湖のランスロ LANCELOT DU LAC
- 上映時間:81分
- 製作国:フランス/イタリア
- 監督: ロベール・ブレッソン
- 製作: ジャン=ピエール・ラッサム、フランソワ・ローシャ、ジャン・ヤンヌ
- 脚本: ロベール・ブレッソン
- 撮影: パスクァリーノ・デ・サンティス
- 音楽: フィリップ・サルド
- 出演: リュック・シモン、ローラ・デューク・コンドミーナ、アンベール・バルザン、ウラディミール・アントレク=オレスク、パトリック・ベルナール
- 評価:☆☆☆☆
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ブレッソンの作品は、ネット上で検索する限り絶賛する評が多い。映画に対するこだわりを持ったシネフィルに好まれる作風であるように思う。確かに物語展開のために最低限必要な要素を厳選し、構成されたように感じられるストイックでシャープな映像表現はかっこよく、独特の魅力があることは否定できない。のだけれども、私にはそのかっこよさゆえにブレッソンの作品は過剰に評価されているように感じられる。「つまらない、退屈だ」と切り捨てることはためらうのだけれど、そこまで絶賛するほど面白いかなというのが私の感想だ。
中世騎士物語である『湖のランスロ』はブレッソンの作品のなかでは異色だ。アーサー王(フランス語ではアルチュ王)の円卓の騎士のひとり、ランスロを主人公とする物語は12世紀末に、クレチアン・ド・トロワが残している。ブレッソンのこの作品はクレチアン・ド・トロワを下敷きとしたものではなく、現在に伝わる様々なバージョンのランスロについてのエピソードから、展開の核となるものを取りだして、ブレッソン自身が自由に肉付けしたもののようだ。
中世騎士物語群は幻想的な色彩の、様々な象徴を含む伝説的物語であるが、ブレッソンはそれを写実的に描き出そうとする。冒頭の場面が秀逸だ。重い鎧に身を包んだ騎士の決闘の場面がいきなり映し出される。おそらくその甲冑と刀剣の重さゆえに、騎士の動きは鈍い。しかしその鈍重さが中世の戦いをリアルに表現している。首を切られた騎士はどさっと前にゆっくりとたおれ、頭が分離した首からは血がどばどばと流れる。この他にも腹にざっくり刀を突き刺され倒れる騎士、焼かれて炭化した騎士の死体、木に吊され烏の餌食のとなっている騎士の死体など、中世の騎士の戦いの結果が生々しく提示される。
物語は、伝承にある通り、ランスロとアーサー王の妻であるジュニヴィエーヴの不倫の愛を中心に展開していくが、登場人物たちの台詞はどれも抑揚に乏しい棒読みで、語りによって感情の起伏を表現しようとはしていない。彼らは常に静かに冷静に、人形劇の人形のように話す。この映画でもっとも印象に残るのは、騎士たちが来ている甲冑の質感、そしてその鎧を着た状態での騎馬の場面だ。鎧の金属がぶつかる音、馬具がかちゃかちゃとなる音、馬の蹄の音が、騎士の特異な身体性を強調する。駆け抜ける馬の脚、馬の動きを追う人の視線、武具のクローズアップの繰り返しで提示される騎馬槍試合の場面もユニークだ。
音楽の使用はごく控え目だ。純粋なBGMは冒頭と最後の二箇所だけで、これ以外には騎馬槍試合で騎士が登場する場面で、音楽家が鳴らすバグパイプの短い楽曲だけである。
最後の場面もいい。ランスロと彼の仲間たちは森の伏兵に射られて、無残にあっけなく死んでいく。騎士の死はドラマチックではなく、あえて散文的に淡々と提示される。刃物でさっと断ち切るような無慈悲な最後の場面は、そのアンチ・ロマンシズムゆえに、強い印象を残す。
ブレッソンの表現のストイシズムが、そのまま中世の騎士社会のストイシズムのリアリティとうまく結びついていたように思った。
うーん、見ている最中はそれほど面白いとは思っていなかったのだけれど、あとで振り返ってみると中世のとらえ方が非常に興味深い。19世紀的なロマンチックな中世像を断固として拒否した、現代的でクールな歴史観でとらえられた中世の姿をブレッソンの映像からは感じ取ることができる。