閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

大道芸ワールドカップ in 静岡 2012

大道芸ワールドカップin静岡

大学祭で金曜、土曜の授業がなかったので、一泊二日で静岡に行き、前から一度行ってみたかった大道芸ワールドカップを見に行き、それからSPACの『病は気から』の公演を観て来た。

行きは新宿から高速バスを使った。9時20分、新宿新南口を出発。乗車料金は2000円。3時間で静岡に着いた。まず新静岡駅ビルデパートの書店で大道芸ガイドブック(500円)を購入し、昼食を静岡の偉大なハンバーグチェーン、さわやかでとる。ホテルは新静岡駅そばのビジネスホテル駿府。6月にSPACの演劇祭のときに利用したホテルだ。大道芸のメイン会場である駿府公園の近くでなので便利だ。宿泊料は5200円だった。

食事後、ホテルに寄って荷物を預かって貰う。身軽になってメイン会場の駿府公園へ。平日の金曜昼間だが人出はかなり多い。先々週にあった三軒茶屋の大道芸くらいはいたような気がする。若いカップルが目立った。いいなあ、大道芸でデートか。大分混雑するようなので目当ての芸人をいい席で見るのためには相当前から待機しておかなくてはならないだろう。さわやかのハンバーグを食べながら作戦を練る。少なくとも前の演目から見るぐらいでないと難しい。

まずお喋りジャグラーの三雲いおりさんの芸を見る。50歳のベテランのジャグラー。軽妙なしゃべりで観客を笑わせながら、いくつかの曲芸を見せる。でこぼこの地面の場所だったためか、ジャグリングなどはかなり失敗が多かった。しかしそれを巧みなしゃべりでカバー。東京の大道芸では最近あまり見かけないが、静岡のワールドカップでは常連のようでファンがついているみたいだった。

今日の目当てはバーバラ村田の新作パントマイムだった。明日は定番演目のバーバラビットをとのことなので、新作は今日しか見られない。バーバラ村田の前に同じ場所でやる海外招聘アーティスト、チェコのウォルフ・ブラザーズ&ヘレナのショーを見る。屈強な男二人と女性ひとりのトリオ。海賊の扮装をしている。はしごをつかった動きのあるアクロバット芸だった。時間は10分ほどと短い。

バーバラ村田は七年ぶりという新作の披露。タイトルは「月のおはなし」。
仮面を使った舞踊的パントマイムだった。衣装はどこか東欧のジプシー風。孤独な若い女がいた。満月を見つめていると、その満月が女のもとにやってきて、二人は交わった。交情のあと満月の男は女のもとから去って行った。一人取り残される女。しかし女は満月の子供を身ごもっていった。月が満ち、女は満月の子供を産み落とす。慎ましやかな母子の生活だが、子供は女の生活に彩りを添え、喜びをもたらす。しかしある日、女が目を覚ますと子供はいなかった。只一人取り残される女。あの子供は満月が女に見せていた夢だったのだ。

こんな話を想像させるパントマイムだった。最初の部分から中間部へのつなぎ方は少々乱暴だし、中間部のイメージはこれからもっと膨らませることができるように思った。しかしバーバラ村田さんらしい幻想的な作品となった。新しい作品の誕生に立ち会えてとても嬉しかった。余韻にひたりながら、別の会場に向かった。

一日目にもう一つ見たかったのはSPACによる大道芸である。SPACの役者たちが大道芸という舞台でどのような作品を見せるのか見ておきたかったのだ。その前に時間があったので、グザヴィエ・モルティメールというフランス人芸人のマジックショーを見た。彼もワールドカップ部門で招聘されたアーティストだ。まったく何の予備知識なく彼の芸を見たのだけれど、パントマイムの動きを取り入れた彼のマジックは実に見事で、すっかり魅了されてしまった。動きがとても美しいし、プログラムの構成もいい。そして見せるマジックが実に独創的で不思議なのだ。最後のシーケンスで演じられた白い手袋が動くマジックは本当に驚くべきものだった。

SPACの大道芸は、他のアーティストとはやはり一線を画するものだった。劇場を仕事場とする彼らが大道芸というフィールドで観客を関心を引きつけるのは大変なことだ。「3000年演劇史の旅」というタイトルの出し物だった。未来から過去にやってきた人間が、演劇史を遡っていく趣向。鶴屋南北の『四谷怪談』、モリエールの『病は気から』、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』が紹介される。このうち最後の二つは11月のSPACの上演演目の宣伝も兼ねている。『ロミオとジュリエット』はそれぞれ数人の役者によって、コロスのようなかたちでロミオとジュリエットのバルコニーの場面を音楽的に演じるというもの。宮城さんらしい、ク・ナウカっぽい演出の美しいパフォーマンスだった。朗々とした声が舞台上を支配する。大道芸としては相当異物感のある出し物ではあったが、私は楽しんで観ることができた。

この後、けん玉師伊藤裕介の見事な剣玉芸を見た後、チケットが必要なプレミアム・ナイトショーを見た。人気アーティストのショーケースのようなバラエティ・ショー。進行役は静岡で人気のコメディ系芸人、三雲いおり、サンキュー手塚、ダメじゃん小出、山本光洋。持ち芸を単に並べるだけのショーではなく、構成に工夫もあった。登場する芸人はワールドカップ部門招聘芸人を中心とした選りすぐりだ。先ほど見たばかりのフランスのマジシャン、グザヴィエ・モルティメールも出ていた。しかしその芸は大道芸でやったときより短いバージョンのもの。カナダの客いじり系芸人、ジョニー・フィリオンが素晴らしかった。彼もワールドカップ部門芸人。狂気を感じさせるハイ・テンションで観客をいじりながら、テーブルセットを使って次々と悪ふざけめいたイタズラを行う。危ない雰囲気が漂っていて実にいい。私の好みの芸だった。

一日目はこれで終わり。マクドナルドで夕食を取って、ホテルに帰る。

二日目は午後3時には静岡を出て、SPACの「病は気から」を見るために東静岡のグランシップ、静岡芸術劇場に行かなければならない。土日の大道芸はすさまじい混雑になると聞いていたので、短い時間に何を見るかについてはいろいろ検討した。
まずプティ・ムッシュというフランスからワールドカップ部門に招聘された芸人の芸を見ることにした。彼の芸を見るために、同じ会場でその前にやっていたポパイ&サンという二人組男性による力技系アクロバットを見る。彼らも静岡では常連らしい。

プティ・ムッシュの芸はパントマイムの一種。折りたたみ式テントを箱にしまうのに悪戦苦闘する男を20分にわたって演じる。観客の様子を注意深くうかがい、その反応を機敏にショーに取り入れる反射神経のよさが素晴らしい。小学校中学年くらいの男の子を舞台に呼び込んでアシスタントとして使っていたが、その使い方がうまい。そしてテントに仕掛けられた様々な工夫にも感心した。この手のパフォーマンスには珍しく音楽を一切使わない無言劇。実に見事で独創的なアイディアのショーだった。見に行ったかいがあった。

この後はサセクリパというフランスのアーティストを見に行った。これは大道芸にあらず、小さな屋内空間で行うシュールな味わいの無言劇だった。ひとりの男がお湯を沸かし、紅茶を入れ、マシュマロを食べるのだが、それを無意味に極端にややこしいやり方で30分にわたって見せる。これも実に独創的。やたらと細かい、ナンセンス・シュールな仕掛けが施してあり、それが観客の好奇心を刺激する。観客参加の要素もうまく取り入れていた。これも無言劇で、最初と最後以外は音楽もないというストイックな舞台だったのだが、常に観客の注意をひきつける細かい工夫がある。構成がとにかく素晴らしい。これも見て良かった。

サセクリパのあとは、日本の男女二人組のパントマイム、シルヴプレの演技を見た。彼らの演技を見たのは1年ぶり以上かもしれない。「ビバーク」と題される新作公演だった。ラッキーだ。このコンビはいつもは白い服で10分弱のいくつかのネタで大道芸を構成するのだが、『ビバーク」は30分の長編。服装も白くない。
雪山で遭難した男女。寒さと披露のなかで彼らの意識は薄れていく。気がつくと彼らはペンギンになっていた。ペンギンの二人は恋人となり、結ばれ、赤ちゃんペンギンを産む。ペンギン親子の楽しい日々、しかしそれは雪山で二人が見た夢だった。
数年前、シルヴプレの舞台公演で見た題材が大道芸用にアレンジされ、しかも作品完成度は上がっている。これまた素晴らしい作品だった。喜劇的で抒情的で、パントマイムによる愛の表現の一つの究極の形だと思う。女性マイムの堀江さん、やはり美しい。

シルヴプレの感動のあと、静岡鉄道で新清水から長沼まで行って、そこから東静岡のグランシップへ。SPAC『病は気から』を見る。上演時間2時間。これまた素晴らしいモリエールだった。これまで私が見たモリエールの舞台では出色のものである。大胆で奇抜な仕掛け満載の『病は気から』だったが、話の骨格は意外にいじっていない。むしろ作品構造や物語のエッセンスは、演出の仕掛けによってより明瞭になっている。実にまっとうなモリエールだと私は思った。ノゾエ演出を見たのは初めてだったのだが、驚くべきものだ。この舞台にも大いに満足。

一泊二日の静岡滞在、充実しすぎだ。素晴らしいスペクタクルを存分に堪能でき、本当に楽しかった。来年もまたぜひ行きたい。