- 原作:ゲオルク・ビューヒナー
- 台本・作曲:アルバン・ベルク
- 指揮:ギュンター・ノイホルト
- 演出:アンドレアス・クリーゲンブルク
- 美術:ハラルド・トアー
- 衣裳:アンドレア・シュラート
- 照明:シュテファン・ボリガー
- 出演:ゲオルク・ニグル(ヴォツェック)、ローマン・サドニック(鼓手長)、望月哲也大尉(アンドレス)、ヴォルフガング・シュミット(大尉)、エレナ・ツィトコーワ(マリー)
- 合唱:新国立劇場合唱団
- 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
- 共同制作:バイエルン州立歌劇場
- 劇場:新国立劇場オペラ・パレス
- 上演時間:約90分
- 評価:☆☆☆☆☆
2009年の初演も見ているが、やはり素晴らしい舞台だった。ビューヒナーの原作『ヴォイツェク』は昨年、戯曲を読んだり、何度か公演を見たりして、作品に対する理解が深まっていたため、今回ベルクによるオペラ《ヴォツェック》を見て、ビューヒナーの原作版との違いがよくわかった。ベルクのほうがより物語性が強く、主人公のヴォツェックを中心に筋が整理されている。原作版では作品世界はもっと混沌として、ヴォツェック以外の人物たちの存在感も強い。筋の統一性は音楽によってもたらされた面が大きい。ベルク版《ヴォツェック》ではずっとうねうねと鳴り続ける楽器群と登場人物たちによる朗唱的な歌唱で場面が連なっていく。このうねりのような音と連なりは、場面をその音の様相によって雄弁に表現するものになっている。朗誦的歌唱のみならず、器楽音楽そのものが「語り」的なのだ。舞台版では断片的に感じられたエピソードが、オペラでは有機的なつながりが音楽によってもたらされている。
クリーゲンブルクの演出で何と言っても圧巻なのは、そのセノグラフィーの壮大さとインパクトだ。舞台全面に水を張られ、その上に15メートル四方はある巨大な立方体の部屋が吊され、浮游したまま、舞台の前後に移動していく。その立方体の下からは黒装束、褐色の長衣をまとった不気味な集団が現れる。ヴォツェックとその妻マリー、そして黙役の少年以外は、あらゆる登場人物が妖怪あるいは亡霊のようであり、彼らはヴォツェック自身を苦しめるオブセッションのアレゴリーのように、ヴォツェックをサディスティックに苛み、苦しめる。貧困ゆえの無力と絶望のなか、最下層の兵士であるヴォツェックは、強者にいたぶられる玩具のように、力によって翻弄され、破滅へと追いやられてしまう。まったく救いのない暗い物語だ。見ていてはっと引き込まれるようなビジュアル面の優れた仕掛がいくつもあった。天才的な演出のアイディアが盛り込まれた充実した舞台だった。