閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

ソウル市民 昭和望郷編

http://www.seinendan.org/jpn/seoultrilogy/p03.html

  • 作・演出:平田オリザ
  • 美術:杉山至
  • 照明:岩城保
  • 衣裳:有賀千鶴
  • 出演:井上美奈子,松井周,荻野友里,福士史麻,金旻緒,古舘寛治,長野海,山本裕子
  • 上演時間:2時間
  • 劇場:吉祥寺 吉祥寺シアター
  • 評価:☆☆☆☆☆
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『ソウル市民』三部作連続上演の中で今回書き下ろされた新作.『ソウル市民』三部作ではソウルに住む裕福な文具商,篠崎家の年代記が描かれる.第一作の『ソウル市民』は日韓併合前の1909年,第二作の『ソウル市民1919』は三・一独立運動の最中の篠崎家,『昭和望郷編』は1929年,世界恐慌直前の篠崎家が舞台となっている.ソウルに定着し20年たち,篠崎家では朝鮮で育った第二世代が青春期を迎えようとしている.そして篠崎家の使用人,朝鮮人の元書生も日本の植民地としての朝鮮で生まれ育った世代である.『昭和望郷編』は篠崎家の三姉妹という若い世代が中心に物語が展開し,どこか華やいだ活気が舞台に漂っている.しかしその一方で植民地での成功で裕福な生活を築いた篠崎家にも退廃と崩壊のかすかな兆しが見えつつある.観客はこの篠崎家の幸福がつかの間のものであることを,ソウルに暮らすこの一家が大恐慌とその後の満州国建設,日中戦争といった昭和史の激動に飲み込まれざるをえないだろうことを知っている.
この一家にさす暗い影を象徴するのが,篠崎家の長女の婚約者,いかにもいかがわしいアメリカ帰りの投資家である袴田(古舘寛治,名演だった!)の存在であり,篠崎家の長男である真一(松井周,これも名演.爽やかな狂人ぶりには爆笑させられた)をおそう狂気である.
崩壊直前のブルジョワの三人姉妹という設定はチェーホフを意識したものであるに違いない.
時代の不安定感と植民地時代の日韓人の微妙なメンタリティを,一つの家族の関係性を丁寧に描き出すことで巧みに表象した傑作.エキセントリックな国柱会会員による文化交流団体の滑稽なグロテスクさや狂人を使ったギャグなど,時代と状況のいびつさを反映した黒い笑いも豊富な舞台だった.
上演終了後,宮沢章夫平田オリザの対談形式のポストトークあり.平田オリザが開拓した現代口語演劇の流れにそったスタイルが大きく支持されている現状に対する危機感を宮沢は表明していた.こうしたスタイルが芝居を「矮小化」してしまう危険性があると宮沢は言う.そういえば僕が今年観て面白いと思った芝居もポツドール,松井周,五反田団など「リアル」系の劇団が多いことに気づく.ポスト80年代小劇場の時代,「現代口語演劇派」が時代の流れにのっかっていたのだ.