黙の中、緊張感ある場面が作られる。

結末は壮絶である。互いに短刀で相手を突き殺すのだから。もう少し思慮があれば、死なずにすんだはずの二人である。「南無阿弥陀仏」の念仏の響きが二人の死を荘厳な雰囲気で包み込む。