閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

野田版鼠小僧

シネマ歌舞伎と称する映像による歌舞伎.最新の映像・音響技術で録画された野田演出の大ヒット作品を,デジタル上映するという試み.料金は2000円と普通の映画より若干高め.確かに映像は驚くほど鮮明で,役者の表所の細かいところまで見事に映し出している.実際の舞台の空気まで伝わってくるような見事の技術だった.
野田演出の歌舞伎の面白さは,あらゆる舞台芸術ジャンルに造詣の深い知り合いから聞かされていた.ただし僕自身は野田の舞台は先日見たばかりの『走れメルス』のみで,歌舞伎の舞台は未体験.よって今日見た『鼠小僧』のどこが野田的であるのか,あるいは伝統歌舞伎的であるのか判然としない.
しかしそんなことは全く関係ない,今日のシネマ歌舞伎鑑賞は,実に刺激的なしびれるような「観劇」体験となった.鼠小僧の劇中劇を導入とし,ひょんなきっかけから鼠小僧伝説にまきこまれ,その伝説の形成の中で翻弄される一人の守銭奴の物語.2時間弱のほとんどは演劇的約束事を十全に利用したテンポよい展開の娯楽性に満ちた舞台.歌舞伎座の横長の舞台,花道を利用した大仕掛けのスペクタクルで楽しませ,会話や動作のギャグも豊かである.そして結末に大どんでん返しの悲劇.バロック劇の会合で話題になった演劇論,役者論などの美学的問題,権力の問題,マスコミと大衆の問題などの大きなテーマが,一気に浮かび上がってくる.そして最後の最後で一転して悲劇的なラスト.ありがちのパターンの結末ではあるが,その急転のコントラストの激しさにぐいと引き込まれる.そして思わず号泣.うう,こんなありきたりのわかりやすいお話にこれほど簡単にのっかってしまうとは不覚.
開始早々のごくわずかな時間のみ,歌舞伎座の観客の反応がよすぎることにかすかな反発を感じたが,その後まもなく僕も芝居の中の世界に入り込み,役者たちのコミックな演技に素直に反応している.そして臭すぎるほど臭いラストの悲劇的演出にしっかり感情移入.
爽快な観賞後の感覚.しびれるような演劇的感興を存分に味わう.
次回の野田歌舞伎公演は,ぜひ歌舞伎座の舞台で観てみたいものだ.