閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

ヴォツェック

http://www.nntt.jac.go.jp/season/updata/20000189_2_opera.html
Alban Berg:Wozzeck アルバン・ベルク/全3幕
【指 揮】ハルトムート・ヘンヒェン
【演 出】アンドレアス・クリーゲンブルク
【美 術】ハラルド・トアー
【衣 裳】アンドレア・シュラート
【照 明】シュテファン・ボリガー
【振 付】ツェンタ・ヘルテル
【企 画】若杉 弘
【芸術監督代行】尾高忠明
【主 催】新国立劇場
(指 揮):ハルトムート・ヘンヒェン
(演 出):アンドレアス・クリーゲンブルク

キャスト
ヴォツェック】トーマス・ヨハネス・マイヤー
【鼓手長】エンドリック・ヴォトリッヒ
【アンドレス】高野二郎
【大尉】フォルカー・フォーゲル
【医者】妻屋秀和
【第一の徒弟職人】大澤 建
【第二の徒弟職人】星野 淳
【マリー】ウルズラ・ヘッセ・フォン・デン・シュタイネン
【マルグレート】山下牧子

【合 唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

  • 劇場:初台 新国立劇場オペラ・パレス
  • 上演時間:1時間半
  • 評価:☆☆☆☆★
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強烈な舞台だった。五月に新国立で見たリチャード・ジョーンズ演出の《ムツェンスク郡のマクベス夫人》の演出も素晴らしかったけれど、それに匹敵する出来映えだった。

演劇的な面で非常に優れた舞台だった。悲劇の構造を明確に浮かび上がらせ、かつ現代の閉塞的状況を作品世界にスマートなかたちで重ね合わせる。
家庭崩壊の過程をグロテスクに描く悲劇。しがない一兵卒であるヴォツェックは美しい妻マリー、そして子供の三人で慎ましい生活を送っていた。貧しいがゆえ彼は子供に洗礼を施すこともできない。エキセントリックな主治医や軍隊の上官からの強烈で執拗なモラル・ハラスメント、生活上の不安などから小心者のヴォツエックは追い詰められ、徐々に精神を病んでいく。妻のマリーはヴォツエックの上官と不倫関係になる。絶望したヴォツェックはマリーを殺害するが、その直後、自身もなぶり殺しにされる。家には幼い子供がひとり、ぽつんと帰ってこない両親を待っている。

美術、照明などのスペクタクル面の素晴らしさは特筆もので、これまで僕が見たあらゆる舞台作品のなかでも屈指のものだった。あっと声を上げたくなるような創意と美しさに満ちている。舞台全面を薄く本水が覆っているのにはびっくりした。汚れた灰色の壁に囲まれた殺風景で、圧迫感のある一室が、その水が「敷き詰められた」舞台上を覆う、あるいは後退する。黒スーツに黒帽の飢えた失業者の群れがその水のなかで亡霊のように立ちすくむ。あるいは肩の部分が黒いグラデーションで染められた軍服を着る兵卒の集団が水上を行き来する。グロテスクで美しい象徴に満ちた刺激的な舞台だった。
いつものとおり4階席後方から井戸の底をのぞき込むような感じで舞台を見たのだけれど、できることならば今日の舞台はS席で見てみたかったものだ。