青年団リンク RoMT 第4回公演
ここからは山がみえる YOU CAN SEE THE HILLS
- 作:マシュー・ダンスター Matthew Dunster
- 翻訳:近藤強
- 出演:太田宏
- 演出:田野邦彦
- 制作:森忠治(トライポッド)、RoMT
- 劇場:三鷹 山猫写真館
- 評価:☆☆☆☆★
2010年の夏の初演時の印象が強烈で、太田宏の独演版だけでなく、高校生によるリーディング公演も私は見に行った。
3年後の今年、上演時間3時間を越えるこの独演劇が再演されることが決まったとき、私は観客として徹底的にこの作品を味わいつくそうと思った。7/21(日)の三鷹の山猫写真館での『ここからは山がみえる』公演は、私が見ることができる最後のチャンスだった。4月から5月にかけてのアトリエ春風舎での公演を私は既に2回見ている。
映像を用いたアトリエ春風舎の公演はRoMTの今回の『ここからは山がみえる』の標準版、完全版ともいえるものだ。この春風舎での公演のあと、役者の太田宏と演出家の田野邦彦の二人だけで上演可能な、機動力のある別の上演版が作られ、各地で上演された。
「地方巡回版は、いわば本編の『簡易版』ですか?」
という私の問いに、演出家の田野氏は、
「いや、私と太田だけで上演できる舞台ですが、『簡易版』ではありません。別の演出による別のバージョンだと思って下さい」
と返答した。
6場、3時間越えるこの作品をたった一人の俳優の声と身体、そしてごく簡素な美術で、舞台作品として成立させるのは相当大変な作業であることは、言わずもがなである。俳優のみならず、観客にとっても一つの挑戦と言えるような舞台である。
この3時間を成立させるために、春風舎版では俳優の語りや動きへ演出だけでなく、人物名を書いた黒板の配置、バー風の客席の作り、映像による人物名の提示など、数多くの細かい工夫があった。演劇公演に特化し、稽古用のアトリエとしてかなり長期間使用できるアトリエ春風舎だからこそ、可能だった工夫が多かった。こうした細々とした仕掛けに支えられることで、観客は3時間を越える長時間、一人の俳優に向き合い、彼の語りの世界に入っていくことが可能になったのだ。実際、3時間、話し続けることも相当な難行であるし、聞き続けることもやはりけっこうな集中力、能動的想像力が必要とされるのである。しかし語りに乗ることに成功し、3時間を渡りきったときの充実感は何ともいえないものがある。
そもそもこの大変な作品を、春風舎のような機材が必ずしも揃っていない各地方の会場でどうやって成立させるのだろう、という疑問があった。アトリエ春風舎での上演は、映像や照明も使ったフルバージョンだが、春風舎での公演のあと、この作品は日本のいくつかの都市でツアー公演が行われた。このツアー公演の上演版は、俳優と演出で音響オペレーター担当の田野氏と制作の3名の体制で上演できるように工夫されている。美術も原則的に各会場に備え付けのものを用い、持ってくるのは四角い黒板を数枚だけ。地方上演にあたっても、上演時間を切り詰めるということはしていない。この語りの長さはこの芝居にとって本質的なものだ。この長さを共有することが、観劇の充実感を生み出すのだから。
三鷹の山猫写真館は一軒家の建ち並ぶ住宅地のただ中にひっそりある。
三鷹の住宅地の中にある洒落な写真館。RoMT『ここからは山がみえる』青年団の太田宏が三時間、一人で語る芝居が始まる。
RoMT『ここからは山がみえる』ベージュ色のレトロな空間での一人語り演劇。柔らかな白熱灯が作り出す陰影が美しい。三時間の語りの間に窓越しの光も変化していった。充実した特別な時空に浸る。
ツアー公演版である本上演では、春風舎版と比べると舞台美術として用いられる黒板の数も少ないし、映像は使われていない。ベージュで統一されたがらんとした空間は、柔らかな白熱灯でぼんやりと照らされている。ここでは太田宏の語りへの依存が、春風舎版よりはるかに高くなる。
太田宏の語る姿は本当にかっこよかった。白熱灯の光が、太田の顔に絶妙な陰翳を作り出す。春風舎版のように会場内を動き回ったりはしない。椅子に座り、彼は語る。3時間の語りのあいだに、昼間から夕暮れの時間の経過によって窓の色が変わっていくのもいい。
山猫写真館という場の特性を最大限利用し、『ここからは山がみえる』の語り物としての純度を高めた幸福な時間だった。この公演での太田宏の美しさ。レトロな空間のなかで、観客は彼のことばが作り出す魔法のなかで幻想的な陶酔の時間を味わったのだ。