閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

2011年の観劇生活

2011年は歌舞伎も含め約100本の芝居を観ました。多分今年も同じくらいの数の芝居を観ることになるような気がします。特に印象に残った10本を挙げると以下の通りになります。

1.桃園会『ダイダラザウルス』
2.国分寺大人倶楽部『リミックス2』『ホテル・ロンドン』
3.ままごと『わが星』『あゆみ』
4.青年団『ソウル市民』『ソウル市民1939〜恋愛二重奏』『サンパウロ市民』
5.タニノクロウ演出『チェーホフ?!:哀しいテーマに関する滑稽な論考』『エクスターズ』
6.時間堂『廃墟』
7.下町ダニーローズヴェニスの商人?〜火焔太鼓の真実〜』
8.イ・ユンテク演出『女中たち』(日韓混合)
9.elePHANTMoon『劣る人』
10.キャラメル・ボックス×柿喰う客『ナツヤスミ語辞典』

番外:
シルク・ドゥ・ソレイユ『ZED』
MET、フィリップ・グラス『サティアグラハ』
宮代演劇パーティ他「平原演劇祭2011」

3.11の大地震以前の出来事ははるか昔のように思えるのですが、この大震災の前に見たいくつかの芝居を見て覚えた感興は不思議なほど鮮明です。劇評サイト、ワンダーランドの2011年の回顧でベスト3を挙げましたが、今の時点で振り返ると二月に見た桃園会『ダイダラザウルス』のイメージが自分の心の深いところに刻み込まれているように思えます。この桃園会の公演の前には、演出の深津篤史氏によるワークショップの企画があって、それに参加したことがこの公演についての印象を強めているというのもあるでしょう。ワークショップの夜には東京に雪が積もりました。『ダイダラザウルス』では台詞がほとんどつぶやきと言ってもいいくらい断片的になっています。場面も夢のなかのように自由に変化していきます。暗いトンネルを懐中電灯頼りに進むように、われわれと同じように戸惑っているように見える登場人物とともに、劇の世界を旅していくような感覚を味わいました。まったく不可解な内容の芝居だったのですが、その雰囲気は自分の感覚にぴったりとシンクロし、気がつくと私はその世界に取り込まれていました。不安定で不定形であるけれども、安らぎのある暗闇のような世界です。今もなお、あの感覚を反芻することができます。

国分寺大人倶楽部の公演を今年二本見ました。二月に見た『ホテル・ロンドン』についてはワンダーランドで劇評で取り上げました。国分寺大人倶楽部の芝居は、殺伐とした精神の荒廃を露悪的に表現しつつ、その荒廃の向こう側に切実に希求された「愛」の形が現れているように私には思います。この二月に再演する『ハローワーク』で活動休止とのことで非常に残念に思います。『ハローワーク』初演を私は王子小劇場で見ました。私が初めて見た国分寺大人倶楽部の作品でした。大傑作であることは間違いないので、できるだけ多くの人に見てもらい、この素晴らしい劇団の存在を記憶に残して欲しいように思います。

柴幸男の作品は今年は『わが星』と『あゆみ』の二本を観ました。まぶしいまでの健全さと脳天気に思える明るさとポップで斬新で創意に満ちた仕掛けは、いかにも現代の若者らしい芝居に見えますが、その仕掛けの鮮やかさはかえって柴幸男のしたたかさ、作品の根底にある虚無感(のようなもの)を映し出しているように私には思えます。『わが星』は初演のときには微妙な違和感を感じ、私は入り込むことのできなかった作品ですが、この四月の再演は、震災後の混乱と不安のなかで、この作品の底抜けの日常性の賛美を素直に受けとめることができました。きわめて私的な作品のとらえ方ではありますが、『わが星』と『あゆみ』で描き出される成長していく少女たちの姿に、自分の娘の姿を重ねずにはいられませんでした。だから私にとって11歳の娘とこの二作品を楽しむことができたのは本当に大きな喜びでした。私がこの柴幸男の二作品を見て覚えた大きな感動の理由として、この個人的な事情が大きく関与していることは否定できません。

十一月には吉祥寺シアターで青年団による平田オリザの「ソウル市民五部作」公演という大きなイベントがありました。私はこのうち一番最初に書かれた「ソウル市民」と新作二作を見ました。この連作によって、ソウルに住む日本人商家の居間を三十年間にわたり定点観察するというスケールの大きい実験劇となりました。一族の日常のなかの細かな揺らぎの描写の重なりの向こうに、大きな時代の流れが透けて見えます。『サンパウロ市民』は「ソウル市民」シリーズに対する洒落たパロディとなり、このシリーズで扱った歴史と人間の姿を総括するものになっていました。

時間堂の『廃墟』の上演は四月上旬でした。本来上演される予定だった新作戯曲の完成が遅れたため、三月に入ってから急遽演目変更となった上演でした。そこで差し替えられた三好十郎の筆による重厚な戯曲は、図らずも3/11直後の地震と混乱の状況にふさわしい芝居でした。時間堂の黒澤世莉演出の舞台では、五月にあった趣向『解体されゆくアントニン・レーモンド建築 旧体育館の話』も素敵な芝居でした。戯曲を丁寧に読み込み、そこに書き記されたイメージを洗練された趣向で効果的に立体化していく黒澤世莉さんの演出は私の好みに合ったものです。

3/11の震災後、東日本はそれこそ芝居どころではない異常な雰囲気だったのですが、そのなかでも演劇公演を行う団体は少なくありませんでした。私もこの時期に公演をできるだけ見にいくようにしていました。重病で大きな手術をしたあとに、自分自身に回復を言い聞かせるために、病み上がりの状態で無理矢理普通の生活を送ろうとしていたかのようだったかもしれません。この時期に見た芝居としてはelePHANTMoonの『劣る人』が印象に残っています。音と言葉と身体の景色 『舞え舞えかたつもり/椅子と伝説』、そして人形劇団プークの『ピーターとおおかみ』『ねぎぼうずのあさたろう』もこの時期に観た芝居ですが、他の時期に見た芝居とは異なった風に記憶に残っています。プークの芝居は5歳だった息子を連れて見に行きました。震災後間もない公演会場(紀伊國屋ホール)がガラガラであったことに、動悸がし、なぜか身の引き締まる思いがしました。今になって振り返って考えると、公演は行うほうはもちろん、観客としての私もかなりのやせ我慢(?)をしながら平静を保とうとしていたような気がします。

落語家、立川志らくが主宰する下町ダニーローズの公演は今年初めて見ました。人気落語家がファンのために行う余技かと思えばとんでもない。「火焔太鼓」の独演のあとに、アラン・エイクボーンにヒントを得たという自由奔放な「火焔太鼓」のその後が演劇のかたちで上演されました。展開がスピーディで、変化に富んでいて飽きさせない。役者の持ち味も生かされたとても面白い芝居でした。主演女優の弥香の美しさと存在感は事件といっていいほど強烈で、彼女が舞台上にいるとずっとその姿を追ってしまいました。

キャラメルボックス+柿喰う客、中屋敷法仁演出の『ナツヤスミ語辞典』も娘と一緒に見た芝居です。娘はこの五年ほど年に10本ほどの芝居を観ていますが、この『ナツヤスミ語辞典』はそれまでに彼女が見たどの芝居よりもはるかに面白いものだったそうです。中屋敷法仁演出の芝居は、今年このほかに『愉快犯』と『悩殺ハムレット』の二本を観ました。十一月のアゴラでの『検察官』は見たかったけれど見ることができなかった。

いわゆる演劇の枠組みからは外れるかもしれないけれど、強い印象を残したパフォーマンスを三つ番外として上げました。シルク・ドゥ・ソレイユの『ZED』は残念ながら2011年の年末で終了となりました。終了直前に娘と一緒に観に行きました。ショーの圧倒的に贅沢さに酔いしれました。METのライブビューイングで見たフィリップ・グラスのオペラ、『サティアグラハ』も豪華で贅沢な舞台でした。ガンディーの南アフリカ時代の闘争についてはまったく知識がなく、ガンディー自体にもほとんど関心がないまま観に行ったのですが、引き込まれました。音楽、演出、内容の見事なコンビネーションが壮大な叙事詩的ドラマを作り出していました。

宮代演劇パーティ他による平原演劇祭は、宮代町在住の劇作家、高野竜氏が10年前から行っている地域演劇祭です。生活に根ざした演劇としてこうした活動のあり方もあることをもっと多くの演劇人に知って欲しいと心から思います。演劇の祝祭的な原点を思い出させてくれるような喜びを平原演劇祭では体験することができました。前近代的で土俗的であると同時に、極めて正統的で前衛的でもある演劇のあり方があそこにはありました。そして大都市で行われている演劇活動の強烈なアンチテーゼとなっています。海外から前衛アーティストを呼んで盛大に行うF/Tのような大フェスティバルの対極にある演劇祭です。

  • 2011年に見た芝居
    • 2011-12-26 ZED シルク・ドゥ・ソレイユ ☆☆☆☆☆
    • 2011-12-23 浄化。 鴎座 ☆☆☆★
    • 2011-12-21 エレクトラ─オレステスを待ちつつ SCOT ☆☆☆☆
    • 2011-12-11 サティアグラハ MET ☆☆☆☆☆
    • 2011-12-09 道成寺 山の手事情社 ☆☆☆☆
    • 2011-12-05 ノマ リクウズルーム ☆☆
    • 2011-12-04 あゆみ ままごと ☆☆☆☆★
    • 2011-12-02 傾城反魂香 劇団山の手事情社 ☆☆☆☆★
    • 2011-11-30 サンパウロ市民 青年団 ☆☆☆☆★
    • 2011-11-28 うお傳説:立教大助教授教え子殺人事件 ザ・スズナリ ☆☆☆★
    • 2011-11-27 エレベーターの鍵 うずめ劇場 ☆☆☆☆★
    • 2011-11-24 「日本振袖始」「曽根崎心中」 国立劇場 ☆☆☆☆
    • 2011-11-20 1R(ワンルーム)・ブッキング 武蔵大学演劇研究部 ☆☆☆
    • 2011-11-18 ソウル市民1939・恋愛二重奏 ☆☆☆☆★
    • 2011-11-13 ザ・ショー・マスト・ゴー・オン ジェローム・ベル ☆☆
    • 2011-11-10 『ホテル・デュ(神)』『最終生活』 劇団解体社+テアトルシネマ(ポーランド) ☆☆☆☆★
    • 2011-11-07 天守物語 新国立劇場 ☆☆☆
    • 2011-11-06 ソウル市民 青年団 ☆☆☆☆★
    • 2011-11-04 岸田國士傑作短編集 文学座 ☆☆☆☆
    • 2011-11-01 吉例顔見世大歌舞伎夜の部 新橋演舞場 ☆☆☆☆
    • 2011-10-27 ユーリンタウン ザ・高円寺 ☆☆☆
    • 2011-10-23 明治おばけ暦 前進座 ☆☆☆★
    • 2011-10-21 構成・イプセン shelf ☆☆☆☆
    • 2011-10-19 Kと真夜中のほとりで マームとジプシー ☆☆☆☆★
    • 2011-10-10 身体の景色 lab vol.1 身体の景色 ☆★
    • 2011-10-09 平原演劇祭2011第三部 「鰤の会」 ☆☆☆☆★
    • 2011-10-07 風景画─東京・池袋 維新派 ☆★
    • 2011-10-02 旅とあいつとお姫さま 座・高円寺 ☆☆☆☆★
    • 2011-09-23 無防備映画都市―ルール地方三部作・第二部 リミニ・プロトコル ★
    • 2011-09-18 平原演劇祭2011第二部「その日、東海村に隕石が落ちた――!」 ☆☆☆☆★
    • 2011-09-17 魔笛 MET ☆☆☆★
    • 2011-09-17 宮澤賢治/夢の島から ☆☆☆☆
    • 2011-09-16 悩殺ハムレット 柿喰う客 ☆☆☆☆
    • 2011-09-14 おしまいのとき ポツドール ☆☆☆☆
    • 2011-09-10 ふたごの星 座・高円寺 ☆☆☆
    • 2011-09-05 ヴェニスの商人?〜火焔太鼓の真実〜 下町ダニーローズ ☆☆☆☆★
    • 2011-08-31 ピグマリオン あうるすぽっと ☆☆
    • 2011-08-28 オズの魔法使い 人形劇団プーク ☆☆☆☆
    • 2011-08-27 女中たち タイニイアリス ☆☆☆☆★
    • 2011-08-22 八月花形歌舞伎 第一部、第三部 新橋演舞場☆☆☆☆
    • 2011-08-21 青い鳥 にしすがも ☆☆☆
    • 2011-08-14 イジチュール』の夜 マラルメ・プロジェクトII ☆☆☆☆
    • 2011-08-12 エダニク 真夏の會 ☆☆☆☆★
    • 2011-08-12 サブウェイ 極東退屈道場 ☆☆☆
    • 2011-08-07 平原演劇祭2011第1部 宮代演劇パーティ ☆☆☆☆★
    • 2011-08-04 ナツヤスミ語辞典 キャラメル・ボックス ☆☆☆☆★
    • 2011-07-27 山羊…それって…もしかして…シルビア? 文学座 ☆☆☆☆
    • 2011-07-17 義経千本桜 渡海屋・大物浦 歌舞伎鑑賞教室 ☆☆☆☆
    • 2011-07-10 ピン・ポン 座・高円寺 ☆☆☆
    • 2011-07-01 ヴァリエティ狂想劇 夢の国シンクウカン─寺山修司の「ラジオのための叙事詩」コラージュ構成による─ 演劇実験室 万有引力 ☆☆☆★
    • 2011-06-27 eyes番外編 20年安泰 ロロ、範宙遊泳、ジエン社、バナナ学園純情乙女組、マームとジプシー ☆☆☆☆
    • 2011-06-17 A Vital Sign ただちに犬 劇団どくんご公演 ☆☆☆☆★
    • 2011-06-16 リミックス2 国分寺大人倶楽部 ☆☆☆☆☆
    • 2011-06-13 モリー・スウィーニー シアター・トラム ☆☆☆☆
    • 2011-06-11 ダンシング・ヴァニティ ピーチャム・カンパニー ☆☆☆★
    • 2011-06-10 ひかりごけ2011 三条会 ☆☆☆★
    • 2011-06-08 いないいない 劇団ガレキの太鼓 ☆☆☆★
    • 2011-06-07 『野田版夏の夜の夢』 SPAC ☆☆☆☆
    • 2011-06-07 『タカセの夢』 スパカンファン ☆☆☆☆
    • 2011-06-07 『エクスターズ』 タニノクロウ ☆☆☆☆★
    • 2011-06-03 untitled shelf ☆☆☆
    • 2011-05-27 散歩する侵略者 イキウメ ☆☆☆☆
    • 2011-05-25 紅き深爪 風琴工房 ☆☆☆
    • 2011-05-22 解体されゆくアントニン・レーモンド建築 旧体育館の話 趣向 ☆☆☆☆
    • 2011-05-19 前進座創立八十周年記念 五月国立劇場公演 前進座 ☆☆☆☆★
    • 2011-05-15 『赤と黒と無知』『缶詰族』(エドワード・ボンド「戦争戯曲集−三部作」より) 座・高円寺 劇場創造アカデミー1期生 ☆☆☆
    • 2011-05-11 舌切り雀 青年団 ☆☆☆★
    • 2011-05-08 女中たち Ort-d.d ☆☆☆★
    • 2011-04-26 序 Préfaces Prospekt Teatr ★
    • 2011-04-1 四月大歌舞伎夜の部 ☆☆☆☆
    • 2011-04-14 レ・ミゼラブル 帝国劇場 ☆☆☆☆
    • 2011-04-14 ドニゼッティランメルモールのルチア》 MET ☆☆☆☆☆
    • 2011-04-09 廃墟 時間堂 ☆☆☆☆☆
    • 2011-04-02 女殺油地獄 国立文楽劇場 ☆☆☆☆★
    • 2011-03-26 オダサク、わが友 北村想 ☆☆☆☆
    • 2011-03-25 舞え舞えかたつもり/椅子と伝説 身体の景色 ☆☆☆
    • 2011-03-24 『ピーターとおおかみ』『ねぎぼうずのあさたろう』 人形劇団プーク ☆☆☆★
    • 2011-03-22 劣る人 elePHANTMoon ☆☆☆☆★
    • 2011-03-05 グリム童話〜少女と悪魔と風車小屋〜  SPAC ☆☆☆☆
    • 2011-03-04 ながめくらしつ「何かの中」;バーバラ村田と音の人「かたわれ〜Doppelgänger〜」 ☆☆☆★
    • 2011-02-25 ザ・マッチメーカー 中野茂樹+フランケンズ ☆☆☆★
    • 2011-02-23 ホテルロンドン(+おまけ作品『クルム伊達直人』) 国分寺大人倶楽部 ☆☆☆☆★
    • 2011-02-20 エトランゼとエトランゼール シルヴプレ ☆☆☆☆
    • 2011-02-19 ダイダラザウルス 桃園会 ☆☆☆☆★
    • 2011-02-18 カウパー忍法きりたんぽ ゴキブリコンビナート ☆☆☆☆
    • 2011-02-16 南へ NODA・MAP ☆☆☆☆
    • 2011-02-15 ゾウガメのソニックライフ チェルフィッチュ ---
    • 2011-02-12 浮標 葛河思潮社 ☆☆☆☆★
    • 2011-02-11 Dream Regime:「夢」の体制:第二部「病者」の時代 劇団解体社 ☆☆☆☆
    • 2011-02-11 2011・魯迅狂人日記』 アジア・ミーツ・アジア ☆☆☆☆
    • 2011-02-09 グレート、ワンダフル、ファンタスティック ロロ ☆☆
    • 2011-02-07 二月文楽公演@国立劇場 ☆☆☆
    • 2011-02-06 ダイハツ クーザ Kooza シルク・ドゥ・ソレイユ ☆☆☆☆
    • 2011-01-28 チェーホフ?!:哀しいテーマに関する滑稽な論考 タニノクロウ ☆☆☆☆☆
    • 2011-01-26 投げられやすい石 ハイバイ ☆☆☆☆★
    • 2011-01-23 無礼講 Break"O" to R mansion ☆☆☆
    • 2011-01-14 愉快犯 柿喰う客 ☆☆☆☆
    • 2011-01-06 初春景江戸人情 前進座 ☆☆☆☆★
    • 2011-01-03 ぼちぼちいこか/三びきのやぎのがらがらどん 人形劇団プーク ☆☆☆☆