閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

2022/01/16 平原演劇祭2022第1部@『神曲2022』読み合わせ会

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 昨年末12月22日、平原演劇祭主催の高野竜が、12月31日に上演予定だった「まつもうで演劇」の会場下見中に崖から転落し、高野は脳挫傷という重傷を負った。下見稽古に同行していた女優たかはらさくらも全治三週間の大けがだった。
 高野は数日、転落事故のあった栃木県内某所の近くにある病院に入院したのち、埼玉県宮代町の自宅に戻った。この事故のため、12/26に予定されていた平原演劇祭第14部「解体ソ連ナイト」と12/31に予定されていた第15部「まつもうで演劇」は中止となった。退院したとはいえ、高野が快復したわけではない。脳挫傷のダメージは大きく、記憶障害と運動障害の後遺症があり、高野自身が言うには、今後、戯曲の創作はできなくなってしまったとのことだ。仕事も休職していて、復帰の見込みはたっていないようだ。
 身体的、そしておそらく精神的な面でも大きなダメージを受けているに違いないが、この状況でも高野竜の演劇意欲(変な言い方だが)は衰えてはおらず、2022年は昨年の13公演を上回る20公演以上が予告されている。

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 1/16(日)に行われた『神曲2022』読み合わせ会は、2022年最初の平原演劇祭公演であり、高野の崖落下事故以降、はじめての公演だった。『神曲』はダンテの作品を踏まえ、構想された高野のオリジナル戯曲で、20年以上に書かれたそうだ。「地獄」「煉獄」「天国」の三部からなるダンテ『神曲』にならって、三部構成の大作で、通しで上演するとなると7-8時間かかるらしい。今回はそのうちの第一部を読み合わせ稽古のかたちで「リーディング上演」した。演劇形式の上演は来年夏に、水上舞台で行う予定らしい。会場に集まったのは14名で、高野竜の配偶者Mさんと平原演劇祭カメラマンの「ぼのぼの@masato」以外の参席者には、観客のつもりで来ていた人も含め、全員配役が割り当てられ、台詞を読んだ。
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 配布された戯曲はA4で33ページ、18時半頃から読み始め、途中10分ほどの休憩を挟み、読み終えたのは20時半ぐらいだったように思う。、屋内で座って朗読という安全な環境での「上演」だったため、高野竜の戯曲にしっかり向き合い、その文学性を味わい、楽しむことができた。物語の時代設定は2025年となっていた。今回読んだ第一部は、ダンテ『神曲』での「地獄編」にあたるのか。内容はダンテの作品との類似を感じさせるところはなかったが。舞台は「ある別の首都、南部、神奈川」とあるが、場の表題は「アクサイチン」である。アクサイチンが何かわからない。ググってみると「中華人民共和国、パキスタン、およびインドの3か国が国境を接するカシミール地方」にある盆地らしい。アクサイチンは第一部の最後のほうになって出てくる。流産し、恋人と別れ、虚無に浸る女子大生、暴走族の男達、14歳の少年少女、複数の名前を持つ在日コリアン、ジャーナリスト、イスラムの義勇兵など。殺伐とし、荒々しい風景のなかをさまよう登場人物たちが発する言葉のやりとりは、唐十郎をどこか想起させるところがある。

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 20年前に書かれた近未来のパラレルワールドを舞台とするドラマ、ということでちょうどその頃、映画館で見た岩井俊二の『スワロウテイル』を思い浮かべたりもした。劇中の挿入歌の選択もよかった。あの頃大好きだった新宿梁山泊『千年の孤独』の詩情も思い出す。
 借りた和室の奥の板の間ステージには、赤い服を着た布人形と斧があり、スポットライトで照らされていた。この赤い服の人形は、劇中人物の一人で、公道レース開始前の男たちのやりとりが激すると、突然、斧を自分の胸に突き立てて絶命する在日コリアンの少女ラスコリニコフ(なぜかロシア人名を名乗っている)である。
 

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 前半はみな座ったままの朗読だったが、休憩をはさんで後半になると、読み手である俳優たちはこの人形が佇む「舞台」に立ち、動きながら台詞を読み上げた。物語は段々状況が混沌としてきて、人物の関係がどうなっているのか、展開がどう進行していくのかわからなくなっていった。わからないまま、テクストの詩情と台詞のコミカルなやりとりがもたらす笑いを楽しんでいるうちに、第一部の朗読会は終わった。

 ゆるやかでなごやかな会だった。