新型コロナ「戒厳令」が出る直前の3月上旬にパリでも見た。字幕なしで見てなんとなく言っていることがわかったようなつもりになっていたのだが、今回字幕つきで見ると、フランス語がけっこう聞き取れていない。台詞は少なく、むしろ詩的な映像美がいろいろなことを語っている映画なので、なんとなくわかったつもりになっていたのだろうか。
18世紀のブルターニュの孤島の貴族の館が舞台。女性の肖像画家(原題ではこうした女性画家の存在はほとんど忘却されている)とそのモデルとなった若い伯爵令嬢の恋愛、感情のやりとりを、フランス映画っぽい精緻な心理描写で丁寧に、美しく描き出す。
十代の頃に映画監督から受けたセクハラをテレビで告発したことでフランス映画界における#MeToo運動の牽引者となったアデル・エネルは、女優としても今のフランス映画を象徴する存在であるようだ。
ブルターニュの孤島の館に女性だけの密やかで小さなユートピアが五日間だけ存在した。隔絶された環境のなかで、つかの間生まれた奇跡のような静かな幸福と官能の悦びを、張り詰めた美しい映像と饒舌ではない言葉で詩的に描きだした秀作だった。
ブルターニュの孤島の野性的な風景、二人の女性のあいだで交わされる視線、ろうそくと暖炉の火で照らされた邸宅の内部、窓から室内に入っている白くて柔らか陽光、そしてごく短いシーンだが夜の孤島で女性だけが参加する祭のたき火、燃えるドレスのすそなど、緊張感に満ちた美しい映像で提示される象徴的で詩的なイメージに引き込まれた。
オウィディスのオルフェウスの冥界下りの挿話が、二人の秘めやかな愛の物語にさらに奥行きを与えていた。