2008年の初演は見たような見ていないような。典型的な平田オリザの芝居で、セミ・パブリックな場所に出入りする数組の会話で構成された群像劇だ。今回の再演では「昭和の最後の日々」という時代設定を新たに導入したと当日チラシの平田の文章にあった。
場所はマレーシアのリゾート地にある定年移住者を対象とした保養施設だ。「昭和の最後の日々」という時代設定が強調されていた。昭和天皇の「下血」が連日報道され、テレビ番組などで自粛が行われていた頃の話である。私はこのとき、大学一年だった。昭和天皇が死に、平成となりバブル経済で日本中が躁状態で何年か浮かれたあと、日本は現在に至るまで長い停滞と衰退の時代に入っていく。
マレーシアのリゾートで老後を過ごそうとする人たちは、日本社会のなかでかなり裕福な層だろう。そしてこの時期に東南アジアリゾートにやってくる短期滞在者も。しかしこのリゾートの日本人たちには、喧噪の昭和の時代を生き抜いた疲弊と虚脱感が色濃い。薄い絶望をそれぞれ抱えた彼らは、その後の日本社会の停滞を暗示するものになっていた。
振り返ってみると日本社会が壊滅的な打撃を被った第二次世界大戦の敗戦から私の誕生まではわずか20年ほどだ。50を過ぎた今、20年前を思い浮かべると、それはついこの間のことのように思えるのに。そして昭和が終わったとき、私は20歳だった。
自分の記憶にはっきり残る30年前が、既に遠い過去であり、歴史となっている。『眠れない夜なんてない』の世界に、現在の日本や私自身の状況とは連続性がありながら、別のフェーズの過去の時代であることを意識させられた。
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