閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

絶景,パリ万国博覧会:サン=シモンの鉄の夢

鹿島茂河出書房新社,1992年)
ISBN:4309222358
評価:☆☆☆★

                                • -

1855年と1867年の二つのパリ万国博覧会の実質的な運営責任者であり,その後の万博のひな形をこの二つの万博で提示したミシェル・シュバリエ,空想的社会主義者とマルクスに嘲笑されたサン=シモンの弟子であった.鹿島はパリの二つの万博の理念の中に,このサン=シモン主義者のユートピア思想の反映を読み取る.
きわめて複雑な政治・経済背景の中で形成され,極めて雑多な要素からなる万博の怪物的諸相をイメージすることができた.サン=シモン主義は確かに初期万博を読み取る一つのキーワードであるかもしれない.しかしこのキーワードで読み解けるのは万博の雑多な要素のごく一部に過ぎないようにも思える.シュバリエは若かりしころ,サン=シモン主義者であったことは事実ではあるが,万博遂行についてはそうした思想的部分が影響していたのはごく一部という気がしないでもない.たとえば十九世紀フランスをサン=シモン主義ひとつで論じきることができるだろうか? 万博創造とサン=シモン主義の関係は,この本を読んでも実は明確には提示されていない.
万博の発想と,ルーブル美術館などの巨大博物館や百科全書といった思考との類似性は本書でも指摘されていた.近代的知の普遍的あり方として,このあたりから切り込むほうが有効であるように思う.
鹿島氏の提示したテーズについては半信半疑というところなのだが,にもかかわらずこの本は面白かった.成功を収めた1867年の万博の詳細の紹介に特に関心を引かれた.人種の展示であるとか.こうした展示のありかたの一つ一つに当時の世界認識のあり方が反映されているわけで,興味深い.後書きによると,1878,1889,1900,1937年のパリ万博を対象とした「パリ万博事物編」の執筆が予告されている.楽しみであるが,実はまだ未完.この人の狂騒的とも言える出版状況から見ると,この本を出版後,腰を押し付けて資料を読み解く時間がなかったのか.
繰り返し出てくるベンヤミンの「パリ,十九世紀の首都」への言及が印象的.ベンヤミンは万博の展示の中に,物神フェティッシュのアウラの輝きの出現がみられることを,指摘しているそうだ.ベンヤミンは,やっぱり目がいいし,かっこいいな.フェティッシュなアウラの正体を無慈悲に暴くベンヤミンの文体自体がアウラに満ちているものなぁ.原文では読めませんけど.