閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

「演劇教育でガッコーを面白く!」の会 vol.1

公開ワークショップおよびシンポジウム
演劇人がガッコーを変える? 学びの場の最前線

場所:渋谷 吉本∞ホール

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「演劇教育」をテーマとする平田オリザによる無料の公開ワークショップがあることをmixiで知り、早速申し込む。平田オリザの『演技と演出』を読んで以来、演劇ワークショップ的な実践を語学教育の中で生かす可能性についてかなり真剣に考えていたのだ。平田オリザのワークショップにはとにかく一度参加してみなかった。平田オリザの文章は明快なので、頭の中ではワークショップがどのような目的を持ち、どのように行われるのかはしっかりイメージできていた。しかしとにかく身体を通して理解しないことには、自分でそれを応用実践しようにもおぼつかない。演劇的身体訓練は全く受けていないし、運動神経も鈍く、体力もない僕でも、「教育」という枠組みの中でのワークショップ実践なら何とかなるだろうと思った。演劇ワークショップは数あれど、こうした「応用的」な広がりのなかで演劇的訓練を受ける機会はそうそうない。無料だというのもありがたかった。
時間は1時間ほどなのでほんのさわりの部分をなぞった程度で、プログラムは平田がすでに著作の中で言及していたものばかりだった。しかし実際に体を動かしてみるのと、本を読んで頭でイメージしただけでは大きな違いがある。ワークショップ参加者は30名ほど。適当な広さの空間があれば、このような大人数でもワークショップが成立することがわかったのは大きな収穫である。

  • 仲間さがしゲーム

ワークショップの導入は、参加者に親密な雰囲気を作り出し、大きな声を出してリラックスすることを目的とする、「仲間さがしゲーム」から始まった。先導者が「好きな色で仲間を作ってください」と言うと、参加者は大声で自分の好きな色を言いながら歩き回り、自分と同じ色が好きな者を見つけなくてはならない。最初は「好きな色」、次いで「好きな果物」で仲間捜しをした。
「好きな果物」でグループを作ったあと、いったん停止。平田が思春期の中学生などを対象としたワークショップで、ゲームが始まる前に友だち通しで小声で打ち合わせ、ゲームに参加せずにグループ化してしまうことがある。こうした事態を避けるにはどうすればいいと思うか、という質問が参加者に投げかけられる。「誕生月で仲間さがしをさせる」「クラスのボス的なやつに仲間さがしのお題を出させる」などの案が出る。
その後「誕生月」での仲間捜し。30人の参加者の中で、同じ誕生日なのは何人いるか、というクイズが出される。正解は二組4名だった。なぜか大いに盛り上がる。平田によると40人ぐらいのクラスでは、たいていひと組ぐらいは同じ誕生日の人間がいるそうだ。

  • 背中合わせ

同じくらいの体格で二人組を作り、背中合わせにすわる。この体勢で共同作業が必要となる簡単な運動を行う。身体のリラックスを目的とした活動。
最初は二人でタイミングを合わせ、体を前後、左右に動かす。背中をできるだけ広い面積、密着させたほうがやりやすい、というアドバイスが平田から与えられる。次いで背中をあわせたまま、ゆっくり回す。それから互いの腕を組んで、背中合わせのまま立ち上がる。お互いにタイミング良く相手に体重を預けないと立ち上がることはできない。それができたら今度は腕を組まずに、背中合わせのまま立ち上がる。

  • 振り子

3人組で行う。真ん中の位置に立った人間が、前後に倒れるので、それを他の二人が支えて受け止める。一人は前に立ち、真ん中の人間と向き合う。もう一人は背中側に立ち、両手と体で真ん中の人間の背中側を支える。最初は振り幅を小さく、徐々に振り幅を大きくしていく。互いに信頼関係がないと真ん中の人間は倒れ込むことができない。
実際にやってみると真ん中の位置は案外恐怖を感じない。むしろ体を預けることになれてくるにつれ、段々心地よくなってきたりさえする。

  • 似た者同士

1-50までの番号が書かれたカードを講師が参加者に配布する。受け取ったカードの数字を他の参加者に見せてはならない。講師からの指示:「数の大きいほど派手な趣味を持っている、小さいほど地味な趣味を持っていると考えてください。自分の実際の趣味は関係ありません。互いに趣味を尋ね合って、自分の数になるべく近い人をパートナーに選んでください。ただし自分の数字を決して伝えてはいけません。相手の趣味の内容から番号を予想するのです。二人の持っているカードの数字が一番小さいペアが勝者になります」。
なるべくおおくの人と話さなくてはならない。しかしあまりぐずぐずしていると、数字の遠い人しか残っていない可能性も高くなる。結婚のパートナー選びと同じで見極めが難しい。このアクティビティは大いに盛り上がった。「派手な趣味」「地味な趣味」といっても各人によってそのイメージには大きな差が存在する。相手の口調や表情などからも情報をよみとらなくてはならないのだ。

  • 空想キャッチボールと空想縄跳び

ペアを作る。ボールを持っているつもりになって互いにキャッチボールをするまねをする。
途中から実際にボールを使ってキャッチボールをする。
空想でやるキャッチボールと実際のキャッチボールをしているときの動作の違いについて考える。
同じことを大縄跳びでやる。縄を持つ係のリズムに合わせて数人が縄に入り、縄から出るという動作のまねを行う。こちらのほうがキャッチボールよりはるかに模倣しやすいことに気づく。その理由について考える。
おのおのが持っている様々なイメージを摺り合わせて、一つのイメージを共同作業によって作り上げる練習である。

平田氏曰く、異文化交流・衝突社会に必然的に突入する日本社会で、こうした異質の他者に対するコミュニケーション・スキルを磨くために演劇的手法が極めて有効だとのこと。
実は実際にワークショップに参加し、そしてワークショップのあとのシンポジウムでの話の流れに、共感しうる部分も大きかったのだが若干のひっかかり、違和感も感じたのだ。この違和感の詳細についてはまた改めて考えてみたい。
ワークショップをちょっとだけ経験して思ったのは、これが一時期かなり関心を持って読んだ「自己啓発セミナー」のルポルタージュで報告されていた内容と極めてよく似ているように思えたことだ。自己啓発セミナーの方法自体は、軍隊訓練の中の洗脳プログラムと関わりがあるとどこかで読んだことがある。平田オリザは宗教での洗脳プロセスとの近似性にちょっとだけ言及していたが、このへんが「ひっかかり」の原因かもしれない。
また演劇的実践が教育プログラムの中で有効性を持ちうるにせよ、果たして日本社会に本当にこの種のプログラムの需要があるのか、という点ももっと深い議論が欲しかった。演劇の社会的価値付けの問題であるとか、こうした教育を実践するためのコストの問題とか、現状では議論すべき問題がまだ多すぎるがゆえに、大風呂敷ばかりが広げられているような感もあり。

シンポジウムでは実のところそれほど実りのある話を聞くことはできなかったのだが、高校の先生の発言の中で、教師の側がこうしたアクティビティを行う上でのモチベーションを上げるため実践についての報告があったのが興味深かった。

イベントの企画自体は、東京都選挙区の民主党参議院議員である鈴木寛が主導して行っているもののようだ。政治活動の一環としてこのようなイベントを行うこと自体には別に文句はない。文化政策提言が平田オリザのような人物をブレーンにして行われるのなら、それはむしろ好ましいことであるように思う。ただスタッフのむやみに明るい礼儀正しさと、鈴木寛のいかにも「議員」風の笑顔に若干の違和感を感じたが。