閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

椿姫 La Dame aux Camelias (1848)

アレクサンドル・デュマ・フィス Alexandre Dumas (fils) [1824-1895]

椿姫 (新潮文庫)

椿姫 (新潮文庫)


評価:☆☆☆☆☆

                                                                    • -

こんな古典的名作に今更僕ごときが評価も何もないのだけれど,予想外に面白い小説であった.新潮文庫版(新庄嘉章訳)が古書店店頭の100円コーナーに並んでいたので暇つぶし用に何となく購入したのだった.フランス文学を専攻しているものの,翻訳され文庫化されているような名作古典の中にも読んでいないものが実はけっこうある.デュマ・フィスの『椿姫』もその一つだった.ヴェルディの傑作オペラの原作である.ただしヴェルディのオペラのタイトルであるLa Traviataは「道を踏み外した女」の意味である.小説のヒロインはパリの社交界に出入りする高級娼婦.椿の花を愛したことから「椿を持つ奥方=椿姫」のあだ名がついた.
椿姫はfemme fataleの一種である.社交界を渡り歩き,おおくの男を食い物にして生きていく.その美貌と洗煉された手管,そして優雅な振舞に,一人の純朴な田舎の貴族青年が夢中になる.最初は経験豊かな娼婦の椿姫に一方的に翻弄されていたかのような青年だが,その純粋な恋心は次第に椿姫を縛り上げていく.そして椿姫は,その純粋の愛に殉ずるように,至福の愛の思い出の最中に,青年から身を引き,孤独の中,短い生涯を終える.
小説は,椿姫の死後,青年の回想を,作者が聞き取るという形で述べられる.高級娼婦が短い生涯の最後にすがった青年の,未熟であるがゆえに純粋な愛の回想の背景として記述される,十九世紀中庸のパリのドゥミモンド(demi-monde [デュマ・フィスの戯曲のタイトルより.[貴族や金持ちが出入りする高級娼婦の世界;上流社交界(monde)に巣くう素性の知れない女たちのこと]の享楽的で刹那的な風俗描写が,小説の世界に奥行きを与えている.
小説発表の翌年にデュマ・フィスは,この小説を戯曲化し,1852年に舞台で上演され大成功を収めた.