新型コロナウイルス感染拡大の一年で世界中でスペクタクル公演がほとんどなかった数ヶ月があった年だった。日本では7月頃から舞台公演が再開されるようになったが、それでも新型コロナ以前の2020年2月以前の状況とはほど遠い。映像での舞台中継公演上映を含む私の観劇本数は2020年は45本で例年の半分以下となった。観劇数が減ってしまったのは、舞台公演数自体が減ってしまったのに加え、私自身の観劇のための外出の気力も少々縮小してしまったせいでもある。
舞台公演全体が新型コロナによって押さえ込められ、沈滞を余儀なくされたこの2月以降、高野竜の平原演劇祭は例年以上のペースで今年は公演を行い、気を吐いた。この状況下で平原演劇祭のユニークさはさらに突出したものに感じられるようになった。これまでも劇場でない場所を主な公演会場としていた平原演劇祭は野外公演が多かったのだが、昨年は新型コロナの流行が問題になる2月以前から全公演をすべて野外で行った。昨年は全部で9部の公演が行われ、私はそのうち、第3部、4部、6部、7部、9部に参加し、レポートをこのブログに残している。全公演に参加できなかったのが残念だ。野外で奇妙な演劇を行う団体として認知度も近年になってようやく高まったようで、公演のたびに見かける常連の観客も増大してきた感じがある。平原演劇祭は私にとってはすでに演劇以上の破格のものなのだけれど、自宅にいることが多かったこの一年、平原演劇祭の遠足演劇は、私にとりわけ大きな解放感と喜びを与えてくれるものとなった。
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9月に行われた豊岡演劇祭の開催は昨年の演劇のなかでも特筆すべきことがらだろう。過疎の地である兵庫県北部の但馬地方で平田オリザが国際演劇祭を開くということで、兵庫県の地元ではもとから期待が大きかったのだが、新型コロナ感染拡大の状況のなかで第一回を開催するのは非常に大きな賭だったはずだ。海外からの招聘は不可能になり、国内の団体だけによる演劇祭となったが、スタッフにも観客にも感染者が出なかったことは本当に幸いであった。3月以降舞台公演が「不要不急」なものとして中止を余儀なくされたことの不当性を訴えた野田秀樹や平田オリザの発言が世間の物議をかもし、緊急事態宣言解除後の7月に新宿のシアター・モリエールで出演者と観客への集団感染が発覚するという事態があって、舞台芸術に対する世間の視線は厳しいものになっていた。そのなかでの演劇祭開催である。兵庫県北部の中核都市とは言え、但馬の豊岡はよそ者の少ない田舎町だ。そこで都会からやってきた演劇人という得体のしれない連中が新型コロナを持ち込んだということにでもなれば、行政との協力のもと演劇文化による地域振興を目指す平田オリザの計画は水泡に帰してしまいかねない。
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第一回豊岡演劇祭の実行という決断はとてつもない重圧のもとなされたはずであり、平田オリザとスタッフの緊張感は尋常なものではなかっただろう。
但馬は父の郷里に近く、私にもなじみのある場所だったので、豊岡演劇祭には私も強い関心を持っていた。後半の日程の数日、私は豊岡演劇祭に行くことができた。厳重な感染対策のもとでのひっそりとした演劇祭だったが、この演劇祭を無事終えることができたのは、日本の演劇界全体にとって幸いであり、重要なことであったように思う。
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2020年に見た芝居で、特に印象に残ったものベスト5を挙げると以下のようになる(ただし平原演劇祭は私にとってはいわゆる演劇とは別枠になるので、ベスト5からは除外している)。
1位の板橋演劇センターを除けば、すべて海外のプロダクションで、しかもそのうち3本は映像配信ものの舞台となった。
板橋演劇センターは40年にわたってシェイクスピアを板橋で上演し続けている団体だ。レポートはリンク先に残している。私が板橋演劇センターの公演を見にいくのは15年ぶりぐらいだった。主宰の遠藤栄蔵氏にまともに台詞が入っていないのだから、完成度という点では私が見た有料公演のなかでは突出して低いのだけれど、105歳の女優、三條三輪さんをはじめとする個性的で存在感抜群の出演者たちは、ここでしか見ることはできないだろう。完成度なんてどうでもいい、とにかく彼らが舞台に立ち、シェイクスピアを上演し続けているということだけで圧巻だ。本物の演劇バカのすごさを確認することが出来る舞台だった。
この秋は『シラノ・ド・ベルジュラック』関連の映画や舞台がいくつも上演されたが、そのなかでも出色だったのはロンドンのジェイミ・ロイド・カンパニーの英語翻案による『シラノ・ド・ベルジュラック』だった。とにかくかっこいい舞台だ。レトロなロマンティシズムに満ちた原作の修辞的なシラノ台詞が、現代の舞台の言葉として提示される。しかもその詩的文学性の味わいは、オリジナルの雰囲気を踏襲したものよりも、英語の翻案・翻訳では強烈で深いものになっていた。
3位のジュリ・デュクロ演出の『ペレアスとメリザンド』は、新型コロナによる劇場封鎖の直前に、パリのオデオン座ベルティエで見た舞台だ。昨年のアヴィニョン演劇祭でも上演されている。原作のストイックでシンプルな雰囲気を誠実に精密に、そして現代フランスの舞台らしい映像と組み合わせた洗練されたセノグラフィで再現した舞台だった。
4位のドルイド・シアター・カンパニーは、アイルランドのゴールウェイを拠点とする劇団で、このカンパニーの『西の国』の舞台公演は私は2007年にに東京国際芸術祭で見ている。3月にはゴールウェイで同カンパニーの『桜の園』を見ていて、これも素晴らしい舞台だった。本場の劇団によるその土地を舞台としたシングの傑作を上演の舞台映像。演出は2007年に私が東京で見たものと同じだと思う。アイルランドの土地の匂いを濃厚に感じ取ることができるような舞台だった。英語上演で字幕はなかったが、引き込まれずにはいられない。
5位のホーヴェの『橋からの眺め』は1、2年程前に上演(上映)された舞台だが見逃していたのをアンコールで見ることができた。伝統的なマッチョイズムの価値観にとらわれたニューヨークのイタリア移民の悲劇だが、ミニマルで抽象的な舞台美術のなかでの象徴性の高い演出によって、作品の普遍性は強調され、現代的な問題提起が行われていた。
1. 板橋演劇センター『終わりよければすべてよし』@板橋区立文化会館小ホール(2020/11/28)
2. The Jamie Lloyd Company『シラノ・ド・ベルジュラック』NTL@シネリーブル池袋(2020/12/06)
3. Julie Duclos演出『ペレアスとメリザンド』@Odéon Berthier(2020/03/11 )
4.ドルイド・シアター・カンパニー『西の国のプレイボーイ』@自宅、映像配信(2020/4/4)
5. イヴォ・ヴァン・ホーヴェ演出『橋からの眺め』NTL@シネリーブル池袋(2020/08/01)