閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

地下室

文学座+青年団自主企画交流シリーズ第一弾

  • 作・演出:松井周
  • 美術:杉山至×突貫屋
  • 照明:西本彩
  • 衣裳:小松陽佳留
  • 総合プロデューサー:平田オリザ
  • 上演時間:100分
  • 出演:古舘寛治,大竹直,古屋隆太,辻美奈子,たむらみずほ,堀夏子,山本雅幸(以上青年団);頼常明子,征矢かおる,得丸伸二(文学座
  • 劇場:小竹向原 アトリエ春風舎
  • 評価:☆☆☆☆☆
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今年これまでに観た芝居の中では,三本の指に入る衝撃的な作品(あと二本を挙げれば庭劇団ベニノ『ダークマスター』とポツドール『夢の城』).今月,特に今週は予定が立て込んでいたので,この作品は観劇予定から外していたのだが,ブログ等での絶賛の記事を読んで関心をひかれ,今日の夕方に急遽予約を入れたのだ.アトリエ春風舎に行ったのは今日がはじめて.有楽町線小竹向原の駅のそばのマンションの地下にある小さなスタジオで定員は100名ほどか.
今日は4時前に電話で予約を入れたところ,整理番号は52番だった.開演の20分前からチケットにある整理番号順での入場になる.開場時刻に受付にいないと,当日予約の人が先に入場して席を確保してしまうという事態になる.小さな劇場なのでどこに座っても見え方は同じようなものだけれども,今日は通路にも椅子を並べる超満員で,客入れの手際が悪く狭い待合い場所は大混雑していた.

作品の舞台は,怪しげな水を販売する組織の活動拠点にある地下室.殺風景な部屋の中央奥には組織の主力頒布商品である「水」の製造機が置かれていて,前方の大きなテーブルでは組織のメンバーが話し合いを行っている.オーガニックな健康食品を組織では取り扱っているようだが,その雰囲気は宗教的な秘密結社のような閉鎖性を感じさせる.


青年団で平田オリザ以外の日本人作家の作品を観るのは今日がはじめて(外国人作家の作品は観たことがある).青年団の見慣れた役者たちが,青年団風のリアリズムの芝居を,あたかも平田オリザの芝居の上演をなぞるように,やっているように最初のうちは思っていた.しかしそこで演じられるテクストは平田オリザのテクストにはない邪悪さで満ちたものだった.
人間が心の底で飼っている悪意が,閉鎖的な環境の中でどんどんと露わになっていく様子がリアルに描かれた脚本は秀逸である.悪意は途中からは当事者にもコントロール不能なほど暴走してしまう.エスカレートした悪意がエキセントリックなかたちで表出される様は喜劇的ではあるが,劇が進むにつれ次第に嗤うと同時に薄ら寒いものも感じはじめる.サディスティックないじめの当事者,自己防衛反応によって半ば無意識のうちにいじめに同調することで,いじめをさらにエスカレートさせる者たち,組織の中の孤立で自己喪失し吐き気を感じつつも気弱な愛想笑いを浮かべながら,卑屈な自己承認を求めるいじめられ役.我々が日常で遭遇する陰湿さが見事に演劇的に再現されていた.われわれ,少なくとも僕には,こうした状況の中での居心地の悪さに思い当たる節がある.「いじめ役」であったこともあったが,「加担者」であったことも,「いじめられ役」であったこともある.
閉鎖的な組織ではこうした陰湿さは簡単にエスカレートしてしまい,その場にかかわる全員がもがき苦しみつつも一歩一歩ぬるい地獄の深みにはまり込んでいく.『地下室』は人間の悪意のグロテスクさを,舞台という装置の中で培養した上で,優れた演劇的再現によって提示した傑作である.
人間の悪意についての定番的素材を,陳腐ともいえる設定を利用しながらも,生々しい形で再現させることに成功した脚本のすばらしさ,そして表現のディテイルに気を配ることで重厚なリアリティを表現しえた演出と役者の演技力を大いに賞嘆する.
この手の芝居が好きな人は必見.28日まで.