- 作者: 佐橋慶女
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 1993/04
- メディア: 文庫
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評価:☆☆☆☆★
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佐橋慶女の『おじいさんの台所』(文芸春秋、1984年)は、妻に先立たれ、齢80を過ぎてからひとり暮らしを始める著者の父の自立の様子を、父親がつけた日記をベースに描いたエッセイだった。老人がひとり暮らしをする際に生じる問題点が、著者の客観的な視線によって明瞭に、そしてユーモラスな文体で指摘された好著であり、新しい日常の冒険に前向きにとりくむ老人の格闘ぶりに私は心地よい読後感を持った。
このエッセイは評判となり日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した。年老いた父の自立の二年目を描いた続編がその後出版されているが私は未読である。
今回読んだ『「おじいさんの台所」の死』は、著者の老父が一人暮らしをはじめてから八年後、七年の独居生活の末、著者の父親が死んでしまった後に出版された。老父は88歳で死んだ。この父親は、かねてからの望みどおり倒れてから20日の入院生活の後、高いプライドを毀損されるような状況に陥ることのないまま、「直角死」した。エッセイは老父の日記の抜粋と著者の回想・考察からなっている。独居生活の最初の一年を描いた『おじいさんの台所』と比べると、死ぬ前の数年間を描いた今作は老いによって加速度的に身体が衰え、その身体の衰えがさらに精神に深いダメージを与える様子が、老父の客観的な自己観察に基づき、リアルに描き出されていて、読んでいて痛々しさを感じざるを得ない。老父自身の知性は常に明晰であり、彼の人生観も決して悲観的で暗いものではないのだけれど、彼の日記には死を目前に意識した人間の孤独感がにじみ出ているような気がする。
最後の章では父親の死後の、姉妹兄弟の間に起こった遺産をめぐる感情のもつれについて、著者は隠すことなく書いている。衰えた父親の同居をめぐる問題についても。肉親への遺恨がこうした記述を著者にさせた面もあるのだろうが、著者の筆致は冷静で事態をできるかぎり率直に公平に記そうという意思が感じられた。こうした問題は親がいる限りかなりの確率で向き合うことになるはずだ。私と弟もいずれはこうした問題に直面するだろう。この章の内容はそういった場合の心構えや覚悟について考させる。