閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

2021/11/4 iaku『フタマツヅキ』@シアタートラム

www.iaku.jp

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iakuの新作は私にとっては実に身につまされる話で、息が詰まるような思いをしながら、舞台を見た。

モロ諸岡演じる主人公克(すぐる)は、開店休業中の落語家で、もう何年も高座に上がることなく、知り合いが経営しているギャラリーの管理人として小遣い程度の給料を貰って、無為の日々を過ごしている。老年にさしかかろうという彼には糟糠の妻、雅子と20歳ぐらいの息子、花楽(からく)がいる。妻は働いていて、彼女の働きでなんとか生計を維持している。息子は高校卒業後、アルバイト生活を続けていたが、介護施設での就職が内定した。妻の稼ぎに依存するこの一家は貧しく、二間だけの狭くてみすぼらしい団地に住んでいる。息子はまともに働かずにぶらぶらと生きている父親を憎悪している。克は家にいるとばつが悪いのか、この二間の住まいには金がなくなったときにしか来ない。雅子はそんなふがいない夫に対してなぜか優しく、無心にやってきた夫に小遣いを渡す。

主筋と並行して、若い頃の克と雅子の出会いから花楽の出産にいたるまでの数年間の様子が提示され、なぜ雅子がこのどうしようもない夫を献身的に支えてきたのかがわかるようになっている。

若き頃はピンの漫談家として、そして雅子の妊娠がわかってからは落語家としての活動をはじめた克は、芸人としては成功せず、経済的には雅子に依存状態ではあったが、ずっと好き勝手に生きてきた人間だ。しかしチャンスと才能に恵まれず、年を経ることにやさぐれ、その生活と心はすさんでいった。克の絶望とやるせなさは私には痛いほどわかる。彼をこんな風にしてしまったのは、彼自身だけでなく、妻の雅子の優しさのせいでもある。雅子にとって、克はこの世での自分の居場所と存在意義を与えてくれた恩人だった。献身的に雅子は夫を支えるが、この夫婦は共依存の関係のなかで、地獄の状態をどんどん悪化させていたのだった。雅子の優しさによって、克は救われつつ、同時に真綿で首を絞められるように苦しんできたのだろう。

青年期を迎えた息子、花楽には、克は父親と夫としての責任を果たさず、自分が愛する母を苛めるいまわしい存在となる。また自分が憎悪する父親を母親が依然愛していることが我慢ならなかっただろう。

弟弟子が持ってきた再生のチャンスとなる落語の仕事を、克は全うできない。再起をかけた挑戦の無残な失敗に、克は深い自己嫌悪に陥り、自暴自棄となる。そして彼は自分がこうなってしまったのは、妻、雅子のせいだと雅子を責める。彼は雅子の優しさの犠牲者という面はあるのは確かだ。しかしそれは克の立場にいたなら、人として決して口に出してはならないことだろう。

自身の無能ぶりへの絶望、高いプライド、妻への負い目、子供との確執など、思いどおりにならない人生にいたぶられ、克のように苦しんでいる男は少なくないだろう。作・演出の横山拓也は確実に、彼らの身の回りにいるそうした屈折した心情を抱える男たちから、克という存在をつくりあげたに違いない。私もまさにその一人であり、克と雅子の夫婦、そしてその子供花楽の重苦しい関係に、自分自身の家族関係を重ねずにはいられなかった。たまっていた鬱屈が爆発し、互いの思いをぶつけあう最後の30分ほどは、圧巻だった。私は嗚咽しながらそのやりとりを見た。そしてひきこまれた。

こうした決定的で破壊的な感情のぶつけあいがないと、関係は再生できないのかもしれない。息子は家を出ることを決める。克と雅子は部屋のなかで久々によりそい、二人の未来を穏やかに思い浮かべる。

モロ師岡がやさぐれた老年芸人のおぞましいエゴイズムをしっかりと引き受け、演じきった。暗い舞台空間のなかにぼんやりと照らされる回り舞台によって各人の心情を浮かび上がらせる演出が効果的だった。若きに日の雅子を演じたiakuの芝居の常連、橋爪未萠里が表現するはかなさと切なさはたまらない。

劇中で部分的に何回か演じられる「初天神」が、作品全体のメタファーとなっているし劇作上の仕掛けの巧妙さ。「初天神」が最後まで語られたときに、この演目が物語全体を包み込み、深い余韻を作り出す。

かつて息子と一緒に親子落語鑑賞会で一之輔の「初天神」を聞いたことを思い出し、ジンとした気持ちになった。

2021/10/03 SPAC『みつばち共和国』

spac.or.jp

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SPACの公演を見にいくのは久々。今年の春のふじのくに⇄せかい演劇祭もチケットは予約していた演目はあったが、予定が立て込んで結局一本も見ることが出来なかった。静岡芸術劇場に来たのもこの1月末に見た『ハムレット』再演以来だ。

新型コロナウイルス感染下の状況で、どうもSPACの演劇は積極的に見にいきたい気分にならない。状況下で表現自体が萎縮しているような感じが強く、公演のエネルギーがあまり感じられないのだ。SPACは大きなスペクタクルばかり上演しているわけではないが、やはり野外での大人数キャストでの大きな芝居の賑わいがあってこそSPACという感じが私はする。

『みつばち共和国』はフランス人の女性演出家、セリーヌ・シェフェールの作品で、初演は2年前のアヴィニョン演劇祭だった。昨年秋に、SPACのキャストで上演されたが私はこの公演は見ていない。原作はメーテルリンクの『蜜蜂の生活』で、これは戯曲ではなく、そのタイトルが示すように蜜蜂の生態についてのエッセイだ。

シェフェール『みつばち共和国』の上演時間は約1時間。正直なところ、東京から往復して見にいく価値のある作品ではなかった。それなりに洗練されているが、凡庸なアイディアの教材演劇というか。蜜蜂の一年の生活を女王バチを中心に語るというもので、いくぶん文学的な香りがしないでもないナレーションを、俳優が演技で説明的な動作でなぞるというものだった。プロジェクション・マッピングやいかにも現代のフランスの舞台っぽい暗めの洗練された照明などはあったが、舞台表現として特に独創的なアイディアがあるわけではない。

もともと蜜蜂の生態というものに私はほとんど関心がないというのもあるが、そんな私でも北マケドニアの女性の自然養蜂家の生活を追ったドキュメンタリー『ハニーランド 永遠の谷』には大きな感銘を受けたのだから、やり方次第ではこの題材でもこちらの心をぐっと引き寄せるような作品は可能なはずだ。

小学生向けの学習図鑑を、丁寧に舞台化したかのような舞台。丁寧には作られているかもしれないが、何の驚きも発見もない。もともと小学生ぐらいの子どもの教育用に作られた舞台なのかもしれない。実はこんな舞台だろうなと、広報の情報を見て思っていたのだが、まさにそういう舞台だった。

新型コロナウイルス下ということで、公共劇場であるSPACは活動にさまざまな制限を加えられていて苦しい状況なのだろうと思う。この1月に見た『病は気から』、『ハムレット』でも感じたことだが、SPACの公演からはSPACの苦しさが伝わってくるような気がして、応援したい気持ちはあるものの、それであまり積極的に見にいく気になれないのだろう。

2021/09/23 平原演劇祭[演劇前夜]田宮虎彦「菊の寿命」と前谷津川暗渠くだり

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平原演劇祭では田宮虎彦の小説の朗読を月例で行っている。ここ数回、この朗読の会を見に行けてなかったのだが、黒菅藩(くろすげはん)という架空の東北地方の藩を通して、新政府軍に敗北していく幕府側についた武士たちを描く連作集を取りあげているとのこと。

今回は私の最寄り駅の地下鉄赤塚付近でこの「演劇前夜」の朗読をやるということで、私は見に行かないわけにはいかない。ただ私は告知をtwitterで見ただけで、当日何をここでやるのかについては全く予習をしていなかった。田宮虎彦の黒菅藩ものの一つ、「菊の寿命」を読むというのも、朗読が始まってから知ったのだった。

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集合は午後1時に東京メトロ、地下鉄赤塚駅の一番出入り口を出たところだった。川越街道をはさんで一番出入り口の斜向かいにある出入り口を私は日常的に利用している。まさに私にとっては地元中の地元である。秋分の日だったが、昨日は真夏の太陽が照りつける暑い日だった。

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集合時刻10分前に駅出入り口に行ってみたが、誰もいない。成増側にあるこの一番出入り口は、地味な地下鉄赤塚の出入り口のなかでもっとも利用者が少ない地味な出入り口だ。もしかすると集合場所を間違えたのかと思い、人の乗降が多い池袋側の出入り口まで見にいったけれど、やはり平原演劇祭の観客らしい人はいなかった。もとの場所に戻ると、高野竜さんの妻のみきこさんが出入り口のそばにいた。観客は私ひとりかと思えば、常連のMさんの姿もあった。結局、今日の観客は私とMさんの二人だけだった。

高野さんは1時15分ごろに地下鉄赤塚駅出入り口にやってきた。地下鉄赤塚で奥さんを下ろしたあと、高島平まで車で戻り、そこに車を駐車したあと、赤塚まで歩いてきたらしい。車を高島平に駐車したのは、今回の平原演劇祭の終着点が高島平だからだ。

赤塚と高島平の距離は三キロぐらいだが、かなり急な上り下りがあるうえ、気温が33度の炎天下である。始まる前から高野さんは暑さと疲労でヨレヨレの状態で、地下鉄の改札に下りる階段でうずくまっている。

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どんなにボロボロの状態でも演劇をやるのが高野さんだ。しばらくへばっていたが、立ち上がり、川越街道沿いの実に散文的な風景のなかで平原演劇祭は始まった。まず赤塚から北に向かって高島平の向こう側、埼玉県との県境をなす荒川まで流れる前谷津川の川筋を下っていく。といっても五キロほどの長さの前谷津川は全面的に暗渠になっていて、地表を流れていない。赤塚近辺に20年ぐらい住んでいる私は前谷津川の存在を知らなかった。古くからの住民以外は知らないだろう。この前谷津川の水源は川越街道沿いに建つマンションのゴミ置き場の奥にあった。板橋区がちゃんと「ここは水路です」と看板を立ている。しかし水路とは書いてあるものの、その水路にはふたがかぶせられ流れている水は見えない。看板のそばに行くと、ふたの下で水が流れている音が聞こえた。川越街道を越えた向こう側には川筋跡らしい空間は見当たらない。まさにここが前谷津川の水源なのだ。

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このあたりは家の近所なので、ちょくちょく通る。たしかに川が流れていた(現在も地下で流れている)ということに気がつけば、暗渠っぽい路地が川越街道沿いのマンションのゴミ集積所から北に向かって続いていることがわかる。

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暗渠となっている道の出入り口には、上の写真のような車止めが設置され、車が進入できないようになっていた。一戸建ての住宅が並ぶなか、ぐねぐねと伸びる前谷津川暗渠に沿って歩いて行った。気温が高くて、歩くのはきつかったが、既にバテバテの状態で杖をつきながらゆっくり歩く竜さんがガイドだったので、ついていくことができた。一時間ほど高島平方面に歩いたところで、アイスクリーム休憩を取る。かき氷屋があれば入りたいような感じだったのだが、そんな気の利いた店はこのあたりにはない。ひたする木造モルタルの一戸建て住宅とアパートが乱雑に並ぶ。

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《高島平暗渠×水路上観察入門展》@高島平図書館で配布されていたパンフレット。この地図にある「前谷津川」沿いを今回歩いた。

アイスクリームを購入したCOOPは板橋区役所赤塚支所の近くにある。2011年までは板橋区民だったのでここには何回か来たことがある。地下鉄赤塚駅からここまではゆるやかな上りになっているが、この先はかなり急な下り坂になる。この下り坂から、田宮虎彦「菊の寿命」の朗読が始まった。午後一時半ごろに赤塚新町駅を出発して、朗読が始まったのは午後三時すぎだったように思う。

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両側を住宅に挟まれた、狭くて急な階段をそろりそろりと用心深く下りながら、高野さんは架空幕末歴史小説「菊の寿命」を朗読した。水まきをしていた下り階段の左手のアパートの住民がいぶかしげに朗読しながら階段を下りていく竜さんを見ていたが、何も言われなかった。危ない人だと思われたのだろう。

坂を下りきると、今度は上りになる。この上り坂も階段でかなり急だ。そして登り切ったところに赤塚植物園があり、高野竜さんは朗読を続けながら植物園に入っていった。

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植物園なのでいろいろな植物がある。そして植えられている植物を歌った万葉集の歌を記した標識が立っていた。この植物園を回遊しているときは「菊の寿命」朗読では幕府に仕えてきた黒菅藩の歴代藩主の事績と没年が列挙されている箇所だった。竜さんは時折、植物の標識に記された万葉集の歌も立ち止まって読み上げる。「菊の寿命」は、黒菅藩の藩主、山中和泉守重治の独白なので、傍目からみると頭の可笑しい人が独り言をブツブツつぶやきながら、散歩しているように見えたかもしれない。植物園には小さな子供を連れた親子連れが数組と植物園の植栽を管理する人たちが数人いた。

今回は「虫除け持参」が事前に推奨されていたが、この植物園は蚊がたくさんいた。アイスクリーム休憩のときに、高野さんの奥さんから腕に虫除けスプレーをふきかけてもらっておいてよかった。

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赤塚植物園に附属し、その隣にある農園で「菊の寿命」を竜さんは読み終えた。朗読時間は50分ぐらいか。読み終えたのは午後四時半ぐらいだった。幕府軍側で、新政府軍と戦い、悲壮な最期を迎えることになる藩主の話。竜さんは最後は、靴を脱ぎ、上半身裸になっての朗読だった。農園の緑をバックにした朗読は美しく、力強い。農園の閉園時間間際ということもあり、最後のほうは農園には我々4人しかいなかった。

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本日の締めは、高島平図書館で行われている《高島平暗渠×水路上観察入門 展》だ。図書館は午後8時まで空いているとのこと。この展示を見ることで、前谷津側暗渠歩きと田宮虎彦「菊の寿命」の朗読のつながりがよりはっきり浮かび上がっているはず、と竜さんは言う。

しかし実のところ、私は田宮虎彦「菊の寿命」をなぜここで朗読したかったのか、その理由がまだわかっていない。

植物園から高島平図書館までは2.5キロぐらいの距離がある。出発時点で既にヘロヘロで、そのあと歩き朗読を続けた高野さんはもちろん、みきこさんや観客二人もかなり疲れていたのだが、暗渠路沿いにぶらぶら高島平まで歩いて行くことにする。

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図書館に着く頃にはあたりは暗くなっていた。図書館に入る前に、高野さんが途中で買ってくれたホワイト餃子で腹ごしらえをした。遊歩道のベンチに座って手づかみで、一人二個ずつ食べた。こんな落ち着かない状況で手づかみ餃子なんて気が進まないなと思ったけれど、路上でのホワイト餃子、けっこういける。

図書館に到着したのは午後五時半過ぎだった。《高島平暗渠×水路上観察入門 展》はごく狭いスペースでの展示だったが、企画者のかたが撮影したキャプション入りの写真や昔の新聞記事などのスクラップなどで、今日、私たちが歩いてきた前谷津川の過去と今を振り返ることができるう内容になっていた。

高島平図書館から歩いて6分の別の場所で、《いたばし暗渠×水路上観察入門 展》という関連企画が行われていることを今になって知る。図書館についた時点で疲労でヘロヘロになっていて、しかも時間も午後五時半を過ぎていたので、知っていたとしても足を運ぶ元気があったかどうかわからないが。

解散は高島平図書館で午後六時半。私にとっては近場の遠足演劇だったが、午後一時から六時半、暑い中をだらだらと歩き続けるという長時間体力消耗演劇となってしまった。疲れたけれども、久々に外を歩き回って、気分はいい。

 

 

『ドライブ・マイ・カー』

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映画の原作であり、映画にいくつかのモチーフを提供している村上春樹の短編小説集『女のいない男たち』に収録されている「ドライブ・マイ・カー」、「シェエラザード」、「木野」の三編も、映画を見た後に読んだ。

映画版のタイトル、および設定の骨格は「ドライブ・マイ・カー」から借りてはいるものの、原作に大きな改変が加えられていて、濱口竜介版は原作の映画化というよりは、上記の短編集に含まれる三つの短編小説にインスパイアされた別の作品といっていい。原作の設定と空気感を引き継ぎつつも、原作のなかのいくつかのモチーフから想像力を働かせ、映画版独自の新たな構想のなかでその要素を大幅に発展させることで、濱口竜介の世界を提示している。小説版は小説版の味わいはあるのだが、小説にはない映画版独自の要素が私にはこの映画のなかで特に面白さを感じたところだった。

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舞台を東京から広島の演劇祭に移したこと、敗残した失意の人間のやるせなさを描くチェーホフの『ワーニャ伯父さん』を映画の物語と重ねたことなど、演劇というメタファーの強調は、濱口の改変のなかでも最も大きなものだろう。ずっとそばにいて、愛し合っていた人の心さえ、見えない盲点がある。その盲点に気がついたときの大きなショック、人はわかりあえないというディスコミュニケーションへの絶望とそれを受け入れて生きることの寂しさ(しかし受け入れ、諦念したときに、人は安らぎも手に入れることができるだろう)が、様々な脚本の仕掛けを通して丁寧に描写された作品だった。

特に印象的だった場面は、家福の妻の浮気相手の高槻が、セックスのあとで家福の妻が夢うつつで語る物語を、家福と共有していたことが明らかになる車のなかの場面だ。妻の浮気相手だったとはいえ思慮と倫理観に乏しいこの若い俳優の高槻を、家福はどこか馬鹿にしていた。しかし高槻は、家福と妻のあいだのきわめて秘めやかな関係のなかで語られていたはずの物語を、家福と同じように情交のあと聞いていただけでなく、彼の聞いた物語は家福には語られなかった物語であり、しかも家福が知っていた物語よりもはるかに深遠で濃密で官能的な内容だった。家福は思いがけないところで、不意打ちのように、妻の闇をつきつけられることになるのである。この高槻の語りの場面の岡田将生の芝居は、その語りの内容にふさわしいすさまじい迫力と緊張感があった。

もう一つ印象的な場面は、最後のシーケンスである。唖の韓国人女優による手話による『ワーニャ伯父さん』の最後の場面は圧巻だったが、その後の場面で、スーパーで買い物をするドライバー、みさきの様子が数分間映し出される。彼女の乗っている車は、家福の愛車である年期の入った赤い外車だ。しかし家福の姿はない。車のナンバーは韓国語になっていて、彼女が、今、韓国のどこかの地方都市にいることがわかる。買い物を終えて戻ってきた車のなかには、唖の韓国人女優と演劇祭コーディネーターをやっていた彼女の夫が飼っていた犬が、みさきを待っていた。

前場とのつながりがみえないこのエピローグには観客の大半は戸惑い、シーケンスの状況とそれが伝えるメッセージがなんであるか考えるだろう。そして映画で語られないこの空白の時間がどのようなものであったか想像してみたくなるだろう。

おそらく『ワーニャ伯父さん』の演劇祭の上演から、数年の時間は経っている。車は家福から譲り受けたものに違いない。家福にとっては自分の分身のような愛車だったが、おそらく彼は緑内障が進み、運転することが難しくなったのだ。家福が車を手放すとなれば、その愛車の次の持ち主はみさきでしかありえない。

みさきはあの舞台の出演者のなかで、とりわけ唖の韓国人女優に強い共感を抱いていたことは映画のなかで示されている。外国人の唖の舞台女優というよるべなき不安定な状況のなかで、この状況を引き受けつつ、力強く自分の人生を生きていく韓国人女優のありかたは、よるべなき孤独の人であるみさきに大きな希望をもたらすものだった。みさきは、あのプロデューサーの夫からも大きな信頼を得ていたことは映画のなかで強調されている。演劇祭が終わったあとも韓国人夫婦とみさきの交流は続いただろう。

地方での演劇祭としては潤沢な資金で行われていたようにみえたあの演劇祭もその後、何年続いたのかわからない。外国人の舞台俳優とプロデューサーも仕事のため、他の土地に移らなければならなくなった。そのときに飼っていた犬をどうするかが問題になった。

家族同様にあの夫婦とつきあってきたみさきは、犬とも仲良しになっていた。そしてあの地を離れることになった夫妻から犬を引き継いだ。

あの夫妻がいなくなると、みさきもこの土地に留まる理由はなくなってしまう。もとより肉親も友人もいない一人生活の風来坊の彼女は、彼女の孤独をいやす犬とともに新しい土地に移動することにした。新しい土地はどこでもよかったのだ。みさきはあの韓国人夫妻の出身地である韓国の地方都市を新天地とした。自分には理解できない言語を話す人が住む未知の土地での生活の孤独のなかで、彼女はようやく自分にまとわりついていたネガティブな思いから解放され、自由を楽しむことができるようになった。

 

 

ドラマ『スカム・フランス:シーズン4 イマム』

フランスのリセを舞台にした学園もの。敬虔なムスリムで、聡明な黒人女子高生、イマネが主人公。白人の多い学校のなかで彼女はマイノリティだ。しかし彼女は女の子の仲良しグループに溶け込み、充実した学園生活を送っている。彼女の友だちはイマネのイスラム的な価値観に理解を示し、彼女を受け入れている。

しかしたとえ多様性を認め、マイノリティの存在を尊重する姿勢がある環境であっても、マイノリティとして生きることは大変なストレスがかかる。このシーズンでは、イマネの恋愛がドラマの軸になっていて、イスラム的価値観と今時のフランスの若者文化のなかでイマネが激しく揺さぶられ、葛藤する様子が丁寧に描かれている。イマネはなまじ「いい子チャン」なので、この折り合いをつけるのに、余計苦しんでしまうのだ。

告白を受け入れ、愛を表明することが、イマネにとってどれほど大きい冒険だったことか。葛藤を乗り越え、イマネが成長する瞬間を捉えた最終話のラストは感動的だった。
しかし、イマネに感情移入し、あのラストを感動的だと思ってしまうのは、見ているこちらがやはり非=イスラム的価値観の持ち主であるからかもしれない。

わかり合えるようでわかり合えない部分はやはりあるのだろうな、とも思った。

2021/09/05 チンドンのまど舎 @なかの芸能小劇場

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https://www.facebook.com/nomad.chindon

チンドンのまど舎の8周年公演を見にいった。のまど舎は、紺野しょうけい(チンドン太鼓)と堀込美穂(アコーディオン)によるちんどん屋ユニットだ。この二人はもともとロック、ジャズという洋楽のミュージシャンであり、そちらの活動も続けている。二人がどのような経緯で、バンドからちんどん屋という別ジャンルに足を踏み入れるようになったのかは私は知らない。

私がのまど舎のライブにはじめて行ったのは、のまど舎結成してまもなくの頃だと思う。最初に行ったときは、早稲田のモダンジャズ研究会出身のサックス奏者、渡辺康蔵さんとのセッションで、フリージャズとチンドンのコラボだった。このときは客はごく数名しかいなかったように思う。

これが音楽的に非常に面白くて、渡辺康蔵さんが参加しないときも、のまど舎のライブに通うようになった。のまど舎はライブハウスで、他ジャンルのミュージシャンとセッションして、ユーモラスでありながら前衛音楽的な雰囲気もあるネオ・ちんどんライブをやりつつ、芸能としてのちんどん道の修行も続け、正統派ちんどんとしての活動も深めていったようだ。

三年前の冬になかの芸能劇場であった五年間ののまど舎の集大成とも言えるようなコンサートを聞いてから、その後、スケジュールが合わなくて、のまど舎の公演を聞きにいけてなかった。今回はひさびさののまど舎のライブということになる。

 

なかの芸能劇場は110席入るらしいが、今回は新型コロナウイルス感染対策ということで、客席は半数に抑えられて55席のみ。のまど舎は高齢者もファンも多いようで、集客にはかなり苦戦していたみたいだが、55席はほぼ埋まっていた。

大道芸やちんどん屋本来の業務である練り歩きでの演奏と違い、劇場での公演となると、チンドンのまど舎のふたりだけでショーを成立させるのは大変だ。今回はのまど舎の二人のほか、クラリネットのイッシー石原、獅子舞とちんどんの豆太郎、カンカラ三線・演歌師の岡大介の3名のゲストを呼び、ショーの構成に変化をつけていた。

オープニングはチンドンのまど舎のふたりの掛合と歌・演奏から始まった。紺野さんの口上が以前よりなめらかに、それっぽくなっていたように思う。話芸で観客を引き込み、パフォーマンスの流れを作っていくのは、ちんどんにとっては重要な要素のはずだ。

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二人で二三曲歌ったあと、最初のゲスト、クラリネットのイッシー石原がステージに呼び出される。ベテランちんどん奏者のイッシーをいじった後、イッシーのクラリネットをフィーチャーして三人で数曲演奏。

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イッシーが退場したあとは、新しいゲスト、ちんどん喜助豆太郎が呼び出される。豆太郎はまず躍動感あふれる見事な獅子舞を踊る。

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豆太郎はまだ40歳ぐらいの若い芸人で、のまど舎と知り合ったのは比較的最近だと言う。のまど舎に獅子舞の依頼が入ったのだが、紺野も掘込も獅子舞は踊れない。それまで交流はなかったが存在は見聞きしていた豆太郎に連絡を取り、彼に獅子舞を踊って貰った。それから付き合いがはじまったそうだ。

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獅子舞のあとは、紺野が作曲したちんどん太鼓のデュオを、紺野と豆太郎が演奏した。ちんどん太鼓のみだがこれはグルーヴ感のある演奏で、客席は大いに盛り上がった。豆太郎はクラリネットの演奏も行い、ちんどん版《いとしのエリー》が演奏された。

この後、カンカラ三線・演歌師の岡大介が舞台に呼び出される。カンカラ三線とは、胴が空き缶でできた沖縄の弦楽器で、太平洋戦争後、物資がなかった沖縄で三線の代わりに使われるようになったとのこと。岡大介はこのカンカラ三線の弾き語りで、演歌を歌う。その演歌とは、世相批判の風刺的内容の演説を歌う、初期の演歌スタイルのものだ。岡は新型コロナ禍での政府の無能無策ぶりを風刺する気の利いた詩の演歌を数曲披露し、喝采を得ていた。

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岡が演歌を歌っているあいだに、芝居の準備を行っていた。紺野が脚本を書いた清水次郎長ものの大衆演劇風のコントが上演された。20分ほどの小芝居だったが、言葉遊び、チャンバラ、恋、舞踊、笑いなどが取り込まれたよくできたコントだった。芝居のテンポもよく、しっかり稽古していることが見て取れた。

最後は全員での演奏で。

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チンドンをベースにした歌、踊り、話芸、芝居などで構成された素晴らしいバラエティ・ショーだった。新型コロナ禍でちんどんも大打撃を受けている。商店街などの営業だけでなく、老人ホームなどでの公演ものきなみ中止になってしまった。


しかしこの苦しい苦しい閉塞的状況だからこそ、やせ我慢して、この苦しさを突き抜けるようなショーをやりたい、という演者の思いが伝わってきた。そしてこの密度とクオリティのエンターテイメントまでもってきたところに、芸人としての心意気を感じ、じんときた。この会場で、このメンバーで、こんなショーが、2000円の木戸銭で興行として成立するわけがない。
能天気な昭和歌謡と大衆演劇風コントに込められた芸人魂に心震える。本当なら超満員の会場で、その芸にかけ声を送りながら、楽しみたかった。そういったはじけたいような気分を抑えながら、ステージを見る。ちんどんのパフォーマンスはカラッと明るいけれど、この状況下ではその明るさはすごく切なくて、胸締め付けられる思いがした。

帰りの電車のなかでショーの余韻を噛みしめた。

公演全編の様子は以下のyoutubeで見ることができる。

youtu.be

2021/9/5(日)
なかの芸能小劇場
中野区中野5-68-7スマイル中野2F
18:30開場
19:00開演
入場料2000円
<出演>
チンドンのまど舎
堀込美穂、紺野しょうけい
カンカラ三線・演歌師
岡大介
クラリネット
イッシー石原
ちんどん喜助
豆太郎
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セットリスト
竹に雀
ちんどん渡り鳥(みほ作)
あゝ東京(メドレー)
<イッシーさんと>
青島マーチ~ドンドレミ~サーカスの唄(メドレー)
さざんかの宿
ブルーシャトウ
吾妻八景(獅子舞)
<豆さんと>
ちんどん馬鹿囃子(ちんどん太鼓二台合奏)
いとしのエリー
あこがれのハワイ航路(岡大介+のまど舎)
岡大介オンステージ
<豆さん+のまど舎>
小政石松と投げ節お仲(芝居コント)
まつり(全員)
東京節(全員)

2021/08/08 劇団四紀会『なおちゃん』@元町プチシアター(神戸元町賑わい座)

www.shikikai.com

劇団四紀会第166回公演『なおちゃん』

  • 別役実「ふなや」原案による
  • 脚色:桜井敏
  • 演出:岸本敏朗
  • 出演:延吉広子、久語和子、香西桃代、里中信
  • 会場:元町プチシアター(神戸元町賑わい座)
  • 観劇日:2021年8月8日11時、9日15時

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劇団四紀会は1957年に創設された神戸の老舗劇団だ。今年は創立64年目ということになる。1950年代から60年代にかけては日本の戦後アマチュア演劇の全盛期でもあり、このころに設立されて現在まで活動を続けている劇団は実はかなりの数ある。

本公演は4月に2本立てでの予定されていたものだったが、新型コロナウイルス感染拡大によって公演が延期になった。結果的に4月よりさらに状況が悪化している8月のはじめに公演することになってしまったのだが。もう一本上演する予定だった作品の出演者の急病のため、8月の公演直前に上演時間60分の芝居一本だけの上演となった。

公演会場は劇団の事務所兼稽古場として恒常的に使っている場所で、元町駅から徒歩一分の雑居ビルの6階にある。会場の広さは学校の教室ぐらいだろうか。客席はきちきちに詰めればおそらく50席ぐらいだと思うが、今回の公演では新型コロナ感染対策でかなりゆったりと間を空けて椅子を並べていた。

舞台を隠す幕の絵が私は気に入った。左右は港町神戸の風景だろう。

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『なおちゃん』は別役実のコント「ふなや」に基づく作品だが、原作とはかなり雰囲気は異なった作品になっているようだ。主な登場人物は養老院に住み、自室で鮒を飼っている老女、浪江とその老女の部屋を突然訪ねてきた女の子のなおちゃんの二人だ。

あらすじは以下のとおり。

夫に死なれたあと、何年も前から浪江は養老院で一人で暮らしている。彼女を訪ねてくる家族もいないようだ。浪江の孤独のなぐさめとなっているのは、部屋で飼っている一匹の鮒だけだった。浪江は鮒が何かしゃべっていることに気づいた。しかし残念ながその内容まではよく聞き取ることができない。近所に住んでいるという女の子、なおちゃんが突然、浪江の部屋に入ってきて、鮒が話す様子を見せて欲しいと頼んだ。なおちゃんに促されて、浪江は鮒に話しかけ、鮒の言葉に耳を傾ける。なおちゃんには鮒のメッセージはしっかりと聞き取れたようだ。なおちゃんのおかげで浪江が鮒が本当に何か話していることを確信する。

なおちゃんの勧めで浪江は、一回五〇円で鮒の言葉を聞き取って、それを人に伝える「ふなうらない」の商売をすることにした。そして何人かの通りがかりの人に、鮒のメッセージを伝えた。鮒のメッセージの最後はかならず「必ず幸せになるからね」だった。「ふなうらない」の予言に、通りすがりの客はささやかな希望と喜びを手に入れる。なおちゃんは時折浪江の様子を見に来るが、浪江を励ますとすぐにきまぐれに姿を消してしまう。なおちゃんがこの世の人間ではなく、何年か前に交通事故で亡くなった女児であることを浪江は知る。でもなぜなおちゃんが自分のところにやって来たのかはわからない。

 四紀会版『なおちゃん』は明るい希望とともに終わっている。私がもしこの作品を舞台にあげるなら、浪江を訪ねる少女、なおちゃんも、鮒の言葉も、そして「ふなうらない」という商売も、すべて話し相手を失った孤独な老女の妄想だったという結末にしてしまうだろう。あるいはもしかすると別役実の原作もこのような明るいラストではないような気がする。

『なおちゃん』は”人情噺の夕べ”というシリーズの一つとして上演された作品であり、四紀会の演出としては、最後は心をほっこりさせるような結末が望ましいものだったのだろう。

人と人が言葉を交わし合う状況は感染予防のためできるだけ避けることが推奨されている今、生身の人間の交流の充実感に飢えている人は多いはずだ。特に老人は引きこもって、孤立する状況が全般的にひどくなっているのではないだろうか。養老院で一人で暮らす浪江はそうしたコミュニケーションから断絶させられた私たちの象徴のような存在だ。ネットや電話などでのコミュニケーションは可能ではあるとはいえ、肉体と空間を伴うことのないそうしたコミュニケーションは、生身の人間の交流よりはるかに索漠としたものだ。

寂寥とした孤独をなぐさめ、浪江のように「鮒に話しかけ」ることでなんとかむなしさをやりすごしている人は実際にも少なからずいるだろう。「なおちゃん」が浪江のもとにやってきたのは、浪江があまりにも孤独で寂しそうだったからだ。

浪江役を演じた延吉広子の演技が素晴らしかった。台詞のおよそ8割は浪江のものだったが、しっかりと台詞が入っていて、芝居のリズムを作っていた。表情の変化や言葉の調子、動きの一つ一つに神経が行き届き、丁寧に芝居を作っていることがうかがえた。そしてとにかく可愛らしい老女だった。その無邪気な可愛らしさの向こう側には、静かな諦念も感じ取られる。愛らしいがゆえに、悲しさも感じさせる老女だった。

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劇団四紀会 岸本敏朗氏

終演後、演出の岸本敏朗氏に40分ほど劇団について話を伺った。岸本氏は劇団の立ち上げメンバーの一人で、現在86歳とのこと。そんなご高齢だとは思えないほど、明瞭で快活な話しぶりだった。岸本氏は神戸出身。大阪外大に進学し、大学在学中に文学座の『ハムレット』の公演を観たことがきっかけで、演劇の魅力に引き込まれたと言う。大学卒業後は、貿易業の傍ら、神戸の劇団でおそらく最も古くから活動している劇団道化座の研究所で演劇を学んだ。道化座研究所の同期の仲間たちと1957年に結成したのが、劇団四紀会だった。以後64年間にわたり、神戸を本拠地に活動を続けている。当時は神戸でも労組などの組織を中心に多数の劇団が活動していたと言う。神戸には川重などの大企業がいくつかあり、昭和30年代には地方の田舎から多数の若者が職を求めて都市にやってきた。私の父母もその世代だ。彼らが田舎から都市にやってきたのは、職だけでなく、都市生活で得られる自由を求めてだろう。しかし都市で孤立していた若者たちは、さまざまなサークル活動で仲間を探し、自分の居場所を見つけようとした。演劇もその当時のそんな若者たちの有力な居場所の一つだったのだ。

岸本氏が講師を務めていた演劇教室にもそういった若者が多数やってきて、そのうちの何人かは劇団四紀会のメンバーとなり、現在も劇団の中心として活動していると言う。

 

長い劇団の歴史のなかで、大きな転機がこれまで三度あったと岸本氏は言う。一つ目は70年代に活動家系の劇団員とそうでない劇団員の対立があり、活動家の劇団員が大量に離脱したこと。新劇を母胎とする50−60年代のアマチュア演劇は左翼政治団体の影響力が強かったのだ。二つ目は1995年の阪神・淡路大震災。この大震災以降、神戸の風土や歴史に関わりのある内容の創作劇の割合が増えていったという。そして昨年の新型コロナウイルスが三度目の大きな転機となっている。

劇団員は多い時期で35名ほどだったが、今は活動しているのは十数名とのこと。とりわけコロナ禍以降は稽古場への接近も避けざるをえないような状況のメンバーも少なからずいて、存続の危機にあると、当日パンフレットの文章にあった。

2011年か元町駅そばの雑居ビル6階に事務所兼アトリエを借りるようになる。このアトリエは貸し館としては「元町プチシアター」、主催公演では「神戸元町賑わい座」という名で、劇団の本拠地となっている。ここ数年は、年に4、5回のペースで「神戸元町賑わい座」を中心に公演を行っている。

[追記]

 

劇団四紀会『なおちゃん』の原案である別役実「ふなや」を読んだ。俳優、そして『まんが日本むかし話』の声優として知られる常田富士男がライフワークとして演じていた作品だったとのこと。ナレーションのNとふなやの爺の独白だけの戯曲で、爺の口上のリフレインが印象的な美しい詩劇だった。鮒の話を聞かせる商売という設定は、劇団四紀会『なおちゃん』は別役の戯曲から借りているものの、原作とはほぼ別の作品といっていい。事故死した女の子、なおちゃんをもってくることで、『なおちゃん』は別役の原作が持っていた詩的な奥行きは失ってしまった。しかしそれと引換えに、別役の原作とは異なるメッセージを伝えることになった。別役の詩は失われ、通俗的で説明的になってしまったところはあるが、『なおちゃん』からは孤独な晩年を生きる老人の心情が浮かび上がってくる。主演の延吉広子が演じる可愛らしい老婆はやはり名演だった。

別役実「ふなや」の最後は、シニカルで暗い後味のものではなかった。寂しい風景だが、その最後は開かれていて、優しさと詩情に満ちている。常田富士男の舞台を見ておきたかった。この『ふなや』の上演舞台を見てみたい。

 

 

2021/07/22 『森 フォレ』@世田谷パブリックシアター

setagaya-pt.jp

  • 作:ワジディ・ムワワド
  • 訳:藤井慎太郎
  • 演出:上村聡史
  • 美術:長田佳代子
  • 照明:沢田裕二
  • 音楽・歌声:国広和毅
  • 音響:加藤温
  • 衣装:半田悦子
  • 会場:世田谷パブリックシアター
  • 上演時間:3時間40分(休憩15分・10分)

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ムワワドの《約束の血》4部作の3作目。1871年の普仏戦争後のストラスブールから2010年のモントリオールまで、140年にわたる期間の8世代の人間たちの姿を描き出すスケールの大きな作品。ドラマの出発点および基準となるのは劇中で「現代」となっている2010年のモントリオールだが、各場ごとに入り組んだやりかたで過去の時代のエピソードが挿入される。そして各時代・各エピソードの登場人物は、親族関係でつながっている。しかしその親族関係も近親相姦などが入るので、世代別に整理された人物相関図を確認ないと物語を追うのは困難だろう。

 
 
 
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Twitter上などでの感想を見る限り、この舞台を見に来るメインの観客層の期待に応える公演にはなっていたようで、成功作なのかもしれない。しかし私には、いたずらに複雑で壮大なドラマのプロットに振り回され、演出も俳優の解釈や芝居も戸惑いが残ったままであるように見えた。とりわけルーとダグラスの二人は、安定性を欠いていて、ドラマの要素としてぴったりはまっている感じがしなかった。母親とその一族の謎を過去を遡って解き明かす作品の狂言回し的役柄で、この二人の導きで観客は徐々にドラマの全貌を俯瞰できるようになるではあるが。フランス人の古生物学者がモントリオールにやってきて、彼の父から託された頭蓋骨破片とルーの母親の脳のなかにあった骨が一致していたので、ルーと二人でその謎を解明していく、という出発点の設定はいくらなんでも荒唐無稽で無理矢理過ぎるのではないかという気がする。この設定の無理矢理な感じをずっとひきずってしまい、作品全体のリアリティに説得力を感じ取ることが私はできなかった。この役柄のせいか、成河がめずらしくこの作品では精彩が乏しかった。

残酷な愛に振り回されて、ボロボロに傷つく母・娘たちが、各時代のエピソードをつないでいく構造になる。よくぞこんなドラマを構築していったものだと感嘆するけれど、この壮大さはやり過ぎだろう。あまりにも入り組み過ぎていて、プロットに未整理な粗さを感じた。ふつうなら『森』で取りあげられているエピソードから、3本か4本の芝居が書けるはずだ。それを3時間強の一本の芝居にまとめてしまうというのは、いくらなんでも強引だろう。神話的構造を作り出し、それを提示するというアクロバティックな劇作上のパズルが優先されていて、そのエピソードをつなぐ仕掛けはその構造を作り出すために無理に作られてしまったようなところもあった。

仕掛けがいかにも人工的すぎて、詩的な台詞も説得力が乏しい。強調されたロマンチシズムが臆面もなく前面に出る、ある種、マンガ的・アニメ的なドラマになっていた。日本人の俳優がこういったドラマで記号的な演技の芝居をやるのを見ると、空々しさを私は感じてしまう。

それでも最後に語り部であった2010年に生きる娘、ルーが、彼女が追いかけた彼女の親族である女性たちの名前を一人一人読み上げて、物語がつながっていく場面はとてもよかった。そのあとでキラキラとピンクの紙吹雪を舞台に落とす演出は、安易に感じられ、興ざめしてしまったが。この内容の芝居でこういう大衆演劇的というか、歌舞伎的な締め方をするのは、そぐわないような気が私にはしたのだ。

 

2021/07/17 前田りり子他《フルートとハープ〜600年の変遷〜》

フルートの肖像 vol.16
フルートとハープ ~600年の変遷~

2021年7月17日(土)会場 近江楽堂(東京オペラシティ 3F)

夜公演 開演18:30

出演: 
ヒストリカル・フルート 前田りり子
ヒストリカル・ハープ 西山まりえ
中世フィドル 坂本卓也
ヴィオラ・ダ・ガンバ 福沢宏

《プログラム》

 モンセラートの朱い本より 《マリアム・マーテル》

 ヒルデガルト・フォン・ビンゲン 《おお、知性の力よ》

 G.deマショー 《恋人よ、目をむけないで》 他

www2.odn.ne.jp

タイトルの通り、中世からモーツァルトまで600年に至るフルートとハープの音楽の歴史を、12本のフルートと4台のハープ(プラス中世フィドルとヴィオラ・ダ・ガンバ)でたどるというコンサート。昼夜2公演で、新型コロナ感染予防で客席数は減らしているとはいえ、夜の部で60名近い聴衆はいたと思う。
使用する楽器の説明や演奏解釈についての話が間に入り、間に2回の休憩が入る2時間15分のコンサートだった。
中世から順に時代を下っていくプログラムでアンコールを含め15曲が演奏された。ルネサンス期は管楽器が器楽アンサンブルの中心でフルートはなかでも大きな存在を持っていた、17世紀にヴァイオリンの台頭によりフルートの総体的地位は低下するが、17世紀後半、ルイ14世時代に活躍したオトテール一族による楽器の改良とレパートリーの拡張によって、宮廷でのフルート音楽が復興したといった話があった。
中世から18世紀に至るフルート&ハープの楽曲を並べることで、音楽史を提示するというプログラムのねらいはとても興味深い。ただ時代順に聞くと、フルート&ハープ音楽の時代による厚みの違いも浮かび上がってくる。中世篇は、音としては素朴な美しさがあるけれど、フルート+中世ハープ+フィドルというミニマルな器楽の組み合わせだけでは、単調で、他の時代と比べると音楽的に貧しい。中世音楽は歌が中心であり、今回演奏されたレパートリーも当時楽器だけで演奏していた可能性はまったくないわけではないが、《サルタレッロ+トロット》を除き、本来は声のための作品だろう。歴史的考証の点からすると、かなり無理矢理フルート&ハープ音楽の枠組みのなかに押し込んだような印象を持った。もちろん器楽のみによる演奏が非=歴史的な解釈によるものであったとしても、こうした演奏になんらかの美学的価値があると主張できるのであれば問題ない。
ただ歴史性を考慮したプログラムであるのであれば、歴史的考証を踏まえつつ、敢えてそれを逸脱していることの意味づけが欲しいように思う。中世はわからないことが多いから、なんとなく自由に想像力を広げてこんな感じでやっています、というのはけっこういろいろなところで蔓延しているように思う。

音楽的な喜びと充実感からいうと、中世>ルネサンス期>>バロックと時代が下るにつれ強度が増していった。楽器や演奏解釈についての歴史的正当性も当然時代が下るにつれ確固たるものになっていく。

時代の異なるさまざまな種類の横笛の音と音楽の違いを楽しむことができたのはよかった。
 
実は今回このコンサートを聴きに行ったのは、前田りり子さんの音楽に以前から関心を持っていたからだけでなく、この歴史を軸としたプログラムが、自分が企画し、12月に行う予定の中世のハープを中心としたコンサートのヒントにならないかと考えたからだ。自分がもしプログラムを組むとしたらということを想定しながら聞き、いろいろ示唆されることはあった。
自分なら、まず学術的考証性はできるかぎり綿密に検討する。それを踏まえたうえで、敢えてどのような非歴史的アプローチが可能なのか演奏家と考える。楽器の持つ文学的・絵画的な象徴性はプログラムに生かしたい。プログラムと演奏をきっかけに、聴衆が中世の宮廷の音楽を中心とした文化生活を思い描くことができるような仕掛けを考えたい。
過去であり、異世界である中世の宮廷文化に、観客を引き込むようなキューとしてどのようなテクストとイメージが有効であるか、考えていこうと思う。

 

2021/07/11 平原演劇祭2021第8部 #イオの月

note.com

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2019年7月11日(日)19時開演

@多摩市某池(京王・小田急多摩センター駅からパルテノン多摩方面に徒歩10分、閉鎖中のため大階段を左右から迂回した裏側)雨天決行

出演:千賀利緒(優しい劇団)、夏水、山城秀之、もえ、ほか

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身体的な負荷が高い過酷な環境で上演されることが多い平原演劇祭だが、今回の公演は「パステル」なものだという情報がtwitter上で流れていた。「パステル」というのは、よくわからないが、過酷ではない、やさしい、穏やかな上演ということだろう。現在、全面的な改修工事で閉鎖中のパルテノン多摩の階段を上ったところにある人工池でのゲリラ的公演だった。人工池の水深は15センチほどで、ここでは私は森山開次とFUKAIPRODUCE羽衣、ままごとなどの公演を見たことがある。

野外劇舞台としてのこの浅い池の視覚的な効果は抜群だ。今回の平原演劇祭も当然、俳優たちが池のなかで芝居をする水没演劇となった。

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問題は天候で、公演時は天気予報では確実に雨が降ることになっていた。そして天気予報はあたった。しとしと降る小雨ではなく、夏の夕方の雷雨だ。この日は東京近辺の広い地域が激しい雷雨に襲われた。

18時開演となっていったが、17時前に京王多摩センター駅に着き、マクドナルドで食事を取りながら、スマホでオリックス×ソフトバンク戦を見ていた。オリックスは中継ぎのヒギンスが8回に打ち込まれるという気分の悪い負け方をした。17時半ごろにマクドナルドを出ると、かなり激しく雨が降っている。折りたたみ傘ではびしょ濡れになってしまうことが確実なので、雨合羽を着た。

水のなかの芝居というのはかなり体力を消耗するようだが、それに雨が加わるとなおさらだろう。池に着いた頃には雨脚は大分弱まっていたが、ゴロゴロと雷鳴が聞こえ、不穏なかんじだった。結局、多摩センター駅の向こう側は晴れ間が見えたが、今回の上演作品「イオの月」の舞台となった池周辺は、龍神でもいるのかのごとく、ずっと雨が降っていた。幸い豪雨ではなくなっていたとはいえ、観客としても傘をさし、雨合羽を着て、立ちっぱなしの野外劇は、かなりきついものだった。全然「パステル」ではない。

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ほぼ予定通りの時間、18時に開演した。この悪天候とあいまいな告知にもかかわらず、観客は20名ほどいた。

最初に作・演出の高野竜の口上があったあと、この一年ほど、平原演劇祭の常連男性俳優となっている西岡サヤのモノローグからはじまった。

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平原演劇祭での西岡サヤは、爆裂肉体派俳優だ。twitter上での登録名である「ハマチのサヤ」ごとく、釣り上げられたばかりのハマチのようにピチピチと跳ね回り、暴れ回る。

『イオの月』の概要については、平原演劇祭のnoteの告知文にあるテクストをそのまま引用することにしよう。

地中海の分断国家キプロスを舞台に、ギリシア神話のイオ(ゼウスに見初められたことでヘラの怒りを買い、仔牛に姿を変えられて小アジアに放逐され、流浪の旅を続けるうちに月の女神と見なされるようになった)とヘルメスの物語、探査機ボイジャーが送信してきた木星の衛星イオ、80年代にキプロスで起きたバイク集団による南北国境突破事件、同じくキプロスのオセロの物語などが渾然となったひとり芝居です。

 

19年前、2002年の第一回平原演劇祭で高校生によって演じられたそうだ。高野竜ならではの壮大なスケールの混沌とした話だ。

西岡サヤのひとり芝居のあと、池の奥の鳥居のようなところから登場し、池の中央をまっすぐ突き進んでやってきたのが、この作品の主役を演じる千賀利緒(優しい劇団)だ。

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上演時間が1時間のこの作品の8割は、彼女が一人で話す。千賀利緒は今日の公演のために、名古屋からやってきた。池の空間を縦横無尽に動き回り、長大で詩的で混沌とした高野竜のテクストを語り下ろすパワーは圧倒的だった。

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雨のなかの野外公演というわりには、あの空間ではけっこう声は響いた。しかしながら雨のなか、立ち通しの観劇は、私には体力的にきつくて、彼女の話す台詞の内容はほとんど頭に入ってこなかった。ただ池の空間をダイナミックに使ったスペクタクルの美しさだけを追っかけた。

上演が進むにつれ、北西側の空は雨が上がり明るくなっていったが、池のあたりはかなり弱まったもののずっと雨は降り続く狐雨状態での上演だった。しかし雨の上がった北西の空の夕陽が、すばらしい照明効果を池にもたらしていた。

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最後は池の四方から悪者たち(?)があらわれ、千賀利緒を取り囲み、彼女を打ち倒してしまう、という結末だった(と思う)。酒井康志さんの太鼓が芝居を締めくくる。

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美しいけれど、疲れた芝居だった。私の体力がなさすぎなのかもしれない。上演時間が1時間と短かったので助かった。

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帰り道、多摩センター駅の向こう側の夕焼け雲がきれいだった。

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