閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

2022/12/25 ホイヴェルス作『復活のキリスト』他@宝生能楽堂

日本全国能楽キャラバン! 宝生流東京公演

  1. 能「隅田川」
  2. 狂言「十字架」
  3. 能「復活のキリスト」

2022年12月25日13時-14時半@宝生能楽堂

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イエズス会の宣教師として1923年に来日して以後、1977年に死ぬまで日本で過ごしたホイヴェルス師(1890-1977)は多数の日本語戯曲を残している。

ホイヴェルス作の新作能「復活のキリスト」はWikipediaによれば1957年に初演され、その後62年と63年に東京で上演されている。63年の上演のあとは、久しく上演が途絶えていたが、2017年6月23−24日にバチカンのカンチェレリア宮殿で上演され、昨年、金沢の石川能楽堂でも上演された。東京での上演は、1963年以来、およそ50年ぶりとなる。

今回の復活上演にあたっての宝生和英のインタビューが以下のリンクにある。

www.nohgaku.or.jp

今回の上演では「復活のキリスト」に併せて、ホイヴェルスの「復活キリスト」の着想を得たと言う能『隅田川』と福音書のエピソードに基づく狂言『十字架』(ホイヴェルスと九世三宅藤九郎作)も上演された。

ホイヴェルスは能『隅田川』を見て深い感銘を受けたそうだ。当日パンフレットにある李聖一神父の文章によると、遠く離れた東国で死んだ息子の塚を訪れる狂女の母と処刑されたイエスの遺体を見舞いに墓所を訪れるマグダラのマリアの姿が重なったのだろう、と言う。『隅田川』では作り物の塚のなかにずっと身を潜めている子供の霊が、最後の最後に母の「南無阿弥陀仏」の声に、その作り物のなかからまず声だけで「南無阿弥陀仏」と応えたのち、短い時間すっと白装束の姿を現す場面がたまらなく美しい。その最後に至るまでが、長くて、しかも何を言っているのかよくわからないので、ひたすら眠くて退屈なのだが。

「復活のキリスト」ではマリア(この戯曲ではヤコブの母マリアとマグダラのマリア)の呼びかけに、復活したイエスが神としてその姿を見せるのだから、それは歓喜の場面となるはずなのだが、『隅田川』の結末の余韻と能の厳かな様式で演じられることで、はじけるような歓喜ではなく、神の出現に立ち会うときに思わずひれ伏してしまうような荘厳な畏れ、圧倒され、突き放されるような緊張感を感じさせた。2017年のバチカンでの公演で、イタリアの観客がこの聖書劇をどのように受け止め、どんな評が出たのか気になるところだ。

能による聖書劇の題材として、ホイヴェルスがイエスの復活のエピソードを選択したことも私にとっては興味深かった。というのも「復活のキリスト」で演じられる場面は、九世紀から一六世紀にかけて西ヨーロッパ各地の教会で聖職者たちによって演じられてきた典礼劇で最もよく取りあげられる場面だからだ。

現存する典礼劇約600編のうち、400編が「聖墓訪問」Visitatio sepulchri というこの場を演劇化したもので、その大半は復活祭の早朝の朝課の最後に上演されたと考えられている。

典礼劇はラテン語による歌唱劇で、演技者である聖職者たちが行うべき所作はしばしばト書きに詳しく指定されており、形式的に能と共通点がある。

イエスの復活はキリスト教の教義上、最も重要なエピソードなので、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの四福音書すべてに「聖墓訪問」は記述されている。ただキリスト教的には最重要であるはずのイエスの復活は、聖書では墓所を訪ねるマリア(聖書では2人ないし3人のマリア)が、安置されているはずのイエスの遺体が墓所に不在であることによってイエスの復活を知るという逆説的な記述なのが面白い。

墓所を訪ねてきたマリア(たち)に、墓守のように墓所に待機していた天使たちが「おまえたちは誰を探しに来たのだ?」Quem quaeritis ? と問いかけるところから、西ヨーロッパにおける演劇の歴史は始まる。福音書によってイエスがマリアたちの前に現れることもあれば、不在のままのときもある。

 

イエスが散々苦しんだ挙げ句、処刑される受難 Passion の場と比べると、復活の描写はドラマとしてはインパクトが弱いのだが、典礼劇の主題として受難の場面が扱われたものはない。残存する典礼劇の半分以上は、復活のエピソードを扱っている。受難の場面は、俗語(フランス語など)で書かれ、町の広場で町の住民たちによって上演された大規模な聖史劇・受難劇で好んで取りあげられた。

一度死んだ人間が、神となって生き返る、姿を現すという超自然的な、そしてキリスト教の教義の根幹に関わるきわめて象徴的な場なので、復活劇はリアリズムではなく、能のような高度に様式化された手法で上演されるのがふさわしい。おそらく聖職者たちが演じた典礼劇の上演も様式的だったはずだ。能の様式性がもたらす荘厳さは、聖書や典礼劇の復活の霊性を表現するのにいかにもふさわしいように感じられた。ホイヴェルス神父が、能による「キリストの復活」を着想するにあたって、中世の典礼劇も参照していた可能性もあるのではないだろうか。

狂言《十字架》も聖書のなかにある信心深い漁師とそうでない漁師のエピソードを劇化したものだが、海上に現れる十字架を役者が演じるという趣向が面白かった。中世フランスのファルスを翻案した狂言としては飯沢匡の《濯ぎ川》があるが、《十字架》にもファルスの味わいがあった。中世フランスのファルスは現代ではフランスでも上演される機会は滅多にないが、狂言《十字架》は、ファルスが狂言の様式によって変換されることで、現代劇として成立しうる可能性を示していた。ダリオ・フォの《滑稽聖史劇》には中世の聖史劇・受難劇に取材したシリアスな場とファルス的な笑いの場が交錯しているが、その中の一篇、「盲人といざりの劇」は狂言形式の上演がおそらくはまるだろう。「盲人と伊いざりのファルス」は以下のような話しである。物乞いで生計をたたてていた盲人といざりは、イエスに出会ってしまうと奇跡がおこって、健常者となり物乞いができなくなるので、イエスから逃げ回る。

能・狂言による翻案によって、典礼劇、ファルスという中世ヨーロッパの演劇の上演形態、その上演可能性を想起させる観劇体験となった。