前進座公演
作 ふじたあさや
演出 香川良成
音楽 平井澄子
美術 西山三郎
照明 寺田義雄
振付 嵐芳三郎,
出演 小林祥子,杉本雅代,浜名実貴,志村智雄,山崎竜之介,武井茂,益城宏 ,北澤知奈美
劇場 吉祥寺 前進座劇場
評価 ☆☆☆☆★
前進座劇場での楽日公演は補助席も出る満席.客層はいつものごとく地味な老人が多いのだが,夫婦で来ている人が多い,それゆえ男性老齢者の姿が目立つのが前進座公演の特徴.
人買に騙されて,母と離ればなれになったあんじゅとづし王の姉弟の苦難の物語.姉弟はさんしょう太夫に買われ,奴婢として虐げられる.あんじゅの決死の計らいでづし王はさんしょう太夫のもとから京に逃れる.京で国司の地位を回復したづし王は姉を救いにさんしょう太夫のもとに戻るが姉は虐殺された後だった.
説教節の内容の荒唐無稽とご都合主義の中に,作者と演出家は中世の民衆のダイナミックな想像力と力強い祈りを読み取る.この演出意図はとりわけ冒頭と最後の部分で明確なメッセージとして示されていた.
残虐極まりない姉弟の虐待のシーン,さんしょう太夫の処刑シーンに聴衆が感じたであろう嗜虐的な快感とカタルシスが,地蔵菩薩の奇跡譚には民衆の素朴で切実な願望が投影されている.
暗黒の中から編笠に顔を隠し,灰の衣を身にまとった漂白の説教師が現れる.舞台に上がった説教師の群れは丹後の国に伝わる金焼地蔵の縁起を朗唱しはじめる.
「歴史」の暗闇の中でうごめく無数の民の情念は,苦難の中にあっても深い絆で結ばれた姉弟という人物像として姿を現す.そして説教師が物語を語り終えたとき,説教師の口を通して現れた物語の人物たちは,再び無名の存在に戻り,暗闇の中に消えていく.
語り,群唱,音楽,唄,様式化された演技と台詞のスタイルといった多彩な方法によって描かれる,奥行きを感じさせる世界に引込まれる.
役者も熱演.様式化された動きと台詞回しにもかかわらず,物語世界に引込まれ,類型的な登場人物たちの苦難に感情移入してしまう.さんしょう太夫による虐待の中で示される虐げられた奴婢たちの連帯も強調される.中盤若干ダレ場が長いが,冒頭30分の展開の密度は圧巻だった.
「今風」の題材ではないかもしれないが間違いなく傑作.