閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

2026/02/07 劇壇ガルバ 第7回公演『The Weir(ザ・ウィアー) 〜堰(せき)〜 』@下北沢ザ・スズナリ

gekidangalba.studio.site

【作】コナー・マクファーソン

【翻訳】髙田曜子 【演出】桐山知也 

【出演】 伊勢佳世 上村 聡 田中穂先 長谷川朝晴 山崎 一

【劇場】下北沢ザ・スズナリ

【上演時間】2時間

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アイルランドの劇作家コナー・マクファーソンの『The Weir 堰』は、2021年9月に上演された劇団昴の舞台が印象に残っている。東武東上線の大山駅近くにある小さな劇場での公演だった。まだコロナ禍のさなかにあり、本当にひっそりと身をよせあって芝居を観た感じだった。先ほどネットで確認すると、演出は小笠原響だった。当時の私は小笠原響のことを知らなかったが、終演後、夜の道を、しみじみと芝居の余韻を味わいながら歩いたことを覚えている。


劇壇ガルバの公演は今回が初見である。アイルランド演劇は私の大好物なのだが、昴の公演の印象がよかっただけに、かえって見に行くかどうか迷った。私が信頼しているとあるシアターゴアーの方の絶賛を知り、チケットを急遽予約した。
劇壇ガルバの『The Weir 堰』、絶品だった。見に行ってよかった。この種の芝居が好きなひとなら大満足すること間違いなしの、芝居のツボを「わかっている」舞台だった。下戸の私がこんな表現をするのもなんだが、熟成がほどよく進んだウィスキーをじっくりと味わうような舞台になっていた。
舞台はアイルランドの田舎町のパブである。強い風の音が聞こえる。パブの常連客二人とバーテンがいつものようにたわいのないやり取りをグダグダとしていると、ダブリンからこの町に引っ越してきた美しい女性を伴って、地元出身の不動産屋がパブに入ってくる。この女性が住むことになる空き家の話題から、三人の男たちがそれぞれ、嘘か本当かわからない、妖精や亡霊が登場するいかにもアイルランドらしい幻想譚を語りはじめる。酒を飲みながらの三人の語りは、図らずもダブリンから来た女の語りを引き出すことになる。女は、この土地に移り住む契機となった悲しい出来事を語りはじめる。こうして4人の人物の「語り」が劇中劇のように提示されていく。強い風の吹く夜、薄暗いパブでの語りのなかで、ここに集う人々が抱える孤独や後悔、喪失が浮かび上がってくる。


この町に設置された「堰」は語りのなかで言及されるが、これはメタファーでもある。堰にせき止められ、よどんでいた水が、堰の決壊とともに一気に放出されるように、ダブリンの女が抱えていた深い悲しみと後悔があふれ出す。語りは彼女を解放する。パブの常連たちは女の語りを静かに受け止める。その優しさが、パブを寂しいけれど、あたたかい場所として満たしていく。
まず各俳優の語りの技術が素晴らしい。かなり長い一人語りであり、これがしっかりできていないとこの作品は成立しない。その語りは細部まで精緻にコントロールされ、観客を語りの世界に引き込んでいく。照明と音響も語りと連動して、絶妙のハーモニーを作り出していた。私だけでなく、周囲の観客が語りの世界にすーっと引き込まれていくのを客席で感じた。私たちがあのアイルランドの夜のパブに居合わせているかのような、そんな芝居だった。

2026/01/07 NTLive『インター・エイリア』@シネ・リーブル池袋

www.ntlive.jp

  • 作:スージー・ミラー Suzie Miller
  • 演出:ジャスティン・マーティン Justin Martin
  • 出演:Rosamund Pike, Jamie Glover, Jasper Talbot
  • 公演初日:2025/07/23
  • 劇場:英国ナショナル・シアター リトルトン劇場(ロンドン)
  • 上映時間:112分

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始まって数分で、主演のロザムンド・パイクの俳優としての卓越した能力に引き込まれてしまう。恐るべき演技力だ。そして脚本も素晴らしい。
まだ一月始めだが、この作品は今年見た舞台のベストに入るのは確実な傑作。以下、作品の内容に踏み込んだことも書いているのでご注意を。
100分を超えるこの作品で彼女は常にステージに立ち、話し続けている。法曹キャリアの頂点に立つフェミニストの判事であり、一人息子を溺愛する母親でもあるジェシカの視点から、劇的世界は形作られる。彼女はあまりに、どうしようもないほど、誠実なフェミニストであり、判事であり、妻であり、母親であった。
狂騒的であわただしい日常に振り回されるADHD的な彼女のキャラクターがクローズアップされた喜劇的前半から、後半は一気に緊迫し、最後まで息を呑む展開となる。倫理的な正義感と職業的良心、そして親子関係の情愛のあいだの葛藤を厳しく突きつけられる圧倒的なドラマだった。
性的同意、相手へのセックス了承の確認がこのドラマの重大なポイントとなる。セックスする前に、相手に同意の確認を取ること。今では互いの安全と安心のためのマナーとなっているようだが、自分の子供にこうした性に関わる話題を語ることができるだろうか?ジェシカはジェシカなりに伝えていた。しかしそれは結果的に十分なものではなかった。
性は極めてデリケートな問題である。性によって成立した関係であるからこそ、なお一層、親子の間でセックスについて踏み込んだ会話をすることは、《普通は》難しいのではないか?親子だからこそ、性の話からは目を逸らしていたい。むしろ、性というものを意識化させてしまうと、家族であることが難しくなってしまうような気さえ私にはする。
親子というのはそれほどわかり合えているわけではないし、なんでも話せるというわけではない。肉親だからなんでも話せるなんて嘘ではないか?むしろ肉親だからこそ話しにくいこと、話せないことは多い。性は、少なくとも私にとってはそうした話題の一つだ。性によってしか成立しない家族内における逆説的なタブーである。
私はエロ話、猥談の類は個人的には大好きなのだが、自分や身近な人たちの性に関わる体験を話したり、聞いたりすることには非常に大きな抵抗感がある。いわんや家族ならなおさらだ。性は淫靡で恥ずかしく、自分の欲望を晒すやましさがあるからこそ、素晴らしいものであるという感覚も強い。
この作品を見ると、自分の子供が性加害者となってしまったとき、自分はどう対応できるだろうかと考えざるを得ない。おそらく自分がジェシカの立場だったとき、倫理的に正しい道を選択できる人は少ないだろう。これは性的な問題に限らず、自分がこれまで見知ったいくつかの事例からしてそう思う。
自分はどうか?これはいいカッコではなく、私はそれで身近な人間が傷つくことになったとしても、正しい道を選択するだろう。欺瞞を抱えながら生きることの方が、私にははるかにしんどいことだから。しかしそれが人として本当に正しいかどうかはわからない。自分だけ正しく美しい選択をして、他の人たちを苦しめるのは単なる独善ではないかという考え方もある。欺瞞を抱えつつ生きるというのは、それはそれで大変しんどいことなのだから。
そうした問いを投げかける作品だった。

2025/11/24平原演劇祭「平文」「海へ騎り行く人々」@宮代町郷土博物館内旧加藤家住宅

埼玉県の宮代町郷土資料館の敷地内に、30年ほど前に移築されたという「旧加藤家住宅」での上演だった。ここは2001年から始まる平原演劇祭の原点とも言える場所であり、長きにわたる上演活動の拠点でもあった。私もこの会場での上演には、これまで何度も立ち会っている。

その旧加藤家住宅での公演が、今回で最後になるという。建造物保護のため、来月からは不特定多数が出入りするイベント等での使用ができなくなるからだと聞いた。 今回の公演予告は、平原演劇祭としてはかなり早めの5月になされていた。「平原演劇祭ウォッチャー」を自認する私としては、この演劇祭のシンボルともいえる旧加藤家住宅での最終公演には、なんとしても立ち会わなければならないと思った。

上演演目は二編。一編は昨年9月にも上演された『平文(ヘブン)』、もう一編は宮代町出身の英文学者・島村盛助の訳による、J.M.シング作『海へ騎りゆく者たち』だ。 この島村訳は大正10年(1921)のもので、シングの翻訳として著名な松村みね子(片山広子)のものより早い。ネットを検索してみると、主宰の高野竜さんが2018年の時点でこの翻訳に言及していたことがわかる。

 

【速報】
旧加藤家住宅 最 終 公 演 は
11/24(月祝)
「平文」(再演)
シング「海へ騎り行く人々」(島村盛助訳、本邦初演)
に決まりました!!#平原演劇祭 pic.twitter.com/OYN4CmNtGG

— 竜 РЮ Афанасий 🇺🇦 (@yappata2) 2025年5月15日

 

観客は10人ほどであった。

最初に上演されたのは『平文』。出演者は昨年の公演にも出演した北條風知と角智恵子に加え、なかでの語りは高野竜の妻である高野幹子が行った。ここしばらく体調が優れない様子の高野も、一応なんとか挨拶と締めの語りを行う。 『平文』は、宮代町にある埼玉県最古の教会「和戸キリスト教会」が設立されるまでの経緯を劇化した作品だ。この教会の歴史については、和戸教会のウェブページにも詳述されている。

上演会場は、埼玉県の宮代町郷土資料館の敷地内に、30年ほど前に移築されたという「旧加藤家住宅」だ。ここは2001年から始まる平原演劇祭の原点とも言える場所であり、長きにわたる上演活動の拠点でもあった。私もこの会場での上演には、これまで何度も立ち会っている。

その旧加藤家住宅での公演が、今回で最後になるという。建造物保護のため、来月からは不特定多数が出入りするイベント等での使用ができなくなるからだと聞いた。 今回の公演予告は、平原演劇祭としてはかなり早めの5月になされていた。「平原演劇祭ウォッチャー」を自認する私としては、この演劇祭のシンボルともいえる旧加藤家住宅での最終公演には、なんとしても立ち会わなければならないと思った。

上演演目は二編。一編は昨年9月にも上演された『平文(ヘブン)』、もう一編は宮代町出身の英文学者・島村盛助の訳による、J.M.シング作『海へ騎りゆく者たち』だ。 この島村訳は大正10年(1921)のもので、シングの翻訳として著名な松村みね子(片山広子)のものより早い。ネットを検索してみると、主宰の高野竜さんが2018年の時点でこの翻訳に言及していたことがわかる。

 

観客は10人ほどであった。

最初に上演された『平文(ヘブン)』の出演者は、昨年の公演に出演した北條風知と角智恵子、これに加え、なかでの語りは高野竜の妻である高野幹子が行った。ここしばらく鬱病のためか、気力/体力が落ちている高野も一応なんとか挨拶と締めの語りを行う。『平文』は宮代町にある埼玉県最古の教会「和戸キリスト教会」が設立されるまでの経緯を劇化した作品だ。この教会の歴史については、和戸教会のウェブページに記されている。

初演を昨年見ている私には、再演となる今回はやはり内容が入りやすかった。 形式的には「能」のパロディになっている。暴落した蚕・絹糸の交渉で横浜へ行った宮代町の名主が、ヘボン式ローマ字で知られる宣教師ヘボンと出会い、キリスト教を知って地元に伝えるまでを「能」のように演じ、その後の教会建築までを写実と様式が入り混じる「狂言」風に演じて見せる。明治の混乱期、人々がキリスト教に感じたであろう希望がどのようなものであったのかを描き出す芝居であった。 上演は、かつて実際に蚕の飼育が行われていた土間に接する玄関にて行われた。40分ほどの作品である。


休憩を挟み、今度は住宅の縁側で、J.M.シングの『海へ騎りゆく者たち』が上演された。 この上演がなかなかの難物であった。始まってから20分ほどは、老婆を演じているらしい青木、可愛らしい王子様のような服装の杉原、仮面を被った角の3人がいったい何を演じているのか、さっぱりわからなかった。 角が一人で数役を演じていることは察せられたが、人物の区別がつかず、仮面での演じ分けも曖昧である。「マイコー」など外国人風の名前が聞こえてくるが、なぜ唐突にカタカナ名の人物が出てくるのかも分からない。20分ほど戸惑いながら、ただ眺めていた。


ようやくそれがアイルランドの劇作家、シングの『海へ騎りゆく者たち』であることに気づいたのは、公演予告にあった演目名を思い出したからである。シングが大好きな作家であり、私は戯曲の内容を知っていたので、アラン諸島で漁に出た男たちが次々と遭難死し、それを嘆く女たちの話だと理解して舞台展開を追うことができるようになった。


しかしこれは、原作を知らなければ最後まで何が行われているのか、何の話なのか、ちんぷんかんぷんだったのではないか。なんという独りよがりの芝居公演だろう。 ま、それでいいのだけれど。 晩秋の夕暮れ、古民家の庭に柔らかい陽光が注ぐなか、訳の分からないものを見てぼんやり過ごす。これはこれで、悪くない時間の過ごし方ではないかとも思う。
実は今日上演されたシングの翻訳が、宮代町出身の英文学者、島村盛助によるものだったことに気づいたのは、上演終了後の帰宅途中だった。

古民家の前に建っている郷土資料館に島村の業績の展示があったことを思い出す。和戸教会の最初の建物にあったステンドグラスも郷土資料館に展示してある。

古民家の前に建っている郷土資料館に、島村の業績に関する展示があったことを思い出す。そういえば、和戸教会の最初の建物にあったステンドグラスも郷土資料館に展示してある。

今日の2本の公演は、平原演劇祭の原点である宮代町、そしてこれまで21年にわたって平原演劇祭の上演に協力してくれた宮代町郷土資料館に捧げられた、オマージュになっていたことに終演後、だいぶたってからようやく気づく。高野竜らしい、そして平原演劇祭にふさわしい感謝の気持ちの表明ではないか。
私もここで見た平原演劇祭の公演のことを、このレポートを書きながら思い返した。

 

2025/08/09 テーマハウス@武蔵野市八幡町一戸建て

テーマハウス Theme house

 

2025/8/9(土)-11(日)11:00-19:00(13-14休憩)

magazine.confetti-web.com

 岸本さんは「アミューズメントパークで行われているアトラクションとスタッフの関係性は、そのアトラクションやエリア全体の世界観を言葉での説明ではなく、その世界観の住人としての演劇を行うことで感覚的にテーマパークのお客さまに伝えており、そのアトラクションとスタッフの関係性を、美術作品と役者に置き換え、パークではなくハウスで行うのでテーマハウスとした」と話す。(『吉祥寺経済新聞』

https://kichijoji.keizai.biz/headline/3446/ )

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平原演劇祭の高野竜さんが出演するということで見に行った《テーマハウス》だが、リニューアル工事が予定されている古ぼけた民家を会場とするインスタレーション・アートのようなものだった。各部屋では展示された作品にちなんだ演劇的パフォーマンスも行われるという。場所は吉祥寺駅からバスで20分というかなり行きにくい場所である。率直に言ってかなりどうしようもない、唖然とするようなアート・イベントではあった。

チケット予約のときから悪い予感はあった。11時から19時までがオープン時間(うち13-14時までは休憩)とあったが、予約するときに訪問時間を指定しなくてはならない。それが二〇分単位となっている。演劇的パフォーマンスがあるというのに20分?とまず思った。しかも予約時刻が15時だった場合は15時20分までに退室せねばならず、仮に予約者が遅れて15時15分に到着した場合は、5分後には退室しなければならないとある。数部屋で展示/パフォーマンスが行われるとあるのに、20分で鑑賞を完結させることができるのかどうか疑問に思った。そもそも演劇的パフォーマンスである限り、一定時間以上、その場でパフォーマンスに立ち合わなければならないと思うのだが、各パフォーマンスの上演内容も時間もわからないのだ。なおこの20分退場制については、パフォーマーにもしっかりと伝えられていなかったようだ。私は20分枠二コマをとりあえず予約した。ちなみに料金は20分一コマ1000円だった。

会場はけっこう不便なところにある。Google mapの指示に従って、私は吉祥寺駅からバスに乗った。20分ぐらいは乗車したと思う。会場はごくふつうの古びた一軒家だった。私は15時に予約していた。14時50分ごろに会場に到着すると、入り口にいたこの《テーマハウス》の企画/演出の岸本悠生氏から、「今、入れませんので、待っててください。14時55分になれば案内できます」と言われる。
「待つって、この家に前で?」
「近くにコンビニがありますので、そこででも」

暑かったのでコンビニで5分ほど時間を潰した。

《テーマハウス》入場時には、岸本氏からA4一枚の企画概要を記したプリントを渡されて、
「ここに書いてあるとおりなんで、適当に各部屋を回って下さい。中にいる俳優に話しかけたりしても構いません」というごく短い説明があった。
文字フォントが4ポイントぐらいか?、老眼の私には厳しい大きさだ。まあ、若いからこの手の気づかいがないのはしかたない。


40分の「制限時間」なので、せめて高野竜さんのパフォーマンスだけはちゃんと見ておきたいと思った。とりあえず入ってすぐ左手にある扉を開くとそこは脱衣場とユニットバスだった。風呂桶にはうらぶれたおっさんが座っていてぎょっとする。高野竜さんだった。

「お客さん入りました」という建物入り口で岸本氏の声が聞こえた。

高野さんがテクストを読み始める。長編小説の途中からだ。ニューヨークの地下の暗渠を探索していると、骨があってうんぬんという話だ。

風呂場なので冷房もない。暑い。こんな暑くて息苦しい場所で、浴槽にはめ込まれたような姿勢でひたすら小説を読みあげる高野竜さんとマンツーマンというのは、濃厚すぎる。高野さんはひたすら読んでいる。脱衣場には写真のような抽象画が吊されていたが、どおってことのない作品ではないか。高温多湿の浴室での高野さんのエンドレスの朗読とこの抽象画の組み合わせ。15分ほど聞いていたのだが、語りの内容は全然頭に入って来ない。若い女性二人組が入ってきたのを幸いに、この浴室部屋から出た。

一階のもう一つ部屋、おそらくキッチンだったところには、上の写真にあるようなついたて状オブジェがどーんと置かれていた。高野さんは「圧巻だ!」と称賛していたが、私には何がすばらしいのかわからない。「圧巻???」という感じ。この部屋にはパフォーマはいなかった。

狭い階段を上がって二階に上ると、二階には四つの展示スペースがあった。

最初の部屋には、林の田舎道を描いた具象画とがあり、その前で佇むラフなかっこうをした男性がいた。彼がどうやらパフォーマーらしい。最初は四つの部屋を黙って回ったのだが、せっかく遠くまでやってきて2000円払っているのに、とりたてておもしろみもないインスタレーションを見ただけで帰るのはバカみたいだと思い、この男性に話しかけてみた。
「なにやってるんですか、ここで?」
「いやあ、朝の散歩を」
「あの林の道を散歩しているという体ですか?」
「……」
「なんか面白いことやって、びっくりさせてくださいよ」
「……」
彼は困惑していた。観客に話しかけられることは想定していなかったのか。

二番目の部屋では、細長いスチール(?)でできたオブジェが二つ並べてあって女性がそこでうろうろと動き回っている。

「何をしているですか?」
「掃除です」
「このオブジェはなんですか?」
「あ、それは椅子なんですよ。ちょうど列車が出たところで。それでホームにある椅子を」
「椅子だったら、ここに私が座ってもかまいませんか?」
「あ、大丈夫ですよ」
大丈夫じゃないだろう。ちょっと座りかけたら、そのオブジェが大きくたわんだ。

三つ目の部屋では写真のような絵画が壁面にあり、その前で小柄な女性が跪いてなにかを組み立てるような動作をしている。

「何をしているんですか?」
「積み木を組み立てているんです」

「積み木なんてないじゃないですか?」

「いや、ありますよ、ほら」
「あなたは子どもという体なんですか?何歳ですか?」
「10歳です」
「なるほど」
彼女はせっせと見えない積み木を組み立てる動作をしていた。

四つめの部屋には戸棚のような場所に写真のような女性が無表情に座っていた。絵はカラフルな抽象画だ。私が絵の前に立つと、彼女は戸棚から身を起こし、私の横で絵を眺めたあと「ほう、これは○○だ」とかなんか言って、また戸棚に戻った。

彼女に「いったいなんと言っていたのですか?」と尋ねたけれど、彼女は私に視線を返すこともなければ、返事もしてくれない。そういうキャラクターとなっているのだろう。
会場に入るときにくれた「当パン」には、「テーマパークの仕組みであるコンセプトを元に製作された事物とその事物のコンセプトに沿った世界観を演じるキャストという仕組み」を展示会に転用したとあるが、展示されている作品のメッセージもそれを具現しているとうキャストも、私には意味不明だった。
こうやって写真入りでその様子を記述すると面白そうに思えるかもしれないが、企画者の意図通りに面白いと思えるようなものではない。メタ的な観点から批評すると面白いともいえるが、これは企画者、作家、パフォーマーにとっては本意ではないだろう。
東京ディズニーランドやUSJの仕組みを転用し、美術の社会教育を目的とていると「当パン」にあった。つまり前衛芸術のテーマパーク化、それゆえ企画タイトルが「テーマハウス」となっている。
しかし実際の展示は、ディズニー、USJなどのテーマパークに寄せたというよりは、やる気の乏しい高校の文化祭のお化け屋敷といったかんじの粗っぽい、素朴なインスタレーション・アートだった。こういう表現が表現としてごろっと無造作に、ある種の確信をもって投げ出されているというのは、ホラーっぽいとも言える。まさにお化け屋敷。しかし「展示」されていたもので、最も私をギョッとさせたのは、蒸し暑い浴室で朗読する高野竜さんだ。あれはびっくりする。

結果的には、そのつきぬけたひどさゆえに記憶に残るアート・イベントでもあった。清々しいほどひどいというか。私は私なりに楽しむことができたので、よしとしたい。こういう見世物は滅多に見られるものではない。

 

2025/08/02 のあんじー×まぼろし🐼ぽいぽい 『サイケ 人形の家』@ART SPACE BAR BUENA

のあんじー×まぼろし🐼ぽいぽい『 サイケ人形の家  』

  • 原作: ヘンリック・イプセン
  • 時 :2025/8/2(土) 19:30-21:00
  • 於 :ART SPACE BAR BUENA
  • 1000円+1D+投げ銭

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野外劇女性デュオ・ユニット、のあんじーは今回はパンダの着ぐるみのパフォーマー、まぼろし🐼ぽいぽいとの共演だった。明示された演目はイプセンの『人形の家』だが、これと平行して、演目として明示されないサブテクストとして岸田國士の『命を弄ぶ男ふたり』も上演に組み込まれていた。複数のテクストを合成して上演するのは、のあんじーがよくつかうスタイルだ。

会場は今回は野外ではなく大久保駅近くにある30平米ほどの広さのバーだった。上演はバーカウンターのなかを含む、バーの空間全体で行われる。最後は野外に出て終演だった。観客は15名ぐらいだったように思う。

 

「サイケ」とはあったが、今回はのあんじーとしては案外ふつうに戯曲が上演されたように思う。一幕と二幕の部分は上演されず、バーのカウンターのなかにいるのあが両手に手袋型の人形をつけて、この二体の手袋人形を対話させるかたちで説明する。この説明はかなり雑で、あんじーがときおり突っ込みをいれていた。この二体の手袋人形の名前は「修養」と「解放」らしい。何かほのめかしがあるのかもしれないが、よくわからない。そもそも会場には着ぐるみパンダだけでなく、大小様々な大きさの大量のぬいぐるみが置いてあって、上演中に《タランチュラ》が流れたら、観客は自分の好みの人形を取って、人形を踊らせるようにという指示があった。実際には上演中に3回ほど《タランチュラ》舞踊の場面があった。

そもそもなんでこんなにぬいぐるみがあるのかと思っていたのだが、さきほどxでのあんじーおよび平原演劇祭の常連観客のひとり、三上昭芸さんのtweetで上演作品が『人形の家』なのでそれに合わせてということだというのがわかった。

バー店内での上演中は、のあんじーの二人は店内を移動しながら、『人形の家』三幕の場面の抜粋と観客たちには題名を知らされないままの『命を弄ぶ男ふたり』を語るのだけど、パンダは特に劇にはからまない。パンダはパンダで店内を移動し、なぜか店内に置かれているミシンを操作したりしている。ミシンもわざわざ持ってきたのだから、劇の内容とはなんらかの関係はあるのだろうが、その関係はよくわかない。まぼろし🐼ぽいぽい が共演している理由もよくわからない。まぼろし🐼ぽいぽい は、かなり巨大で、圧迫感がある。薄汚れていて、なぜ洗わないのだろう?と思っていたのだが、薄汚れ、うち捨てられた感じも含めて、まぼろし🐼ぽいぽい みたいだ。このパンダは空風ナギの誕生祭にもそういえばいあように思う。
『人形の家』ではないテクストも演じられているなあと思って聞いていたのだが、それが『命を弄ぶ男ふたり』とわかったのは、これまで読んだり、舞台で何回か見ていた作品だからだ。ただもしかするとこれ以外のテクストも混じっていたかもしれない。『人形の家』の三幕と『命を弄ぶ男ふたり』はシームレスに接合されていた。『人形の家』の語りは、ノラとヘルメルの二人の会話に集約されていて、クロクスタやリンデ夫人は登場しない。

なぜこの2作品が合成されることになったのかについてはわからない。上演会場が大久保駅の近くで、総武線の線路沿いだったから『命を弄ぶ男ふたり』もということになったのだろうが、これが『人形の家』三幕の内容とどう結びつくのか。のあんじーなりのロジックはある可能性もあるが、『命を弄ぶ男ふたり』については観客には告知されていないので、要は『人形の家』を別のテクストで分断して、観客を戸惑わせ、混乱させたかっただけという気もする。戸惑わせたほうが面白いだろ、みたいな。40分ほど上演があったところで休憩が入る。
「休憩は間が持たない。苦手だ」とのとあんじーが言っていたが、休憩中も演者が観客と一緒にいたら、そりゃ落ち着かないだろう。手持ち無沙汰の15分ほどの休憩が入る。

休憩後は、のあがヘルメルを見限り、自立を決意する場面だ。このクライマックスがこんなに長い台詞があったとは。のあんじーの二人は稽古時間も限られていただろうに、よく台詞がはいるものだと思う。こののあんじー版『サイケ 人形の家』が思いのほかオーソドックスな上演であることは、下の映像を見るとわかるだろう。

youtu.be

このあと、上演の場は店外になる。総武線沿いの線路に沿い、大久保駅の改札までぞろぞろと移動する。ここで演じられていたのは、もっぱら『命を弄ぶ男ふたり』だったように思う。

パンダの着ぐるみは大久保駅の改札付近に待機していた。町中にでるとこのまぼろし🐼ぽいぽい の存在感はかなり強烈だ。ゴミ袋のようなものに入れられたぬいぐるみを路上で撒き散らす。そのまわりでのあんじーの二人のパフォーマンス。改札から出てきた通りがかりの人は、不審げな目でその様子を横目で見つつ、さささっと足早に去って行く。駅前のネパール料理屋の店員たちは面白そうに眺めていた。

https://youtube.com/shorts/zQFZo4dmas4?si=G1-50COhDtUT0uBl

今回の公演の「サイケ」の部分は、このまぼろし🐼ぽいぽい の存在によってもたらされたといってもいいかもしれない。とにかく底知れぬ不気味さ、不可解さがある。歪んだポップさと可愛さで、そこはかとなく不気味でグロテスクだった。これはのあんじーのあらゆるスペクタクルもそうではあるが。さらにこのパフォーマンスに集まってくる観客たちも、かなりどうかしているわけで、異様なオーラが発せられていた。

終演後はバーに戻り、のあんじーとまぼろし🐼ぽいぽい の今後の公演の告知などがだらだらとあった。どういう意図かよくわからないが、のあの提唱でバーでの上演中、パンダが縫っていたシーツらしき布を観客全員が被るというなぞの儀式も行われた。

今回ののあんじーの公演、悪くはないけど、いまひとつ切れ味のよさを感じない。上演のスタイルがパターン化してきていて、展開が予定調和っぽくなっているのが気になる。この方向でマンネリなるとしんどいかも、とちょっと思う。ただ若い二人なので、今後、何らかの突破口を見つけて、驚かせてくれることを規定している。

 




2025/08/02 劇団サム『おへその不在』@練馬区立生涯学習センター

2025/08/02 劇団サム『おへその不在』

gekidansam.com

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石神井東中学演劇部OBOGと有志によって結成された劇団サム、今年は10周年で、今回の公演が第11回公演となる。今回も石神井東中学演劇部との共演となった。7/27(日)と8/2(土)の二回の公演だったが、私が見に行った8/2(土)の公演は予約で満席という盛況だった。会場の練馬区立生涯学習センターのホールの座席数は300席である。おそらく2回の公演で500人以上の動員はあったのではないだろうか。公演前日の8/1の夜のxの投稿で、8/2の公演が満席になったことが投稿されて、自分が予約していたかどうか不確かだったのでちょっと焦る。予約はしていた。開場時間が13時だったのに、開演時間が13時だと勘違いしていて、12時半ちょっと前に会場につくと、「満席」のわりには人がいないので「あれ?」と思う。13時直前になっても受付が始まらないので、「どうなっているんだ?」とちょっとイライラしていたら、開演時間は13時半だった。ホールの入り口に入場待ちの長い行列ができているのに、劇団サムのスタッフたちの高揚感と緊張感が伝わってきた。やはり演劇公演は満員の客席から見たい。

劇団サムによる演目上演の前に、石神井東中学演劇部の現役部員たちの公演がある。7/27と私が見に行った8/2では演目が異なっていて、私が見に行った8/2に上演されたのは山﨑伊知郎作『となりのエーミール』だった。作者の山﨑伊知郎は中学演劇の指導者で、今回の公演を見に来ていた。中学校内のダンス・コンクールで、「ハリマ」(名前は違ったかもしれない)という女の子がグループ・リーダーに立候補する。しかし先生たちは、ハリマさんがリーダーとなったことに懸念を抱いている。ダンス・スクールに通う彼女のダンス技術は確かなものだったが、完璧主義者であるために、彼女は周りに対して厳しくなってしまうことがあって、そのためクラスの他の子どもたちからは孤立していた存在だったからだ。周囲の生徒たちは彼女を、ヘルマン・ヘッセの小説『少年の日の思い出』に登場する、プライドが高く嫌味な少年「エーミール」になぞらえて、「エーミール」というあだ名で呼んでいった。ヘッセの『少年の日の思い出』は中学一年の国語教科書に採択されいる短編小説で、中学生の多くにはなじみの作品とのことだ。案の定、高いレベルのものを求めるハリマさんの高圧的な物言いはダンス・グループの他のメンバーの反発を招くが、彼女にはどうすればいいのかわからないし、先生たちも介入しがたい状況になる。劇中劇で『少年の日の思い出』の抜粋が上演され、それがハリマさんの状況と重ねられる。最終的には彼女の苦難は乗り越えられ、ダンス・コンクールを迎えることになるのだが。上演時間50分の中学演劇としてはフルサイズの公演だった。舞台に登場する出演者数は20名を超え、裏方まで含めると30名近くが参加した公演だった。石神井東中学演劇部は今でも人気部活のようだ。演劇部というと女の子が多いイメージがあるが、石神井東中学演劇部の場合、男子の比率も半分近くある。これはそのOBOG劇団の劇団サムも同様である。中学一年生の部員も多数いた。つい数ヶ月間まで小学生だった彼ら、彼女らが、学校外の施設で、大勢の観客を前に演じる気持はどんなものだっただろう。演劇的状況とは「AがBを演じ、それをCが見ているということ」とアメリカの演劇評論家のエリック・ベントリーは言った。中学演劇で演じる中学生たちを見ていると、自分が自分以外の何者かを演じること、そしてそれを観客という他者の前にさらすことから得られる解放感や、この一連の行為に内在する教育力について考えてしまう。『となりのエーミール』は、国語教材の「少年の日の思い出」の劇中劇パートはあるが、現実の中学校の生活のシミュラークルでもある。この劇では、学校が一般社会のミニチュアであり、学校という制度の枠組みのなかで子どもたちが「社会化」される状況が提示されているともいえる。大人の観客としてこの芝居を見ていると、十代前半の子どもに学校が驚くほどの負荷を与えていることに気づいた。組織のなかで「ハリマ」さん的な立場の人はいる。そして大人の社会でも、「ハリマ」さんが集団と折り合いをつけ、方向付けしていくことは、時に非常に難しいことだ。中学生が主人公の作品なので、リアルな中学生が演じるのが最も説得力がある。また先生役の生徒たちも、いかにも先生っぽい人物を記号的に表現していたのがよかった。発声の不安定さや最後に見せ場となるはずのダンスシーンの躍動感やキレは今ひとつだったが、ある種のリアリズム演劇として、面白く見ることが出来たし、見た後で学校と言う集団の特性について考えさせるいい芝居だった。終演後のカーテンコールでは、この公演に関わっていた出演者全員と裏方、約30名が全員挨拶をした。拍手を浴びた彼らは大きな達成感と悦びを得たに違いない。
休憩をはさんで劇団サムによる上演となった。今回はまず『お化け屋敷』(笹沢茶々丸作)という15分ほどの短編戯曲が上演され、続いて『おへその不在』(池亀三太作)が上演された。前者の演出は劇団主催の田代卓、後者の演出は、田代卓の教え子であり、石神井東中学演劇部の部長でもあった今泉古乃美である。劇団サムの公演になると、さすがに中学生とは俳優の練度が違う。仕事や学校の傍らの演劇活動とはいえ、中学卒業後も演劇部の同志たちと芝居をやりたいと集まってきた人たちなので、声の通りかた(発声)や表情、動きがやはり「プロ」っぽくなるのだ。私は2017年夏に行われた劇団サムの第2回公演以来、ほぼ毎年一回のペースで行われる劇団サムの公演を9回見ている常連観客なので、劇団サムの公演の出演者の何人かには見覚えがある。中学校だけでほぼ生活が完結してしまう中学生の部員とは異なり、劇団サムのメンバーは、劇団とは別の学校や仕事などの世界をメインフィールドとしている。そうした外側の世界での経験と年齢による成長、変化がサムの俳優たちの姿形や演技に反映されているのが、劇団サムを定点観察している観客として興味深い。当然、公演ごとの劇団サムのありかたの変化も感じ取っている。
『お化け屋敷』が始まり、劇の外枠を担うストーリーテラー役の今泉さんが舞台に登場し、発声するだけで、さっと劇場の空気が変わり、演劇の時間が始まる。『お化け屋敷』はそのタイトルが示す通り、コメディ/ホラーものだった。とあるお化け屋敷の控え室が舞台である。筋書きはシンプルで展開もすぐに読めてしまうものだったが、俳優たちのお化けメイクとお化け芝居が秀逸で、俳優たちもそのコスプレを楽しんで演じている感じがある。演技のテンポや幕外から聞こえてくる叫び声などの音響のタイミングも適確で、完成度の高い舞台だった。小さな子供の観客などは本当に怖がったかもしれない。
さて今回の公演の《本編》となる『おへその不在』である。『おへその不在』の作者の池亀三太は2006年に旗揚げされた《ぬいぐるみハンター》の主宰で、2018-22年まで王子小劇場の芸術監督も務めていた人物だ。『おへその不在』は2019年に下北沢のOFF・OFFシアターで上演され、YouTube上に上演映像も上がっている。 https://youtu.be/kIYhJwT8RGI
劇団サムの公演演目としては、『おへその不在』は異色の選択と言えるかもしれない。劇団サムは中学演劇部を母胎としていて、その後も中学演劇の指導者である田代卓さんが演出を担当していたこともあって、その上演作品は基本的に中学・高校演劇で取りあげられる作品、あるいはその系譜にある作家の作品が中心だったのだ。例外は私が見た中では、2022年9月に上演された清水邦夫作『楽屋』だろう。https://otium.hateblo.jp/entry/2022/09/26/033952
『おへその不在』は劇団サムが手がけるはじめての小劇場系の作品ということなる。今作の演出は田代卓さんではなくて、今泉古乃美さんだ。劇団10年目を迎えたサムが、新しい方向を足を踏み入れようとするマニフェストのような選択である。『おへその不在』は、葬儀屋に勤める長女、ぼたもち屋で修行中の次女、高校生で合唱コンクールを控えている三女の三人姉妹(親は登場しない、いないようだ)を中心に、エキセントリックな人びとが登場するちょっとシュールな不条理ドタバタ喜劇だ。その場での思いつき、あるいは夢の場面が連鎖していくようにストーリーが展開していく、捉えどころのない物語だった。上演時間は90分ほどだったと思う。 正直なところ、不条理喜劇としては特に面白い戯曲とは思わなかった。小劇場演劇は2000年代からけっこう見に行っているのであるが、「面白さ」の感性には世代差があるように感じてしまう。小劇場の場合、観客と作り手の年代層が重なる場合が多い。演者とともに観客層も年を取っていく。10年のスパンで演劇活動を続ける劇団は少ないので、気がつくと観客も小劇場通いをやめてしまう。『おへその不在』もいかにも小劇場(あるいは学生演劇)が目の前の観客を意識して創ったような作品で、それを受容する客層の幅は広くないように思った。突発的なギャグの切れ味は抜群で、客席から何度も笑いが起こっていた。一方で、物語全体としては、そのシュールで連鎖的な展開に、好みが分かれる部分もあるかもしれない。私自身は、個々の面白いシーンが、作品全体の大きなうねりにどう繋がっていくのかを掴むのに少し難しさを感じた。しかし、こうした挑戦的な戯曲に劇団が取り組んだこと自体に、大きな意味があるのだと思う。
俳優陣では常連の次女役中村かのんさんやぼたもち屋娘の福澤茉莉花さんのはじけた演技のコメディエンヌぶりは可愛らしく、楽しかったし、今回の公演では男性陣の俳優のがんばりが印象に残った。なぞのぼたもち屋の師匠を演じた河野雅大さんの怪しさ満点の怪演ぶりや、猫田茂雄さんの脱力感と爆発・崩壊が共存するエキセントリックで思い切った表現がよかった。
あと、三女のまるこ役の小森萌以さんが、素朴な魅力にあふれていて役柄に合っていたのがよかった。それぞれの俳優が自分の役柄を楽しげに演じているのはよかったが、全体のバランスというか色調は、若干バラバラでまとまりに欠けているようにも感じた。
これまで劇団サムは田代卓先生の指導のもと、中学演劇の延長戦上で公演を行い、そのその制約と精神性をOBOGたちが引き受け、発展させることで独自の演劇環境を作り出した。しかし団員たちが成長することで、これまでの無難で健全な主題の演劇とは別の演劇世界に足を踏み出したくなるというのはよくわかる。成長した彼らが生きているリアリティともっと直接つながるような表現を求めたくなるかもしれない。しかしそこでどのような作品を選択するかが問題になってくるだろう。基本、アマチュア演劇なのだから、劇団の中核メンバーがやりたいものをやればいいのであるが、劇団サムの場合、団員を結びつけているのは「石神井東中学演劇部」での体験であり、田代卓先生というカリスマ的指導者なのだ。これまでは先生が選択した作品を、先生の言うまま上演すればよかった。新しい世代が中心となり、劇団の新たな方向性を模索していく中で、これまで大切にしてきた「石神井東中学演劇部」というルーツをどう継承し、発展させていくのか。それは、他の多くのアマチュア劇団にはない、劇団サムならではの豊かさであり、同時に大きなテーマになっていくのかもしれない。若い劇団員にとっては、時に難しい舵取りを迫られることもあるかもしれないが、その過程も含めて、劇団サムの新しい物語になっていくのだと思う。田代卓先生のあと、劇団サムとはなにか、そしてそこでどういうかたちで活動が可能であり、どういう演目を選択すべきであるかを、劇団の主要メンバーで話し合い、考えなくてはならない時期に来ているともいえる。
劇団サムが結成された頃、科研費のグループ研究で、地域素人演劇の研究を行っていた私は、中学演劇部を母胎とする劇団サムが継続的に10年間、公演を続けていくことができれば、きわめてユニークなアマチュア演劇活動の事例になるのではないかと思っていた。中学を退職されていた石神井東中演劇部の元顧問で、劇団サム主宰の田代卓先生にそのようなことを言うと、「いやあ、さすがに10年は無理でしょう」とおっしゃっていた。しかし10年続いてしまった!活動継続にあたっては団員たちの求心力が弱まり難しい時期はあったとは思うが、それを乗り越えて10年間継続的に公演を打ち続けることができたのはすごいことだと思う。 劇団の運営も10年目を迎えた今年から徐々に変わっているようだ。これまでは石神井東中学演劇部顧問の田代卓先生が中心になって劇団を引っ張ってきたが、田代先生が演劇部顧問時代に部長だった今泉古乃美さんを核に劇団が引き継がれつつあるようだ。今泉さんは、現在、東京都の中学校の教員をされているとのこと。中学校勤務と言う多忙な業務のなか、高校生から社会人までのさまざまなモチベーションと状況の団員たちを率いて、公演を作っていくのはさぞかし大変な作業に違いない。しかしこのユニークな演劇文化が、後継者を得て、次世代に継承されるのは素晴らしいことだ。劇団サムは参加者の多くにとっては、自分たちの青春の原点であり、拠り所として立ち帰るふるさとのようなものになっていると思う。この演劇のふるさと、同窓会としての演劇が、今後、どのように継承され、変わっていくのかを、私は今後も観客として見守っていきたい。
 
 
 

2025/08/04 前進座『張込み』『砂の器』《松本清張朗読劇シリーズ》@北とぴあドームホール

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前進座の公演は最優先で見るようにしているのだけれど、松本清張朗読劇はこれまで2023年6月に吉祥寺シアターで『或る「小倉日記」伝』一本だけしか見ていない。台本を手に持つ朗読劇は、演劇の本公演に比べるとその簡易版に過ぎない──そんな先入観から、無意識に優先順位を下げていたのかもしれない。このときの出演者は、柳生啓介さん、浜名実貴さん、中嶋宏太郎さんというSNSで交流のある俳優であり、前進座の俳優の中でも私が贔屓にしている方々だったことに加え、松本清張の芥川賞受賞作である『或る「小倉日記」伝』はとても好きな作品だったため、是が非でもという感じで見に行ったのだった。
 
この前進座版朗読劇『或る「小倉日記」伝』は、私が見る前に期待していたよりもはるかに素晴らしい舞台でだった。三人の演者の卓越した語りの技術、アンサンブルが作り出す緊張感に満ちた美しい舞台に、私は感動してボロボロ泣きながら見たのだった。作品自体も大好きな作品なのだが、上演作品としての完成度の高さが圧倒的だった。私はこれまでかなり多くのリーディング公演や朗読劇を見てきたが、完成度の点では前進座の松本清張朗読劇は他のものとは別格だと断言できる(もちろん、その場で初見でやるような即興性の高い朗読劇にも独自の魅力があることは言うまでもないのだが)。
 
今回は松本清張の初期の推理小説の傑作『張込み』と清張の代表作とされる『砂の器』の二本立てだった。会場は王子駅のそばにある北とぴあドームホール。元プラネタリウム劇場だった半円状のスペースで、すり鉢状の客席からはかなり急な角度で舞台を見下ろす感じになる。観客は100名ほどだった。高齢者が多い。上演時間は15分の休憩をはさみ2時間半だった。『砂の器』は長編小説なので、朗読劇版ではかなり圧縮されていることになる。 三人の俳優が、声色を巧みに使い分け、複数の登場人物を演じていく。声優の吹き替えのような過度なデフォルメはなく、あくまで抑制の効いた表現が、かえって観客の想像力を掻き立てる。客電は落とされるが、俳優たちを照らすスポットは柔らかい落ち着いたオレンジ色だ。朗読劇によっては、俳優たちが立って動き回るスタイルのものもあるが、前進座の松本清張朗読劇は、俳優が椅子に座り、マイクを通して語る静的なスタイルを貫いている。俳優を照らすのは柔らかいオレンジ色のスポットライトのみ。派手な動きを排する一方で、ラジオドラマのような効果音や、声にかけられるエコーなど、音響面の演出は緻密で豊かだ。
『張込み』は1955年、『砂の器』は1960年の作で、いずれも戦争の影を色濃く引きずり、貧しさが遍在していた高度成長期前の日本社会の様相が作品に投影されている。『張込み』は、逃走中の殺人犯が北九州に住むかつての恋人のもとを訪れるに違いないと確信した刑事が、既に別の男性の後妻となっていた元恋人の家の前にある宿で張込みを行う。そしてその刑事の読み通り、殺人犯は元恋人に会いにやって来た。再会の際に語られる二人が歩んできた、そしてそうならざるを得なかった厳しく、辛い人生が、胸を打つ。彼らもまた、当時あまたいたであろう、戦争という「災厄」のあと、よるべなき状態でもがきながら生きてきた被害者だったのだ。かつての恋人との束の間の再会、それは二人にとって選択可能だったつらい人生からの唯一の解放の夢の時間だった。クライマックスはもちろんかつての恋人同士の再会の場面だ。殺人犯とその元恋人と、その語らいに耳を澄ませる刑事のトライアングルの場面を、三人の俳優が情感豊かに声によって浮かびあがらせる。観客の私も刑事と一緒に、その痛切な愛の語らいにじっと聞き入った。
 
『砂の器』はかなり長い小説なので、朗読劇にするにはかなり大胆なテクストレジが必要となる。前進座松本清張朗読劇版では、上演時間は1時間15分ほどだったと思う。休憩後、三人の俳優は衣装を着替えていた。こうした細かいところにも配慮がある。松本清張朗読劇では、照明などによる視覚的な表現、身体的な動きによる演出は徹底的にコントロールされストイックに切り詰められている一方、音響的な面ではそのままラジオドラマとしても成立するレベルで配慮されている。「音声」だけでも十分に商品となる完成度なのだが、しかし俳優の身体が不要かといえばそんなことはない。ここで改めて思うのは、朗読劇における俳優の「身体」の意味だ。前進座の朗読劇は動きこそ少ないが、俳優の身体の有無は決定的に重要だ。その佇まいや微かな仕草が、観客の想像力を刺激し、物語の情景や人物を立ち上がらせるきっかけとなる。声と身体が一体となって、観客の頭の中に「その場にいないはずの誰か」を現出させる。これは名人芸の落語にも通じる体験かもしれない。
 
『砂の器』では、とりわけ浜名実貴さんの声による人物の表象の見事さに感嘆した。バーのマダムから始まり、子どもから老婆までの様々な年代の人物を浜名さんの声の芝居は、実に自然にかつ明確に表現していた。松本清張の代表作とされる『砂の器』も、ハンセン病差別の問題と戦前戦後の激動期をなんとかして生き抜かなければならなかった人間の悲痛な状況への共感が込められたドラマだ。作品発表当時の昭和三十年代には、この作品を読んで戦後の激動期を生き抜くためにやむを得ず行った自らの言動を思い起こし、心のうずきを感じた読者も多かったのではないか。90分の尺のなかに、不自然で説明不足の展開にならないよう台本は作られていた。むしろドラマ性はこの長さと朗読劇というシンプルな上演形態ゆえに凝縮されていたようにも思う。最初から最後までピンと張り詰めた緊張感のある上演だった。息を呑んで聞き入り、上演後にようやくふっと息がもれるような。
ところで松本清張は今ではどれほど読まれ、知られているのだろう。その作品はしばしばテレビドラマ化や映画化がされているので、それを通じて知っている若い世代もいるかもしれない。しかし司馬遼太郎ほどの認知度は今ではないように感じられる。私が中学生の頃、父の本棚には清張の文庫本がずらりと並び、片っ端から読んだものだ。『砂の器』に描かれた時代背景など、当時は全く想像もできていなかったが、それでも夢中になった。 当時読んだ清張の作品で一番印象が強いのは、彼が小説家として世に出るまでの苦難に満ちた生活を書いた自叙伝、『半生の記』である。1992年に亡くなった清張は、忘れられた作家では決してない。ただ、完全に「古典」として定着するには、まだ少し時間が熟成されていないのかもしれない。中途半端に歴史的であり、同時に現代的でもある。そんな過渡期にいる作家だからこそ、今、朗読劇というかたちで前進座が光を当てる意味がある。前進座の「松本清張朗読劇シリーズ」は、北九州市立松本清張記念館のプロデュースで2003年に始まり、毎年上演が続いているという。これほど質の高い朗読劇を通して、松本清張文学の遺産を次世代に継承していっくことの意義は大きい。一観客としてこの企画を追い続けたいし、一人でも多くの人にこの素晴らしい舞台が届くことを願っている。そしていつかは、小倉の松本清張記念館でこの公演に立ち会いたい。
 

2025/07/23 アンサンブル・ポエジア・アモローザ 第3回公演「麗しの歌、麗しの時代〜バロックを彩った女たち」

Ensemble Poesia Amorosa vol. III『麗しの歌、麗しの時代〜バロックを彩った女たち』

  1. 日時:2025年7月23日(水)19時開演(18時半会場)
  2. 場所:日本福音ルーテル東京教会
  3. 出演:アンサンブル・ポエジア・アモローザ
       上野訓子(コルネット)
       高橋美千子(ソプラノ)
       頼田麗(ヴィオラ・ダ・ガンバ)
       佐藤亜紀子(テオルボ)

www.ensemblepoesiaamorosa.com

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女性4名の古楽ユニット、アンサンブル・ポエジア・アモローザの第三回公演を聴きに行った。昨年の第2回公演のレビューは以下にある。

 

otium.hateblo.jp

今回は16世紀末から17世紀中頃にかけてのイタリアの女性作曲家が中心のプログラムだったが、私が知っていたのはジューリオ・カッチーニの《愛しい私のアマリッリ》だけで、他は作曲者名も曲も知らなかった。正直なところ、イタリア初期バロックの声楽曲は自分から積極的に聞くことはないジャンルだ。複数の旋律が絡み合い、音のテクスチャをうねるように織りなすルネサンス期のポリフォニーに比べると、通奏低音の上に単旋律の歌声を展開させるバロックのモノディ様式は、言葉を音楽に乗せて伝えるものだけに、歌詞の意味が理解できないと退屈に感じられてしまう。初期バロックに限らず、17世紀以降の歌曲は歌詞の意味が理解できていないと、その面白さを味わい、楽しむことは難しいように思う。

アンサンブル・ポエジア・アモローザ(以降EPAと記す)の当日パンフレットには、歌曲の歌詞が原文と対訳で掲載されている。その訳はすべてEPAのメンバーによってこのコンサートのためになされたものだ(高橋美千子訳が8曲、EPA訳が2曲、佐藤亜紀子訳が1曲)。この翻訳のクオリティの高さは特筆に値する。私はイタリア語はできないので、ラテン語とフランス語の知識を頼りにイタリア語の歌詞の内容を検討することしかできないのだが。演奏中に歌詞の原文テクストとその意味を確認することができることで、楽曲とパフォーマンスをより深く楽しむことができる。

演奏メンバーのコルネット奏者、上野訓子によるA4の用紙三ページにわたる解説も充実した読み応えのある内容だった。一般的にはほぼ知られていないイタリア・バロックの女性作曲家たちとその歌曲の紹介文には、楽曲の解説と作曲者についてのエピソードの紹介とともに、コンサート企画者、そして演奏者として彼女たちの存在と作品にどのように向き合い、何を感じ取っていたのかが伸びやかな文体で率直に記されている。この解説で紹介されていた16-17世紀のフェッラーラ公の宮廷で活動していたコンチェルト・デッレ・ドンネ(Concerto delle donne)という女性アンサンブルについては、その情景が目に浮かぶような生き生きとした筆致で書かれていた。

会場は昨年と同じ新大久保にある日本福音ルーテル東京教会の礼拝堂だった。この礼拝堂は天井が高く、響きがいい。

最初に歌われたマッダレーナ・カズラーナ作曲の「おお夜よ、空よ、海よ、岸よ、山々よ」O notte, o ciel, o mar, o piaggie, o monti が歌い始められたとたん、高橋美千子の歌声の圧倒的なボリューム感にガツンと大きな衝撃を受ける。あの力強さ、表現の豊かさ。異なる時空へと聴衆を導くコンサートの幕開けの宣言のような堂々たる歌曲であった。切なく苦しい恋の嘆き、田園の軽やかで遊戯的な恋、そしてキリストとマリアに捧げられた賛歌など、定型的な主題と修辞が連なるこれらの歌曲に内在するドラマを、高橋美千子の歌唱は見事に引き出し、鮮やかに浮き彫りにする。官能的な愛と神への愛の表現の源は同一の精神性であるように思われる。バロックのイタリア歌曲では、エモーショナルであることとスピリチュアルであることが共存しているのだ。言わずもがなのことではあるが、高橋美千子のように、ことばと音楽と身体が有機的に結びついた複合的で豊かなパフォーマンスができる歌手はそうそういない。歌声の豊かさと歌唱テクニックだけでなく、表情や動き、安定感のあるポーズなど、ステージ上の饒舌なパフォーマンスは歌詞の内容が憑依したアレゴリーのようでもある。飲み込まれてしまいそうな怖ささえ感じるときがある。

EPAではコルネットが編成に加わっているのが大きな特徴である。演奏で使われているバロック期のコルネットは細長い棒状のオーボエのような形状だが、cornettoとは「小さなホルン(角笛)」なので奏者の唇で音を出す金管楽器の一種だ。ただし響きは柔らかくて、金管の重厚さと木管の軽やかさの両方を兼ね備えたような音色だ。重さはあるけれど、可愛らしいというか。このコルネットが、高橋のエモーショナルな歌声と絡みあうのが、実に心地良く、快感なのだ。


EPAの音楽はソプラノ、コルネット、ヴィオラ・ダ・ガンバ、テオルボという小編成ながら、そこから紡ぎ出される密度の高い音楽は、曲線を基調とする細々とした装飾で埋め尽くされた重厚かつ華麗なイタリア・バロック様式の建築を想起させた。

今回のプログラムは、まさに16-17世紀のイタリアで活躍していた女性作曲家・演奏家への共感と愛に満ちたオマージュであり、21世紀日本の四人の女性演奏家によって、現代ではほぼ忘れられたイタリア・バロックの輝かしい女性音楽家たちが召還されたようなコンサートだった。私を含め、観客の多くは、新大久保の教会礼拝堂で、バロック期のイタリアの宮廷ホールにいるような気分を味わうことができたのではないだろうか。

このユニットは年に一回、公演を行う。年に一回しか聴けないのであれば、毎年聴きに来るべきコンサートだと思う。

劇団青春座 井生定巳氏へのインタビュー覚書(2019/08/13)

劇団青春座のFBページに、井生定巳さんの訃報が掲載されていました。謹んでお悔やみ申し上げます。

 

井生さんには2019年、生涯学習総合センター事務室にて、私たちの研究グループのインタビューにご協力いただきました。北九州で長きにわたりアマチュア演劇を牽引し、劇団青春座の三代目代表として、その情熱と驚くべきエネルギーで劇団を支え続けてこられた井生さん。インタビューでは、ご自身の生い立ちから演劇との出会い、そして地域に根ざした演劇活動への深い愛情と、損得を超えた純粋な思いを、飾らない言葉で語ってくださいました。

そのお話の端々から感じられたのは、演劇という場を通じて多くの人々と喜びを分かち合いたいという真摯な願いと、およそ75年にも及ぶ劇団の歴史を背負ってこられた方の、揺るぎない信念と温かなお人柄でした。

井生さんの演劇へのひたむきな姿勢、そして地域文化への多大な貢献に改めて深い敬意を表するとともに、その貴重なご経験やお考えを少しでも多くの方にお伝えできればと、当時のインタビュー記事をここに再掲載させていただきます。

井生定巳さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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2025/05/11 平原演劇祭─ヤギのいる古民家でビルマの出てくる演劇@宮代町古民家奈味

「バララゲ大学士の野宿」「はなうたのエレクトラ」

    • 日時2025/5/11(日)13:00-15:00 @宮代町古民家奈味 (東武伊勢崎線姫宮駅改札12:30集合)
    • 1000円+投銭
    • 出演:青木祥子、夏水、栗栖のあ、三島渓、一ノ瀬太郎

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2025年になってから初めての平原演劇祭観劇のような気がする。4月に平原演劇祭一泊二日の企画があったのだが、4月初めはこちらの予定が立て込んでいて私は参加できなかった。今回は平原演劇祭の本拠地である埼玉県宮代町での上演である。平原演劇祭の宮代町公演のメイン会場は、これまでは宮代郷土館敷地内に移築された築200年の古民家であったが、この古民家が「老朽化」のため使用できなくなったという。もとより古い木造家屋であるが、維持管理上の問題が生じたということであろう。

今回の上演会場も宮代町にある「古民家」だが、つい数年前まで実際に人が住んでいた新しい古民家である。居住者が亡くなったあと、リノベーションして昨年秋から民泊や時間貸しするようになったとのことである。

公演開始は13時だが、最寄り駅である東武伊勢崎線姫宮駅改札に12時半集合とあった。駅には高野竜さんが迎えに来ていた。ここしばらく鬱だったとtwitterの投稿にあったが、久々に会う高野さんは元気そうであった。集合時間に姫宮駅改札にいたのは私ともう一人の計二人だけであった。もう一人の方は60代ぐらいの男性で、平原演劇祭を見に来るのは今回が初めてのようである。出演者の一人である栗栖のあの知り合いで、教会の礼拝堂で聖書劇一人芝居の上演をされているとのことである。こういう演劇はぜひ見てみたい。公演告知と記録はインスタグラムでやっておられるとのことで、アカウントを教えてもらった。

公演会場まで車で行くのかと思えば歩きであった。駅前の低層住宅地を抜けて、田圃の畦道を歩いて10分ぐらいのところに、公演会場があった。

公演会場までの道すがら、高野竜さんに「高野さんって『芸能』の特質ってなんだと思っておられますか。自分が平原演劇祭でやっていることは『芸能』だと思っておられますか。あるいは『演劇祭』と名乗っている以上、芸能とは一線を画した演劇だと考えておられますか」という質問を投げてみた。今、平原演劇祭についての「新しい芸能」という観点から考察しようとする論文を書こうとしているところなのである。こういう創作に関わる質問には高野さんははぐらかさずにちゃんと答えようとする。「そういう質問は道すがらではなく、別に時間を取って聞いてもらったほうが」と言っていた。それはそうである。高野さんの健康状態が不安定で頭が冴えているときとぼーっとしているときの落差が激しいので、元気そうなこのときについ聞いてしまったのだが、質問の内容が重すぎる。すぐに気軽に答えられるようなものではない。

公演会場の古民家は、古民家と言っても宮代郷土館敷地にある旧加藤家住宅のような文化財的な趣はなく、ごく普通の「古びた」民家というたたずまいの家屋であった。実際、ごく最近までこの家で生活している人がいた。

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現在の管理者は、この家屋の住人の遺族だという。昨年秋から時間貸しだけでなく、宿泊もできるようになっている。内装はリニューアルされているが、生活感は残っている。日本の田舎のいたるところにありそうなごく普通の農家である。十年ほど前に取り壊した、兵庫県山中の村にあった私の父の生家もこんな感じの家であった。敷地内には家畜小屋・農具小屋があり、そこには立派な角を生やした大きなヤギがいた。

おとなしいけれど、人懐こい山羊で、柵のそばに行くとこちらに近づいてきて、頭をかいてくれという。可愛い。山羊のいる家っていいなあと思う。家屋に入る前に、山羊にしばらく相手をしてもらった。

 

民家に到着したときには、こんな何もない郊外の田舎の田圃のなかにある民家にわざわざ泊まりに来る人はいるのだろうかと思ったのだが、今回の公演が終わる頃にはこの民家を私はすっかり気に入ってしまった。私の父の生家の雰囲気と似ていて、空間としてくつろげるし、内装はリニューアルされていて、トイレなどもきれいだし、冷暖房もある。そしてヤギもいる。田圃に囲まれた周囲のひなびた景観もいい。東京の都心からもそんなに遠くないので、外国人観光客なども関心を持つのではないかと思った。フランス語圏から友人がやってきたときには、都心の宿よりもここを紹介したいなと思った。

最初の演目は宮沢賢治原作の「バララゲ大学士の野宿」だが、上演前に包装されたまま板チョコを栗栖のあが、ハンマーで割って、それをみんなで分けて食べるというセレモニーがあった。このときはなんでわざわざ板チョコをハンマーで砕かなければならないのかと思ったのだが、これは「バララゲ大学士の野宿」上演への伏線になっていたことを終演後、帰宅してからの高野さんのXでのtweetで知った。作品中に大学士が鉱石採集する場面があり、採集にはハンマーで石を砕く必要がある。それにつなげる意図で板チョコハンマー割りを入れたとのことである。上演の現場でこれに気づいていた人はよっぽどカンのいい人であろう。高野竜さんの芝居にはこういう裏演出というのがかなり多くて、上演日、キャスト、場所だけでなく、何気なく行われている上演中の行為には何らかの意図があると思っていたほうがいい。虚実の境目と移行が精妙なのである。これまで何度も騙されてきて、あとで「あ、そういうことか」と気づくことがよくあった。もっとも気づかないままの仕掛けのほうが多いだろう。高野竜さんは、観客ないし演者も、自分の演出上の仕掛けは気づかなくても構わないと考えているはずである。ただこうした気づかれない遊びの数々が、高野竜の演劇の深さというか得体の知れない面白さにつながっている。

「バララゲ大学士の野宿」の宮沢賢治の原作のタイトルは『楢ノ木大学士の野宿』で、大学士の名前はバララゲではなく、「ならのき」だ。『楢ノ木大学士の野宿』は青空文庫でも読むことはできる。Xを検索してみると、高野竜が宮沢賢治の原作に基づきこの戯曲を執筆したのは、彼が崖から滑落して頭部に重傷を負い、入院した2022年の年末だということがわかった。作品構想はその数年前からあったらしい。

あの滑落事故以降、かなり長期にわたって高野竜はヘロヘロの状態であったが、まだ3年前のことであった。この一年ぐらいは彼の健康状態はその頃に比べると劇的に回復しているように見えるが、それでもまだ後遺症はあるようである。「バララゲ」は、『楢の木』のなかに、「バララゲの紅宝玉坑」というのが出てきて、この「バララゲ」は何だということが高野がこの戯曲を執筆するきっかけとなったからしい。結局このバララゲというのはよくわからないのだが、現・花巻農高第三応援歌は戯曲「種山ヶ原の夜」の挿入歌にも、オノマトペ的にこの語は出てくる。今回の上演の最後にこの歌を歌ったのはそういう意味であったのかと、今、ようやく知った。


『楢の木大学士の野宿』はこういう話だ。生成AIのClaudeに三行で要約してもらった。

宝石学者の楢ノ木大学士が「貝の火兄弟商会」から高級な蛋白石を探すよう依頼され、三晩の野宿をしながら探索の旅に出る。野宿の夜には岩頸の兄弟たちの会話、鉱物たちの病気の話、そして恐竜の夢など幻想的な体験をする。最終的に持ち帰った蛋白石は下等品だったため依頼人に叱られるが、大学士は意に介さない様子を見せる。

基本的に夏水が物語の登場人物を演じ、青木祥子が時折、演じられた内容につっこみを入れて、注釈するというかたちで進んで行く。鉱石の名前やら、バララゲ大学士こと楢ノ木大学士が放浪する地名やら、注釈が入らないと何がなにやらよくわからないものが台詞のなかに出てくる。平原演劇祭では、宮沢賢治の作品が度々取りあげられ、宮沢賢治が高野竜にとって重要な作家のひとりであることは明らかであるが、正直なところ、私には宮沢賢治の物語の面白さがわからない。平原演劇祭での宮沢賢治のみならず、とにかく宮沢賢治全般が私にとってはよくわからないのである。今回もやはりよくわからなかった。面白さだけでなく、いったい芝居のなかでどんな状況が語られているのかも。鉱石探索の学士の野宿のルートが、夏水の芝居と語りで話されるのだが、どのあたりを学士が歩いているのかイメージできなかった。まったく空想的な旅程で、実際には学士は野宿なんかしていなかったのであろうか。

夏水と青木の二人で、夏水の芝居がぼけ、青木の注釈がメタからのつっこみという感じで芝居は進行していく。このやりとりの雰囲気や二人の呼吸がなにかを連想させるなあと思いながら見ていたのだが、シェイクスピアの『夏の夜の夢』の最後の幕、職人たちの素人芝居とその芝居の進行を中断する貴族たちの批評、茶々入れのリズムを連想させるものであることに気づく。途中で栗栖のあが参入して、わちゃわちゃとかき回して、芝居はさらに混沌としたものになっていった。のあは、やけくそっぽいエネルギーに満ちていて、ハチャメチャな破壊者の芝居だが、芝居スタイルがこれ一本という感じがして、ちょっと単調に感じられた。

上演時間は1時間弱ぐらいであったように思う。最後は、「バララゲ」というオノマトペが出てくる、宮沢賢治作詞作曲の応援歌(「種山ヶ原の夜」の歌)で終わった。

終演後、大学士が採集してきた大した価値のない石のかけらを観客たちが分け合った。「下等な玻璃蛋白石」なのであろうか。

「バララゲ大学士の野宿」の上演が終わったあとは、軽食タイムとなった。今回供された食事は、ビルマの漬け茶葉のお茶漬けであった。この漬け茶葉は「ラペッソー」と言うらしい。

今回、なぜビルマ料理が選ばれたのか、実のところ、私にはまだわかっていない。「バララゲ大学士の野宿」には、大学士がビルマに鉱石を採集するエピソードが出てきた。そして軽食タイムのあとに上演された「はなうたのエレクトラ」では、エウリピデスの「エレクトラ」がベースではあるが、舞台は太平洋戦争終了後(おそらく)、ビルマが英国と戦った独立戦争に移されていた。高野竜さんが、ビルマでの茶葉の栽培は、イギリスによる植民地支配でもたらされたものだと言っていたような気がするが、それにしても今、なぜ、ここで、このメンバーで「ビルマ」という選択になったのかは、私にはわからない。茶葉のサラダは高田馬場のミャンマー料理屋で食べたことがあったが、今回のお茶漬けで使った漬け茶葉は唐辛子などのスパイスが効いていてかなり辛かった。高野竜さんもちょっとむせていた。細長い米を茶葉といっしょに炒めたものに、この漬け茶葉と白菜の角切りを載せて、さらにナッツ類を振りかけたものに、お茶をかけて食べる。平原演劇祭で出てくる食事はいつも美味しいが、このビルマ茶漬けも美味しくて、私はお代わりをした。他の観客の方々もたくさん食べていた。この茶漬け時間でお腹が膨れ、まったりとしてしまい、30分ほどが過ぎる

茶漬けのあとは、屋外に出て、古民家から歩いて5分ほどのところにある姫宮神社境内に移動した。姫宮神社境内は、東武伊勢崎線の線路のすぐわきにある。境内に入ると、すでにエレクトラを演じる三島渓は境内で寝転んでいた。

ビルマなのか古代ギリシアなのかよくわからない状況で、芝居が展開した。「はなうたのエレクトラ」の「はなうたの」もそういえばよくわからない。なぜ「はなうた」なのか。私は平原演劇祭の観客としては古株で、もっとも多くの上演に立ち会ってきた観客だと思うが、高野竜の芝居の意図や意味はいまだわからないことだらけである。「はなうたのエレクトラ」の上演時間は1時間を超えていたように思う。このうち最初の40分ほどは神社境内でのエレクトラ(三島渓)の一人語りである。三島は神社の境内を移動しながら長大で密度の高い台詞をしっかりとコントロールし、この境内の空間を一人で支配していた。姫宮神社境内のすぐそばを走る東武伊勢崎線は5分ごとに列車の通過がある。その通過音や踏切の音が劇伴環境音となっていた。三島エレクトラの台詞の内容は、ほぼエウリピデスのテクストに沿ったものであるように思えた。40分ほど、神社境内での三島の一人芝居のあと、再び上演の場は、古民家に戻る。

古民家では一ノ瀬太郎が演じる「オレステス」が姉のエレクトラを待っていたが、この「はなうたのエレクトラ」では、エレクトラは最後までオレステスが誰かわかっていないような感じであった。オレステスは戦場の様子をエレクトラに伝える伝令兵士であるが、自分の正体は明らかにしない。あるいは彼はオレステスではなかったのか。民家内での二人の芝居も30分以上続いたように思う。途中、集中力が途切れ、会話の内容が追えなくなり、ビルマと古代ギリシアの状況は私のなかで混沌としたまま終演となった。

平原演劇祭を見に行き、その上演の場に観客として立ち会うのは、私にとっては旅に行くのとほぼ同じようなことだ。平原演劇祭を見に行く度にそう思う。ずっと遠くにある彼の地で過ごしたような気持になる。

終演は午後三時半すぎ。午後4時までに会場を撤退しなければならないということで、バタバタと慌ただしい終演挨拶となった。そのあと、田圃の畦道を歩いて姫宮駅に向かった。