愛、アムール(2012) AMOUR
- 上映時間 :127分
- 製作国 :フランス/ドイツ/オーストリア
- 初公開年月:2013/03/09
- 監督:ミヒャエル・ハネケ
- 脚本:ミヒャエル・ハネケ
- 撮影:ダリウス・コンジ
- 美術:ジャン=ヴァンサン・ピュゾ
- 衣装:カトリーヌ・ルテリエ
- 編集:モニカ・ヴィッリ、ナディン・ミュズ
- 出演: ジャン=ルイ・トランティニャン、エマニュエル・リヴァ、イザベル・ユペール、アレクサンドル・タロー
- 映画館:ユナイテッドシネマとしまえん
- 評価:☆☆☆☆★
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パリのアパルトマンに暮らす音楽家の老夫婦の物語。優れた演奏家を何人も世に送り出したこの老夫妻は、二人だけでひっそりと平穏な老後の生活を営んでいた。
悲劇の始まりは唐突だ。いつものような二人の朝食の時間、突然、妻が何も反応しなくなる。脳梗塞の発作だろうか? ほんの数分間のことだったが夫はうろたえ、医者嫌いの妻を病院に連れて行く。手術は失敗し、妻は半身不随の体になってアパルトマンに戻ってくる。不自由な体となり絶望する妻を、夫は優しく迎え入れる。妻は現状に絶望し、来るべき事態を恐れている。しかし二人の生活には最初のころにはある種の平穏もあった。しかしこの平穏も長くは続かない。二度目の発作が起こり、妻の状態は一気に悪化する。妻のフラストレーションは増大するが、それもうまく表現できない。日に日に彼女の状態は悪化する。そしてそれを静かに受けとめようとする夫にも疲労と絶望が蓄積していく。その蓄積はある日、臨界点に達した。夫は突然、無残な現実を受け入れられなくなってしまう。
徐々に閉塞的状況へ、絶望へと追い込まれる人間の姿をハネケは静かに描き出す。悲劇の伏線となる象徴的な出来事の挿入のしかたが巧みだ。描写と状況設定のリアリティの冷酷さが重くのしかかるが、最後に救いらしきものも提示されているのがこれまでのハネケ作品とは違うところか。悪意や欺瞞を抽出したようなあざとい仕掛けや絶望に観客を投げ落とす露悪的なラストはこの映画にはなかった。しかし登場人物が直面する問題はあまりにリアルに日常的だ。われわれの多くも向き合わなくてはならないだろうつらい現実が、徹底したリアリズムで、静かに、淡々と映し出される。
ハネケに失敗作はない。どの作品も傑作だ。
以下ネタばれ。
「あなたはときに恐ろしいmonstrueuxだけれど、優しい」とまだ一緒に食事をテーブルで取ることができていたときに妻が話したあとに、夫が「もう一杯おごらなければな」という返答したときの笑顔によって表現されるささやかな幸福、そして「痛い、痛い」mal, malと動物の泣き声のように咆哮する妻に、自分の少年時代の思い出を静かに語りかけていた夫が突然、発作的に枕で妻を窒息しさせてしまう場面がとりわけ印象的だった。
救いはどこにあるのか。妻殺しというクライマックスの場面のあとも、15分ほど物語は続く。一人残された夫の姿が映し出される。彼はおそらく餓死自殺したのだろう。ベッドに力なく横たわり死を待つ彼。そのとき、台所で物音が聞こえた。元気な妻が洗い物をしている。おそらく映画の最初のほうの場面、シャンゼリゼ劇場にコンサートに行く直前だろう。洗い物を終え、コートを着てコンサート会場に向かう二人。彼らはこの翌朝に始まる悲劇を知らない。