閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

隠された記憶 Cache

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  • 上映時間 119 分
  • 製作国 フランス/オーストリア/ドイツ/イタリア
  • 初公開年月 2006/04/29
  • 監督: ミヒャエル・ハネケ Michael Haneke
  • 製作: ファイト・ハイドゥシュカ Veit Heiduschka
  • 脚本: ミヒャエル・ハネケ Michael Haneke
  • 編集: ミシェル・ハドゥスー Michael Hudecek

ナディン・ミュズ Nadine Muse
 
出演: ダニエル・オートゥイユ Daniel Auteuil ジョルジュ
ジュリエット・ビノシュ Juliette Binoche アン
モーリス・ベニシュー Maurice Benichou マジッド
アニー・ジラルド Annie Girardot ジョルジュの母
ベルナール・ル・コク Bernard Le Coq ジョルジュの上司
ワリッド・アフキ Walid Afkir マジッドの息子
レスター・マクドンスキ Lester Makedonsky ピエロ
ダニエル・デュヴァル Daniel Duval ピエール
ナタリー・リシャール Nathalie Richard マチルド

二月にフランスで観たときは早口でもごもごと話される台詞がほとんど聞き取れず,映画の内容もよく理解できなかった.字幕のある今回は語られている内容については理解できたけれども,主人公ジョルジュを振り回す「ビデオ」と「イラスト」の脅迫の真相については依然わからない.映画の主題は「疚しさ」であることは,作品の中で登場人物の台詞によっても説明されている.
子ども時代に行った卑劣な行為は疚しさ,後ろめたさの感情とともに記憶の底に眠っていたのだが,その忘れ去りたい記憶が数十年後にビデオテープの脅迫によって暴力的に無理矢理喚起される.疚しさにうろたえた主人公の言動は,妻,息子がそれぞれ抱える秘密,家族関係の中に存在する欺瞞を表出させ,主人公はますます追いつめられていく.この主人公の個人的な疚しさは,一九六一年にフランスがアルジェリア人に対して行った卑劣な虐殺行為の隠蔽とも結びつく.この虐殺事件は近年になるまで隠されてきた,フランス現代史の汚点である(以下結末の内容を含む可能性あり).

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映画の主題は明瞭なのだが,提示された謎は不可解なまま.40年の沈黙のあと主人公にビデオとあの示唆的なイラストを送りつけたのは誰なのか.「衝撃のラスト」という惹句なので,最後の場面はとりわけ食い入るように見つめ,ヒントを探した.コレージュの校門,親の迎えを待つ子どもたちの姿.主人公のジョルジュの息子ピエロが,かつてジョルジュが陥れたアルジェリア人の召使いの子どもマシッドの息子と親しげに話す様子がさりげなく提示されている.パンフレットにあるハネケのインタビューでは,「映画を観た三部の一ぐらいの観客はあのシーンにきづかない[…]しかし気づかなくてもそれはそれでいいのです.別にこのシーンがなくても映画は成立しますし,一番重要なのは,誰がビデオを送っていたかでない」と話す.となるとジョルジュの息子ピエロとマシッドの息子がビデオ送付の犯人ということになるが.しかしマジッドもその息子もビデオの犯人であることは否認している.彼らの言葉をそのまま受け取るとすると,ビデオ脅迫の犯人はピエロということになるが,そうならばいったい動機はどこにあるのか.また何をピエロはマジッドの息子と話していたのか.

これまで観たハネケの映画は難解そうではあっても論理的な解釈の糸口は必ず映画の中で提示されていた.ピエロが犯人だとすると,ジョルジュ一家の家族関係の不全の中にその動機を探してみたくなる.
ピエロは母親アンの浮気を疑い,彼女に対して不信感を抱いていることは映画の中で示されている.母親は,ジョルジュと共通の友人であるピエールに,夫婦関係の悩みを訴えて涙を流す.ピエールとアンの親密さは,友人以上の関係を暗示するが二人が肉体関係を持っているかどうかは不明である.
ピエロと父親との間柄もぎごちなく,息子は父に対し最小限のことばしか交わそうとしない.父親はそれをピエロが思春期に入ったからだと考えている.
アンとジョルジュの夫婦関係もどこかよそよそしい.ジョルジュは自分の過去の秘密をなかなかアンに明らかにしようとしない.最終的にかつての自己の卑劣な行いを告白するが,それも不誠実な言い訳を伴っており,僕にはジョルジュには依然話さない事実を持っているようにみえた.こうしたジョルジュの態度にアンはいらだちを表明するが,それはこれまでの夫婦関係のひずみが顕在化したものに過ぎないものだったかもしれない.

ジョルジュが幼い頃に罠に陥れ家から追放したアルジェリア人マジッドは,彼の息子と共に,誠実な人物として描かれる.ジョルジュの突然の訪問の際の彼の冷静な対応とジョルジュ退室後の涙は,マジッドの怒りの深さを印象づける.