閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

表裏井上ひさし協奏曲

表裏井上ひさし協奏曲

表裏井上ひさし協奏曲

  • 評価:☆☆☆☆★
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井上ひさしの前妻、西舘好子による井上ひさし伝。井上ひさしのDVの実態については彼女が離婚12年目(1998年)に出した『修羅の棲む家』で明らかにされているが、井上の死後の出版のこの本でも『修羅の棲む家』とほぼ同時期のことが書かれている。すなわち二人の出会いから離婚までの25年間である。年月を経た分、記述は『修羅の棲む家』に比べ全般的にマイルドになっているように思う。西舘好子の「井上ひさし伝」について、DVの部分だけがクローズアップされ、井上のDV告発の書のようなとらえ方をする人が少なくないように思うが、実際に読んでみると両書の内容ともDVのみに焦点が当たっているわけではない。本書でもDVについて割かれている頁数はそれほど多くはない。人気作家になるにつれその悪魔的な部分、作家特有の傲慢さを肥大させる井上のグロテスクな姿は描かれているけれど、このような人格的いびつさは多かれ少なかれ、芸術家と呼ばれるような人にはつきものであるように思えるし、西舘もそうしたことを道徳的に断罪しているわけではない。いやむしろ、井上の妻であった自分が、井上のいびつさを増大させる共犯者として自覚があることは、その文章からうかがうことができる。

とりあげられているエピソードも『修羅の棲む家』と重なるものが多いが、本書を読んで改めて唖然としたのは、「遅筆堂」を自ら名乗っていた井上ひさしがその遅筆による公演中止で、演劇集団「五月舎」を主宰していた老プロデューサー、本田延三郎氏を破滅させたエピソードだ。「作家の良心にかけて上演を中止する」という井上のことばとともに「パズル」という芝居は上演中止となり、劇作家としての井上の重要な理解者であったこのプロデューサーは多大な損害を背負うことになった。井上の遅筆の犠牲者は彼だけではないはずだ。
井上夫妻の三人の娘もまた、流行作家であった父親の犠牲者かも知れない。井上の死のちょっと前に、長年、こまつ座の代表を務めていた井上の長女、井上都さんが座から去り、三女の麻矢さんが座の代表となった。この交代について、こまつ座からは特に説明がなかったように思う。この交代の背景はこの本の序章とあとがきにかえて井上都さんが記した「おわりもはじまり 父と母、そして私」で明らかにされている。