閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

2022/12/25 平原演劇祭2022第23部 #ロシア周辺ナイト

  • 日時:2022年12月25日(日)17時-19時半
  • 場所:目黒区烏森住区センター調理室
  • 演目:「わらのうし」 「天窓の麻」 「酋長の子」 ゼアマ(モルドバ料理)「ねむりながらゆすれ」
  • 出演:高野、ひなた、青木祥子、吉水恭子_____________________________________

平原演劇祭は高野竜個人によって企画・実現される芸能のようなものだ。いや芸能というよりは、前に既に書いたかもしれないが、小学校などで非公式の学校行事としてクラスで行われる「お楽しみ会」を私は想起する。「お楽しみ会」と言うと高野竜はもしかするとあまり愉快ではないかもしれないが。しかし日本の学校文化そのものに芸能的な性質があるのかもしれない。

  • 新型コロナ流行以降、平原演劇祭の開催はそれまでより頻繁になったが、とりわけ昨年末に高野が崖転落事故で脳挫傷の重症を負って以来、この2022年は二週間に一度のペースで公演を行っているのだから尋常ではない。ときに昏倒し、ときに嘔吐しても、高野はこの異常なペースでの公演に固執している。twitterでしばしば高野自身がつぶやいているが、高野は自分の活動期間がもうそれほど長くないことを覚悟しているのだ。2022年にはさらに大晦日に「まつもうで」演劇が予告されている。
  • 今回は水道橋の宝生能楽堂で能「キリストの復活」を見ていたため、平原演劇祭2022第23部の会場に着いたのは17時半だった。今回の上演はすべて一人語りだ。高野は数日前まで入院中だし、入院していないときもへばっていることが多いということで、高野から作品を割り振られた出演者がそれぞれ一人で稽古したものが上演された。高野が朗読したらしい最初の演目「わらのうし」は既に終わっていて、ひなたによる「天窓の麻」が上演中だった。
  • 「天窓の麻」は、『アラル海鳥瞰図』のなかの一エピソードだ。突然家を訪問してきた見知らぬ若い男性に、麻の苗を託された女性の語りだ。2019年11月に寒風にさらされる工場の廃墟のような場所で『アラル海鳥瞰図』が上演されたとき、「天空の麻」を演じていたのは誰だったか、思い出せない。ほぼ野外と言っていい2019年の上演のときと、屋内でひなたが演じるこの作品の雰囲気はまったく異なるものだった。

  • 黄昏時のような薄いオレンジの光に照らされて語るひなたが語る「天空の麻」は柔らかで穏やかに感じられた。「天空の麻」の語りが終わると、青木祥子がそのままシームレスに中央に現れて次の作品「酋長の子」を語り始めた。

  • 「酋長の子」は北海道出身の作家、長見義三(おさみぎぞう)によるアイヌの荒くれ者を主人公とする短編小説だ。この小説の内容はどういうわけか頭に残っていない。アイヌが「ロシア周辺ナイト」のテーマとどう関わっているのかも私にはわからなかった。

  • 「酋長の子」のあとは、食事タイムとなった。モルドヴァ料理のゼアマが振る舞われた。
  • ゼアマは鶏の手羽先と「もみじ」と呼ばれる脚先をぐつぐつと煮込み、そこに大量のレモン汁を注ぐ、というシンプルな料理だ。塩で味付けもしない。臭みは全然なかった。鶏から出るだしとレモン汁だけで、けっこういける。もっとも私はやはりちょっと塩を入れたくなった。そしてディルを散らすと見栄えも香りもよくなる。このゼアマは参席者はみな気に入ったようで、すぐになくなってしまった。
  • ゼアマの食事会のあとは、吉水恭子による「ねむりながらゆすれ」がはじまった。今回上演された戯曲ではこの作品が一番長かった。40分ぐらいあったように思う。モルドヴァで生まれ、その後、モルドヴァとロシアの支援のもとモルドヴァから独立しようとした沿ドニエストル共和国との戦争に巻き込まれ、どういう経緯か日本にたどり着き、その後、ウクライナでの農業事業に携わることになった女性の半世紀だ。四つの場面で構成される。
  • この作品はこれまで何度か私は見ている。最初に見たときは、トランスリトアニア戦争や沿ドニエストル共和国の存在を知らなかったし、各場でいったい何が起こっているのかまったく意味不明だった。今回はようやくすべてのエピソードがつながり、さまざまな苦難を経て、最後に故郷の黒土で幼少期の平安を取り戻す女性の姿が浮かび上がってきた。吉水恭子の語りは、各局面の主人公の年齢や状況、語りのテキストの性格の違いを、丁寧に語り分け、一人の人物を組み立てていた。
  • 観客は7名だったらしい。穏やかで仲間内の親密な空気に満ちたクリスマスの夜のイベントだった。