閑人手帖

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2022/06/19 平原演劇祭2022第10部「#貧学生5」

平原演劇祭2022第10部「#貧学生5」

  • 6/19(日)13:30-16:00
  • 大田区池上梅園茶室清月庵(都営地下鉄西馬込駅東口徒歩10分)
  • 1100円+投げ銭
  • 演目:田宮虎彦「菊坂」「落人」、高野「現実十夜」
  • 出演:最中、高野竜

 平原演劇祭の田宮虎彦朗読シリーズ。このシリーズは平原演劇祭のなかでも客の入りが悪い。田宮虎彦が現在ではもう忘れられた作家であるし、しかもその作風は地味で暗い。さらに朗読というささやかな上演形態ゆえどうしようもないのか。

 観客の側としてはこじんまりした人数で朗読に耳を傾けるというのは、なかなかしみじみとしていてよいものではある。twitter上の発言では、観客数をけっこう気にしている感じもある平原演劇祭主宰、高野竜だが、田宮虎彦シリーズに関しては、とにかく一人でも観客があればそれでよし、といった感じで、観客数を増やしたいという意欲は感じられない。とにかく忘れられた作家、田宮虎彦の小説を朗読というかたちで現代に呼び戻すことに、大きな意義を感じているようだ。

 今回の上演会場は、これまで平原演劇祭ではつかったことのない会場だった。私もはじめて足を運んだ場所だ。最寄り駅の西馬込駅もはじめて降りた駅だった。日蓮宗の大本山の池上本門寺に隣接する公園内にある茶室だ。茶室のある池上梅園は区立の庭園だが、築山がある美しい庭園だった。時間があれば散策したくなるような場所だったのだけれど、会場に到着したのは開園時間ギリギリだった。地下鉄の駅から、灼熱の夏の日差しのなかを早歩きで来たので汗もびっしょり。

 

 観客は田宮虎彦朗読シリーズにしては多くて、5-6名いた。16時半までに茶室を退去しなくてはならないとかで、予定していた13時半に平原演劇祭2022第10部「#貧学生5」ははじまった。

 公演会場は茶室なので冷房はなかった。しかし幸い茶室のなかはそれほど暑くはなく、汗はまもなく引いた。最初の演目は田宮虎彦の陰鬱な学生時代を描いた私小説「菊坂」の朗読から始まった。読み手は最中、赤い和服を着ていて妙になまめかしい。和室の空間と合っている。

 「貧学生」とあるとおり、「菊坂」は絶望と孤独のなかで鬱屈した学生生活を送っていた田宮の暗い青春が淡々とした筆致で綴られている。皇太子誕生で日本が沸き立っていた日のこと、というと1933年のことだ。作者の分身である主人公は、母の死を告げる手紙を受け取る。この母の死を告げる手紙が、リフレインのように小説中で何回か反復される。どーんとした重い塊に徐々に押しつぶされるような主人公の生活と心理が淡々と綴られる。同じ下宿に住む他の若者たちに襲いかかる現実もまた暗い。将来への希望のかけらもない彼らの日常と皇太子誕生で浮かれる日本の狂騒ぶりが対比される。

 朗読時間は90分くらいだったように思う。古ぼけた茶室で、妙に官能的なかっこうの最中がいろいろな姿勢で読んだ。朗読中、斜め上からの照明が彼女を照らしていた。その読み方は田宮虎彦の文体のように淡々としたものだった。

 トイレ休憩のあとは高野竜による「落人」の朗読があった。こちらの朗読時間は40分ほどだったように思う。



 「落人」は、フィクションの幕末歴史小説連作《黒菅藩》ものの一つだ。維新勢力に追い詰められた黒菅藩は降伏・和睦を模索するものの、家臣の山崎剛太郎の暴走によって絶滅に追いやられる。「落人」は、黒菅藩滅亡の原因となった山崎剛太郎のなりふりかまわない逃走の様子を描いた短編だった。

 高野竜がこの数年、平原演劇祭で読み続けている田宮虎彦の小説は、大きく架空歴小説の《黒菅藩》ものと作者の暗い青春を描く私小説《貧学生》ものの二系統があるが、この二つの流れが統合されるのが、田宮虎彦の代表作とされる『足摺岬』だと言う。平原演劇祭の田宮シリーズはまだ続く。

 「落人」読了後、退室時間まで余裕があったため、今度は高野竜の実録体験語り、「現実十夜 その7」が上演された。バックパッカーとして貧乏旅行をやっていた高野が、台湾から密航船で沖縄になんとかたどり着いたところで、どうにもお金がなくなってしまい、親に郵便局宛て送金を頼んだところ、郵便局員の間違いで20万円の大金が振り込まれたことになっていたという話だった。

 

 《夢十夜》にちなんで、《現実十夜》となっているが、高野のこのシリーズはこの第七話で完結という。高野が実際に経験した奇妙な出来事が漫談風に語られるシリーズだ。いずれ全話を語る機会を設けたいとのこと。

 私自身も自分の《夢十夜》ないし《現実十話》を考えてみたいなと思った。

 終演は茶室の利用時間があるため、16時半前に。まだ日差しは強くて、暑かった。