閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

2023/02/05 劇団サム第8回公演『銀河旋律』

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主宰:田代卓

演出:今泉古乃美

作:成井豊

出演:奈田裕哉、福澤茉莉花、岩崎かのん、岡嶋彩希、斉藤柚、森杏紗、市倉真実、尾又光俊、河野雅大

会場:練馬区立生涯学習センターホール

上演時間:60分

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石神井東中学校演劇部の卒業生が、かつて同校演劇部顧問の田代卓とともに結成した劇団サムの第8回公演は、キャラメルボックスの成井豊作の『銀河旋律』が上演された。劇団サムというとキャラメルボックスが私には思い浮かぶのだけど、成井作品の公演は今回が三回目だった。

8回目の公演となった今、劇団サムの最年長俳優は25歳になった。劇団サムは石神井東中学校演劇部顧問の田代卓が退職したあとに結成されたのだが、結成後も石神井東中学校演劇部卒業生の入団者が相次ぎ、現在では高校生から社会人の25歳までの29名のメンバーの大所帯となっている。高校演劇や大学の学生演劇、あるいはプロの劇団で演劇活動を続けている者もいるようだが、劇団サムはそうした「メインストリート」の演劇とはちがった場所で活動を継続している。学校の枠組みとは違った場所で、学校演劇的なカルチャーを維持したまま、ゆるやかに成長・変化し続けている劇団だ。

優れた中学演劇指導者だった田代卓が退職する前の2年間、私の娘がたまたま石神井東中学校演劇部に入ったことで、私は中学演劇の世界を知り、中学生が演じることによってこそ説得力と魅力を持ちうる演劇があることを知った。私は劇団サムは第2回公演から見続けている。年に一度ないし二度の公演は、あの頃、中学生、高校生だった子どもたちが、演劇とともに成長してく様子の確認の機会になっている。

稽古時間は中学校の部活の頃と比べると少なくなっていると思うのだけど、団員たちの経験と成長がその演技に深みをもたらしている。それはプロの劇団にあるうまさや味わいとは異なったもので、中学演劇の精神を、激動の思春期後期と青年期を経てもなお、しっかりと保持したまま、熟成させたような独自の魅力を放つようになった。古株の年長卒業生と中学を出たばかりの高校生が一緒に演劇を作っていくのは、簡単なことではないように思う。しかしこの学校演劇部をベースとする共同体のアンサンブルが作り出す雰囲気は、他の劇団にはみられないものだ。

第8回公演の当日パンフレットを見てまず目を引いたのは、演出が田代卓ではなく、田代の教え子の今泉古乃美になっていたことだ。劇団サムは良くも悪しくも、旧顧問である田代卓の先生としての指導力・権威のもとで、成立していた集団であり、これまで演出は田代が担当するのが常だった。今泉は劇団サムの制作面の要だったが、自身も中学校教員として勤務するようになり、劇団の活動を引き継ぎ、続けていこうという覚悟を決めたようだ。聞けば劇団サムで演出を担当するのは、これが二回目とのことだった。

『銀河旋律』は上演時間60分の短い作品だった。Wikipediaの記事によるとキャラメルボックスのハーフタイムシアターの嚆矢となった作品で、何度も再演を重ねた人気作だったようだ。『銀河旋律』は「タイムスリップ」もので、恋敵が過去に介入にしたことにより、現在の恋人の関係が消滅しそうになっていることに気づいた主人公が、自身もタイムトラベルで過去に介入することで現在の改変された状況を修正し、恋人との関係を取り戻そうとする物語だ。

再演を重ねた人気作で、高校演劇などでも頻繁に上演された作品だそうだが、脚本上の設定の仕掛けが強引すぎるように思った。例えば「過去を改変されたとき、当事者が突然めまいに襲われる」とか、「過去が改変された直後の一時間は、現在の記憶が維持される」とか、時間管理局という時間旅行センターの存在であるとか。藤子・F・不二雄の「少し不思議」なSF的を想起させる作品だが、生身の人間である俳優がこれを再現するとご都合主義の子供っぽいお話に思えてしまう。それでもこの作品が人気があるのは、失われつつある恋を取り戻そうとする主人公のけなげな奮闘ぶりに共感し、そのスリリングな展開に引き込まれる若者たちが多いからだろう。

戯曲のもう一つの大きな難点が、現在と過去のいくつかの時点を行き来する展開ではあるけれど、出てくる人物が同一なので、今展開している場ががいつ時点のことなのか、どういうタイミングで過去への介入が行われているのか、過去の改変の結果、現状がどうなってしまっているのかが錯綜していて、わかりにくいことだ。劇団サムの公演では、登場人物の服装を変えることで、どの時点の話しが展開してるのかを示そうとしていたようだったが、正直なところ、服装の違いが時の違いを示しているだろうことに私が気づいたのは見ていて大分たってからで、展開をしっかりと把握できないところがあった。舞台上の会話はテンポよく、発声も明瞭で、演技には細かい工夫はあったけれど、主要登場人物の声のトーン、リズムが似通っていたところもあり、単調で眠たくなってしまった箇所がいくつかあった。

前説で『銀河旋律』本編のタイムスリップねたが巧妙に組み込まれ、本編の予告編となっているのと同時に、観客への注意がコミカルに行われる趣向はよかった。主要登場人物の四名は、劇団サムの「ベテラン」が担当した。上に書いたようにプロの俳優とは質的に異なるうまさと味わいがあった。岩崎かのんは、前から印象に残る俳優の一人だった。今回は主役ではなかったけれど、明瞭な発声と、そしてとりわけその優雅が手の動きや表情の変化などの身体表現で、その存在感を示していた。福澤茉莉花はこの作品のヒロイン役にふさわしい愛らしさがある女優で、恋人との関係の変化への気付き生じる戸惑う様子などの心理表現がよかった。主人公の柿本を演じた奈田裕哉は、ぬぼーっとした感じの大男だが、どこかもっさりした雰囲気が人気アナウンサーの安住紳一郎を何となく思わせなくもない。量の多い台詞をちゃんとコントロールできていた。全体的に方眼紙のマス目を一つ一つ丁寧に塗りつぶしていくような、きっちりと組み立てられた芝居になっていた。

演じている最中の俳優からも、そしてカーテンコールでの俳優やスタッフたちの様子からも、演じることの喜び、仲間と集い、作品をつくることの楽しみが感じ取ることができるのが、見ていて気持ちがいい。