閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

22/05/15 第13回森本商店街一座公演@金沢おぐら座

 金沢市の大衆演劇場、金沢おぐら座には2015年の正月明けに南條光貴劇団の公演を身に行ったことがある。おぐら座のある場所は金沢市内と言っても、兼六園などの観光ポイントのある金沢中心部から二駅離れたところにある森本駅前で、観光地の活気とは無縁のがらんとした場所だった。このときの観客の数は5、6名だけだったが、この少数の観客のために劇団は手を抜くことなくフルサイズの充実した公演を見せてくれたことに感動したことを覚えている。
 今回見に行った森本商店街一座は、この金沢おぐら座を拠点とする商店街店主たちによる劇団で、大衆演劇のスタイルのヤクザ芝居を上演している。公演は5月15日(日)の昼夜の二回公演だった。私は12時半から始まる昼の部の公演を見た。
  劇場に着いたのは午前10時過ぎ。森本駅前には商店街らしい賑わいはなかった。やたらと広いロータリーが駅前にあり、ロータリーの前の道路沿いにお店が数件並んでいるが、人通りはない。劇場は駅前のロータリーのすぐそばにあった。金沢おぐら座はもともとはショッピングセンターだったらしいビルの一角にあるが、金沢おぐら座以外の店は営業していないようだ。そもそもショッピングセンターの入り口がどこかわかない。

 

 
 昼の部の開演は2時間後だったが、劇場に人の出入りがあったので、おそるおそる劇場のなかに入ってみる。すると森本商店街一座の俳優の方がスタンバイしていて、時間を間違えてやってきた私たちを不審がることもなく、気さくに応対してくれた。昼の部の会場時間までの2時間以上あったので、金沢市民芸術村を見学し、蕎麦屋で昼食を取って時間をつぶした。正午過ぎに劇場に戻ったが、劇場はほぼ満席だった。金沢おぐら座のウェブページによると、金沢おぐら座は120席の収容力があるが、今は新型コロナ対策で座席間隔をゆったり取っていたので観客数はおそらく70-80人だったと思う。

 開演時間になるとまず金沢おぐら座の社長、鷹箸直樹氏より10分ほどの前説口上があり、森本商店街一座結成のいきさつや今回の公演にいたるまでの経緯などが語られた。この鷹箸の前説はほとんどプロの芸人といってもいいほど見事なもので、軽妙な話術でギャグを効果的に交えつつ、観客を笑わせ、盛り上げていく。一座結成の経緯をこの前説で聞くことができたのは、ありがたかった。最初の口上の巧みさだけで、鷹箸直樹氏が相当な人物であることをうかがい知ることができる。
 北陸新幹線開通で観光スポットが集中する金沢駅周辺は急速に発展していったが、その一方で昔からの商店街は放置されたまま寂れていく一方だった。そこで県内の商店街が行政に商店街振興のための助成を求めた。森本商店街が求めたのは、商店街の店主たちが結成した大衆演劇劇団一座への公演助成だった。ちなみに助成金は50万円だったとのこと。今回の上演には地元テレビ局の取材が入っていた。石川県知事の馳浩が来ていたのには驚いた。馳浩は本編上演前にもう一人の県会議員とともに舞台にあがって挨拶をした。観客は大喜びである。

 
 上演された作品、『新伍ひとり旅』は、上演時間90分のフルサイズの本格的大衆演劇だった。舞台映像はyoutubeで見ることができる。
 道場に通う異母二人兄弟の新悟とたつまが主人公。兄の新悟は弟のたつまが気に食わず、なにかと理由をつけてたつまに意地悪をし、いじめる。そんなおり、道場の裏山に出没する山賊退治に、道場の門弟のうちのひとりが行かなくてはならなくなった。くじ引きで兄の新悟が山賊退治をすることになったのだが、兄が出かける前に、たつまは一人で山賊退治に出かける。新悟はそれを知ると、急いで裏山にかけつけ、弟に代わり、山賊たちを成敗する。この後、二人の兄弟は和解するが、新悟はこれまでの自分の言動を反省し、修行の旅に出る。
 

 メインとなる役柄は金沢おぐら座で今月公演中の藤間劇団の役者が担当し、劇の主筋を進めていく。今回出演した商店街一座の座員6名(うち女性1名)は、道場の門弟などの脇役をもっぱら担当し、藤間劇団俳優が演じる主要登場人物に茶々を入れたり、自分たちの店の宣伝や内輪ネタ、楽屋落ちで、客席の笑いを取っている。藤間劇団とのコラボは今回が初めてだが、おそらくこれまで毎回、プロの俳優によるしっかりとした芝居を見せた上で、素人連中の内輪芝居で観客の笑いを取るというスタイルで作品が作られているのだろう。商店街店主の演技は必ずしも達者とは言えないけれど、その素人芝居の介入はコントロールされたもので、主筋となる芝居とのバランスが絶妙だ。内輪の観客ではない私たちが見ても思わず爆笑してしまうような場を作っていて、90分の芝居にだれたところは感じない。芝居を見せているという緊張感がずっと維持されていた。藤間劇団とは公演の数日前に会食をかねた打ち合わせをやり、そのときに藤間劇団座長が商店街一座の俳優の個性を生かすべく演目の選定と配役を行い、二日ほどの稽古でこの日の本番を迎えたと言う。しかし玄人芝居と素人芝居の見事な案配は、大衆演劇の世界と商店街の世界の両方を熟知し、その橋渡しを担う金沢おぐら座社長、鷹箸直樹氏に負うところが大きいはずだ。

 芝居のあとは、藤間劇団の座長と鷹箸直樹氏の口上、そしてその後は、藤間劇団の俳優による舞踊ショーがあった。舞踊ショーの後半も森本商店街一座との共演になっていて、商店街一座の俳優のソロ歌唱に合わせて、藤間劇団役者が踊るという趣向になっていた。金沢おぐら座での藤間劇団公演としては、森本商店街一座の公演は番外篇ではあるが、大衆演劇を観に来た観客を楽しませる興行としての枠組みとクオリティは維持されていた。

 今でこそ、巡業中の大衆演劇劇団とのコラボで商店街一座が芝居を打つスタイルも確立され、商店街店主の座員の役者ぶりもさまになっていて、芝居を楽しんでいる様子ではあるが、この一座創設の前は演劇経験のない素人集団だったはずだ。芝居経験のない商店店主たちを説得して、芝居の興行にこぎ着ける手腕は尋常なものじゃない。相当強力なコミュニケーション能力とマネージメント能力が必要となるはずである。金沢おぐら座の鷹箸直樹氏は裏方に徹し、芝居には出演していないが、このユニークな商店街振興プロジェクトの旗振り役となったのは、鷹箸直樹氏であることは間違いない。森本商店街一座は来年10周年を迎えるという。公演は今回が13回目なので、年に複数回の公演を行っていることになる。商店街一座の立ち上げの経緯についても今後、取材してみたい。