閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

新作能 鷹姫

東洋大学 能楽鑑賞会
東洋大学創立125周年事業〔W・B・イェイツ展企画〕東洋大学名誉博士 ドナルド・キーン講演会・シンポジウム/能楽鑑賞会「鷹姫」 - Event Guide 詳細ページ - 東洋大学
第1部

  • 解説「イェイツと能」:原田香織
  • 朗読「鷹の井戸」:ピーター・マックミラン(英語)、笠井賢一(松村みね子訳)

第2部
新作能 鷹姫

  • 原作:W.B.イェーツ
  • 能本作者:横道萬里雄
  • 曲節作者:観世寿夫
  • 出演:観世銕之丞(老人)、鷹姫(片山九郎右衛門)、空賦麟(野村萬斎
  • 評価:☆☆☆☆☆
  • 会場:東洋大学 井上円了ホール
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東洋大学では文学部主催で学生対象に毎年、能楽鑑賞会をやっているそうだが、今年は大学創立一二五周年記念の特別バージョンでイェイツの『鷹の井戸』を原作とする新作能『鷹姫』の上演が行われた。申し込み制だが外部にも公開された無料公演だった。素晴らしすぎる企画だった。
会場は白山校舎の井上円了ホール。800人ぐらいは入りそうなホールだった。

観世銕之丞、片山九郎右衛門、そして野村萬斎らによる新作能『鷹姫』の上演のみならず、上演の前に東洋大学教授原田香織によるイェイツと『鷹の井戸』成立過程についての行き届いた解説、英語と日本語(松村みね子訳)による『鷹の井戸』の全文朗読なども行われた非常に充実した内容の企画だった。全四二頁のA4版パンフレットには、新作能「鷹姫」の脚本、『鷹姫』で老人を演じる観世銕之丞へのインタビュー、演者紹介、At the Hawks well(『鷹の井戸』)の朗読された英文テキストが掲載されていて、至れり尽くせりだ。これにA4で六頁の原田香織教授の解説のレジュメがつく。

イェイツが能の影響のもとに書いた舞踊劇『鷹の井戸』は1916年にロンドンで初演された。このときこの作品成立に大きく関わったのが日本人舞踊家の伊藤道郎であり、彼はイェイいつに助言を与える他、鷹の女を初演で演じた。また同時期にロンドンにいた劇作家、郡虎彦、画家の久米民十郎もイェイツに能についての助言を行っている。伊藤道郎は俳優座千田是也の兄だが、写真で見ると相当な美形だ。『鷹の井戸』を上演したときの写真が解説のときにスライドで映し出されたが、鷹の女の衣装も非常にモダンでセンスがいいし、ポーズも決まっている。

イェイツの戯曲はわけがわからないものが多いけれど、『鷹の井戸』もよくわからない。

古い涸れ井戸があって、その井戸を若い女の姿の井戸の精が守っている。彼女は何も話さない。この涸れ井戸は数十年に一度だけ、ほんの一瞬水がわき出るという。その水を飲むと不老不死を手に入れることができるらしい。ひとりの老人が井戸のそばでそのわき水を待っている。彼はもう何十年も井戸のそばで待っている。だいぶ昔に一瞬だけ水がわき出たことがあったらしい。しかしその時、老人は鷹の声に気を取られ、気づいたときには井戸の落ち葉が濡れていたが、水は止まっていた。そこに若い武者がやってくる。彼も井戸の水を求めてやってきたのだ。しかしこの若き男も、鷹の姿に変わった井戸守の女に惑わされ、水を飲むことができなかった。

イェイツの原作は幻想的で味わい深い作品だが、そのままのかたちでは能としては上演することが難しい。横道萬里雄がこれを複式夢幻能のかたちに書き直して翻案し『鷹の泉』とした。この作品の初演は1949年。さらに1967年に、さらに自由な翻案が施された新しいバージョン『鷹姫』が観世寿夫によって上演された。今回上演されるのは『鷹姫』だ。イェイツの原作の朗読もあったので、比較ができてよかった。

『鷹姫』の上演時間は約1時間。上演中はよく聞き取れなかったがけれど、言葉の反復がとても美しかった。あとで読み返して見ると横道万里雄の詞章が実にかっこいい。イェイツの幻想味を十分に生かしつつ、それが謡曲の詞章なかでぴったりとはまっている。そして強烈な緊張感が始終舞台を支配する能の表現もイェイツの詩世界の表現にはいかにもふさわしいように思えた。
半ばまでずっと不動の状態で老人と若者のやりとりを背後で見守っていた井戸守が、鷹となって舞う場面は圧巻だった。
うーん、もう一度見てみたい。でも次ぎ、この作品を見る機会はいつだろうか。