河合祥一郎(白水社,2001年)
評価:☆☆☆☆★
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出版時,いくつかの書評で好意的に取り上げられていた書籍.文章の雰囲気からはもっと年輩の研究者を思い浮かべたが,著者は1960年生まれ.この著作のもとは博士学位請求論文「ふとちょ,やせ,ちび,のっぽ:シェイクスピア時代の劇中人物と役者の肉体的特徴」.英語で書かれた学術論文を,一般書の体裁で日本語で書き換えたもの.
もとになった論文のタイトルにあるように,「ハムレット」だけを問題にしたのではなく,シェイクスピア劇のキーとなる登場人物数名をとりあげて,それを演じたと想定される役者の立場からテクストを読み直した著作.しかし日本語の表題となっている第六章「ハムレット」に関する章が一番面白い.テクスト文中にある「fat」というハムレットへの形容を文字通り解釈し,当時ハムレットを演じていたと考える役者の特徴,エリザベス朝時代の身体観,たくましいハムレットの身体を設定することで明らかになる新たな解釈の提示まで論を広げる.「身体論」と題される論述は多いが,400年まえの演劇テクストから役者の身体を取り出すのは難行に違いない.著者は,乏しい上演資料の記述をさらうだけでなく,シェイクスピア劇および同時代の演劇作品のテクストから役者の身体についての記述を丹念に拾い上げることで,当時の役者の姿を再構築する.そして役者の存在を出発点にテクストを再読することで,興味深い新たなテクスト解釈の道を示す.
ルネサンス・イギリスの道徳劇からの引用が案外多い.道徳劇の登場人物はすべて寓意化された抽象概念である.シェイクスピア劇と道徳劇の劇構造の距離の近さは別の著者の著作でも指摘されていたが,この距離の近さが役者論の立場からも示されているような感じ.フランスの「道徳劇」はまだ校訂もないものが多いのが現状だが,イギリスの道徳劇は比較的研究が進んでいるのだろうか.
古い時代の演劇テクスト研究をしている立場としてはお手本にしたいような視点と論展開がこの著作には示されていた.単なる当時の役者や身体観に調査事実の列挙ではなく,作品解釈にまで踏み込んだ内容になっているのがすごい.しかもその解釈はテクストの世界解読の新たな道の提示になっている.