閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

筒井康隆『恐怖』(文春文庫,2004年)
恐怖 (文春文庫)
評価:☆☆☆

1960年代後半に生まれた僕の年代には,高校の頃までに筒井康隆にはまる人間が案外多いように思う.
僕の高校時代,1980年代中ごろの筒井康隆は『虚人たち』『虚構船団』『夢の木坂分岐点』などの意欲的な実験的作品を次々と発表し,全集の刊行もはじまるなど,まさに脂が乗った時代だった.
筒井康隆が近所に住んでいたこと,一才下の弟と筒井の長男が同じ高校で同じクラブに所属していたという偶然に由来する親近感あり,高校時代の僕は筒井にのめりこんだ.
当時たるみの書店には,筒井の新刊本が出るたびに,署名本が平積みされた.その署名本ほしさに,新刊が出るたびにその書店で書籍を購入したものだ.

筒井の著作は僕の高校時代の読書体験のガイドでもあった.筒井の書評にしたがって,ガルシア・マルケスなどの中南米現代文学,大江健三郎井上ひさし坂口安吾丸谷才一,渋沢竜彦等,僕の文学世界は広がった.

破壊的,シャープ,前衛的,クール,知的.読者をどんとつきはなすような軽薄さや冷酷さも含め,筒井の作品は僕にとって魅力的だった.

新刊で筒井の新作が出ても買わなくなったのは,やはり断筆宣言の前後だ.1990年代に入ると,筒井の小説は手に取ることがほとんどなくなった.

久々に読んだ筒井の小説.明晰で達者でクールな文体.かつての筒井の香りが濃厚に残っている作品であるだが,がらくたのように作品中に投げ出された寓意的な事物や人物のなぞは,説明されないまま.一人の作家が,殺人事件のしゅうへんで恐怖にかられる様子が淡々と描かれているが,その描写の奥にありそうな著者のさまざまな仕掛けがよくわからず,消化不良気味.説明不足,雑な読みの中条ショウヘイの解説には不満が残る.