閑人手帖

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恋愛の昭和史

小谷野敦文藝春秋,2005年)
恋愛の昭和史
評価:☆☆☆★

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明治から現代にかけての日本の恋愛観の変遷を文学作品を取材することで描き出す.序章を除き18章からなり,内容はほぼ時代順に下っていく.もともとは『文學界』に連載されていたもの.文学作品とは言ってもこれまでほとんど顧みられることがなかった,ベストセラーになったような通俗小説を幅広く取材したことに新味がある.こうした通俗小説の読者層であった「知的大衆」という日本近代社会のマジョリティがどのような恋愛観を支持してきたかが明らかになる.
各章,通俗小説の内容の紹介に大部が割かれており(現代ではほとんど読まれなくなっているものが多いので仕方ないが),小谷野節が控えめなのが物足りない.恋愛のサンプルを通俗小説から取ってくるという着想はおもしろいが,それをもって『恋愛の昭和史』というタイトルとするにはあまりにコーパスが偏りすぎているような気もする.ここで小谷野氏が取り上げた小説の恋愛観を支持していたのがどのような層なのか,もっと明確な分析が欲しい.
この著作で小谷野氏がとった方法論は井上章一のやり方を連想させる.
ちまたに広がっている戦前の硬直した恋愛観についてのステレオタイプを覆す第二次大戦以前の小説についての考察のほうに多くの発見があるのだろうが,個人的にも読んだ作品が多い戦後作品に現れた恋愛観についての紹介のほうが楽しんで読めた.源氏鶏太の中間小説に出てくる女性像は,現代の目から見ると,その性的経験の乏しさと世間知における成熟のアンバランスが奇妙に魅力的に思える.現代の女性とはちょうど逆の感じである.
森村桂については一言触れていただけだが,70年代における彼女の著作の影響力を考えるともっと深く論じる価値はあるように思う.

本書は紹介されている作品が非常に多かったため,ざっと概観をなぞったという感じ.著者の作品選択については異論も出るだろうが,これだけ大量の通俗小説を狩猟した研究者というのはちょっといないようにも思える.

西洋の姦通恋愛の起源とされるトルバドゥールの「至純の愛(フィナモール)」,トルヴェールの「宮廷風恋愛(アムール・クルトワ)」についての言説を誕生・流布させた19世紀後半のフランスの知的風土については個人的に関心があって資料を集めているがなかなか小谷野氏のようにまとまったかたちで論が展開していかない.小谷野氏が序章であげていた著作の中に未読のものがあった.うーん勉強不足.僕のほうは論を作るにはまだまだ材料集めが足らない.