閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

一見劇団に夢中

 何と言うことだろう。

 今年の1/5に篠原演芸場ではじめて見たときは「こんなひどい芝居、もう二度と見に行く必要はないな」と思ったのに、大衆演劇伝道師で一見劇団を贔屓としている武尊さん(@takataisyuenge )に唆されて、一月に三回、篠原演芸場でこの劇団の公演を見にいくはめになった。これで深みにはまってしまったのだ。二月には埼玉県行田にある茂美の湯まで一見劇団の公演を見にいって、昼夜二公演を楽しんだ。この夜公演で『生か死か』という怪作にぶちあたる。もうこれでいくらなんでも十分だ。と思ったのだけれど、一見劇団は三月は北海道で興行したあと、また四月に東京に戻り、浅草の木馬館で公演があるというではないか。

 

 大衆演劇でも一見劇団だけ見ていては視野狭窄に陥ってしまうと思い、二月には大川良太郎率いる劇団九州男を篠原で見たし、四月には神戸の新開地劇場で、大衆演劇劇団のなかでは屈指の高いレベルの演劇をみせる都若丸劇団を見に行った。どちらも芝居パートだけを取り出せば、一見劇団より完成度が高かったように思う。とりわけ四月に神戸で見た都若丸劇団は座長はもちろん、他の座員もちゃんと芝居ができて、アンサンブルがある。『金也の真心』というしっかり者の芸者とつっころばしの若旦那の恋を巡る世話物喜劇を見たのだけれど、商業演劇のような完成度の高さで、アドリブも効果的に入り、芝居のリズムを崩さない。関西弁の台詞が心地よかった。この二つの劇団も三回見れば、あるいは一見劇団のようにのめり込んでしまう魅力があるのかもしれない。

 しかしそれでもまた見てみたいと思うのは、芝居で裏切られることが多い一見劇団のほうなのだ。確かに芝居のクオリティは、九州男や都劇団のほうが高いかもしれない。しかしクオリティの高い世話物っぽい芝居をみたいのであれば、前進座の公演などを見れば、それこそ大衆演劇とは別格の質の高い娯楽演劇を見ることができるのだ。 日替わりで演目が変わる大衆演劇の醍醐味は、芝居の完成度の高さよりも、むしろ座員と観客のあいだの馴れ合いのなかで形成される独特の雰囲気を味わうことであるように私は思う。

一見劇団はブラックカレー

 牛次郎・ビック錠コンビの傑作料理マンガ『庖丁人味平』の「カレー戦争」のエピソードで登場する《ブラックカレー》(味はたいしたことはないのだけれど、なぜか客が夢中になってしまう謎のカレー。実はスパイスのなかに麻薬成分が入っていたという恐るべきオチ)のように、一見劇団の公演には私を虜にしてしまう魅力がある。結局四月、新学年新学期のばたばたしている時期だというのに、浅草木馬館に一見劇団を見るために三回も足を運んでしまった。もう一見劇団に夢中なのだ。

 浅草木馬館浅草寺のすぐそばにある。値段は1600円。篠原演芸場と違って椅子席なので楽だ。桟敷と座椅子の篠原演芸場には独自の味わいはあるけれど、長時間観劇は込んでいるときなどはやはりきつい。

 

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 四月最初に見たのは、4/5(土)の夜の部、上演された狂言松竹新喜劇藤山寛美もやっていた『花の六兵衛』だった。曾我廼家五郎の研究者HK氏に「これは面白いと思いますよ」と誘われたのだった。一見の座長の喜劇芝居は一月に篠原演芸場で「へちまの花」を見ている。この演目での好太郎座長の道化演技は、藤山寛美を彷彿させるもので、本当に素晴らしかった。『花の六兵衛』も曾我廼家五郎喜劇なので間違いはないだろうと考えた。

 

 最初に30分ほどの顔見世歌謡ショーがあり、休憩を挟んで「花の六兵衛」が始まった。上方の田舎から江戸にやって来た六兵衛は、その純朴さと天然ボケのキャラゆえに出会う人を魅了する。この六兵衛は人並み外れた嗅覚を持っていた。この嗅覚によって、大名のお家の宝のありかを探し出して、出世するという話。 

 座長が六兵衛役を演じた。ところが今回の座長の芝居は全然さえない。他の役者たちの息も合わず、だらだらとした芝居になってしまった。とにかくリズムが悪くて退屈。内輪受けのギャグも少数の常連のおばさんを喜ばせただけ。「へちまの花」はあんなによかったのに、同じ曾我廼家五郎喜劇で何でこんなにつまらない芝居ができてしまうのか不思議でならない。まあこういったひどい出来の芝居もぬけぬけと見せてしまうふてぶてしさがまた一見劇団の持ち味と言えなくもないのだが。

 ほとんど引き延ばしでしかないやりとりの芝居を延々と90分見せられ、私もうんざりした気分にはなった。客に内輪意識がないととうてい我慢できる代物ではないだろう。一見劇団は今日で私が見るのは6回目だが、芝居で良かったのが一回(へちまの花)、まあまあが二回、ひどいが二回、突き抜けてひどいが一回(勿論『生か死か』)。今夜の芝居も疲れている時や忙しい時には見たくないと思う。しかしすでに一見劇団にとりこまれてしまった私は、このひどさとだらだら自体をかなり喜んで見られるようになってしまっていた。実際、私は「うぉ、ほんまに酷い芝居をみたなあ(笑)」という感じでかなり元気になったのだ。 芝居のあとの歌謡ショーでは、変化に富んだプログラムで満足感を観客に与え、トータルでは帳尻を合わせてくれた。 

 

 一緒に見に行ったHKさんには受け入れがたい芝居だったようだ。第二部の芝居のパートが終わると、「すいません、耐えられません、帰ります」といって第三部の舞踊を見ないで帰ってしまったのだ。あまりの芝居のひどさに体調を崩されたとのこと。

 一見劇団は芝居の出来の差は、ほんとうに激しい。しっかりした演技のできる役者は座長と花形と美苑隆太の三人だけ、この中でも特に座長の体調や気分で芝居のできが大きく揺れてしまうのだ。毎日、演劇「しか」ない生活を送っている人たちなので、まあ出来の悪いときもあるけれど、仕方ないという感じではないだろうか。もっとも一見の場合は、芝居がひどくても、歌謡ショーではそのひどさをリカバリーし、客に満足感を与えている。 

 

 四月木馬館、二回目の一見劇団の公演で見た芝居は、4/13(日)の夜の部、狂言は『森の石松 閻魔堂の最期』だった。この日はネットで知り合った演劇ファン6名で見に行った。このうち3名は初大衆演劇体験だった。一見劇団は本当に芝居の出来の振り幅が大きい。初めて見る人にはいいときにあたって欲しいのだけれど(そうでないと二度と来なくなってしまう可能性が高いので)、いい芝居に当たる確率が高くないのが困ったところだ。一見劇団の芝居はこちらの期待をやすやすと裏切る。『森の石松』といえば任侠旅股ものヒーローではあるが、私は名前を知っているくらいでどんな話なのかは知らなかった。

 いつもはショーは三部構成なのだけれど、『森の石松』は大量の血糊を使う演出なので後片付けが大変とかで、この日は前半は舞踊ショー、後半が芝居の二部構成だった。『石松』が大仕掛けの芝居だったので、前半の舞踊ショーの絢爛さは少々抑えめだった。しかし座長の女形舞踊はやはり素晴らしい。動きのしなやかさ、ニュアンス豊かな表情、特に目の表現の饒舌さ。姿勢もすっと決まっている。翔太郎の女形舞踊、『白雪姫』は、題名がアナウンスされたときは「なんじゃこりゃ」と思わず吹き出したけれど、美形の翔太郎の魅力を堪能できる優雅で美しい演劇的舞踊だった。私が贔屓の紅金之助はこの日はあまり活躍の場がなかった。

 後半の芝居、『森の石松 閻魔堂の最期』は、石松の壮絶な死の場面が圧巻。切られても切られても、血みどろのままなかなか死なない。死に際に力を振り絞ってアリアを聴かせるオペラ歌手のよう。口から血しぶきを吐き、髪振り乱しながら、何度も見得を切るグロテスクな美しさは、バロック的美学の極致だと言っていい。そこに至るまでの芝居はユルユル、ダラダラなのだけれど、こうしたアクの強さ、バランスの悪さもまた一見劇団、そして大衆演劇の味わいだ。最初の場では一四歳のア太郎が舟の上で、石松の親分である清水の次郎長を褒める場があった。石松が「江戸っ子だってねぇ、寿司食いねぇ」という場である。この場での寿司をほうばりながら、早口で乱暴に話すア太郎の滑稽な芝居はとてもよかった。この日は芝居もよかった。初めて一見劇団を見た3名の方々も十分に楽しんだようだった。私も大満足で気分爽快となった。

 

 ああ、四月もまた2回も見に行ってしまった。いくらんでももうこれで十分かなと思ったのだけれど、4/25(金)の夜の部にまた足を運んでしまった。この前日に三月でWOWWOWで放映された笈田ヨシのドキュメンタリーの録画を見たのが良くなかった。ピーター・ブルックの劇団などで活躍し、パリに居住する八〇歳の日本人俳優、笈田ヨシはこの一月に篠原演芸場で、一見劇団と共演していて、その様子もこのドキュメンタリーのなかで大きく取り上げられていた。この笈田ヨシ+一見劇団の公演は私も見に行っている。ドキュメンタリーの映像から、ヨシ笈田が大衆演劇劇団公演の出演でも、全力で誠意をもって取り組んでいたことが伝わってきた。大衆演劇はもちろんヨシ笈田にとって初めての経験なのだが、素人目でもやはり抜群に巧い。しかしその巧さを、ちゃんと一見劇団の様式のなかに押し込む配慮がある。その卓越した器用さゆえに異物感がなくなってしまったのが、逆に物足りない感じだったのだが、やはりすごい俳優なのだ。このドキュメンタリーを見たため、一見劇団をもう一度見たくてたまらなくなってしまったのだ。

 4/25(金)の狂言長谷川伸の『瞼の母』。歌舞伎でもかかる演目。主人公の忠太郎は花形が演じた。爆笑したのは美苑隆太の夜鷹ババアの演技。この日は芝居自体の出来は悪くなかったけど疲れていて半分くらい寝てしまった。後半の舞踊は観客からのリクエストによるもの。このリクエスト舞踊は見応えがあった。常連観客は演者それぞれの持ちネタをよく知っている。印象に残ったのは美苑隆太の《もののけ姫》。今月私が見に行ったときにはあまり元気がなかった紅金之助も鼠小僧だろうか、黒装束で滑稽でインパクトのある踊りを見せてくれた。終わったあとにはやはり大きな満足感。次に一見劇団が東京に来るのは、来年一月の篠原演芸場だそうだ。他にも魅力的な大衆演劇劇団はあるはずだ。しかし当面は一見劇団だけでいいという感じだ。またはまってしまう劇団があると、観劇が大衆演劇一色になってしまいそうで怖い。来年一月が待ち遠しい。

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