閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

2025/08/09 テーマハウス@武蔵野市八幡町一戸建て

テーマハウス Theme house

 

2025/8/9(土)-11(日)11:00-19:00(13-14休憩)

magazine.confetti-web.com

 岸本さんは「アミューズメントパークで行われているアトラクションとスタッフの関係性は、そのアトラクションやエリア全体の世界観を言葉での説明ではなく、その世界観の住人としての演劇を行うことで感覚的にテーマパークのお客さまに伝えており、そのアトラクションとスタッフの関係性を、美術作品と役者に置き換え、パークではなくハウスで行うのでテーマハウスとした」と話す。(『吉祥寺経済新聞』

https://kichijoji.keizai.biz/headline/3446/ )

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平原演劇祭の高野竜さんが出演するということで見に行った《テーマハウス》だが、リニューアル工事が予定されている古ぼけた民家を会場とするインスタレーション・アートのようなものだった。各部屋では展示された作品にちなんだ演劇的パフォーマンスも行われるという。場所は吉祥寺駅からバスで20分というかなり行きにくい場所である。率直に言ってかなりどうしようもない、唖然とするようなアート・イベントではあった。

チケット予約のときから悪い予感はあった。11時から19時までがオープン時間(うち13-14時までは休憩)とあったが、予約するときに訪問時間を指定しなくてはならない。それが二〇分単位となっている。演劇的パフォーマンスがあるというのに20分?とまず思った。しかも予約時刻が15時だった場合は15時20分までに退室せねばならず、仮に予約者が遅れて15時15分に到着した場合は、5分後には退室しなければならないとある。数部屋で展示/パフォーマンスが行われるとあるのに、20分で鑑賞を完結させることができるのかどうか疑問に思った。そもそも演劇的パフォーマンスである限り、一定時間以上、その場でパフォーマンスに立ち合わなければならないと思うのだが、各パフォーマンスの上演内容も時間もわからないのだ。なおこの20分退場制については、パフォーマーにもしっかりと伝えられていなかったようだ。私は20分枠二コマをとりあえず予約した。ちなみに料金は20分一コマ1000円だった。

会場はけっこう不便なところにある。Google mapの指示に従って、私は吉祥寺駅からバスに乗った。20分ぐらいは乗車したと思う。会場はごくふつうの古びた一軒家だった。私は15時に予約していた。14時50分ごろに会場に到着すると、入り口にいたこの《テーマハウス》の企画/演出の岸本悠生氏から、「今、入れませんので、待っててください。14時55分になれば案内できます」と言われる。
「待つって、この家に前で?」
「近くにコンビニがありますので、そこででも」

暑かったのでコンビニで5分ほど時間を潰した。

《テーマハウス》入場時には、岸本氏からA4一枚の企画概要を記したプリントを渡されて、
「ここに書いてあるとおりなんで、適当に各部屋を回って下さい。中にいる俳優に話しかけたりしても構いません」というごく短い説明があった。
文字フォントが4ポイントぐらいか?、老眼の私には厳しい大きさだ。まあ、若いからこの手の気づかいがないのはしかたない。


40分の「制限時間」なので、せめて高野竜さんのパフォーマンスだけはちゃんと見ておきたいと思った。とりあえず入ってすぐ左手にある扉を開くとそこは脱衣場とユニットバスだった。風呂桶にはうらぶれたおっさんが座っていてぎょっとする。高野竜さんだった。

「お客さん入りました」という建物入り口で岸本氏の声が聞こえた。

高野さんがテクストを読み始める。長編小説の途中からだ。ニューヨークの地下の暗渠を探索していると、骨があってうんぬんという話だ。

風呂場なので冷房もない。暑い。こんな暑くて息苦しい場所で、浴槽にはめ込まれたような姿勢でひたすら小説を読みあげる高野竜さんとマンツーマンというのは、濃厚すぎる。高野さんはひたすら読んでいる。脱衣場には写真のような抽象画が吊されていたが、どおってことのない作品ではないか。高温多湿の浴室での高野さんのエンドレスの朗読とこの抽象画の組み合わせ。15分ほど聞いていたのだが、語りの内容は全然頭に入って来ない。若い女性二人組が入ってきたのを幸いに、この浴室部屋から出た。

一階のもう一つ部屋、おそらくキッチンだったところには、上の写真にあるようなついたて状オブジェがどーんと置かれていた。高野さんは「圧巻だ!」と称賛していたが、私には何がすばらしいのかわからない。「圧巻???」という感じ。この部屋にはパフォーマはいなかった。

狭い階段を上がって二階に上ると、二階には四つの展示スペースがあった。

最初の部屋には、林の田舎道を描いた具象画とがあり、その前で佇むラフなかっこうをした男性がいた。彼がどうやらパフォーマーらしい。最初は四つの部屋を黙って回ったのだが、せっかく遠くまでやってきて2000円払っているのに、とりたてておもしろみもないインスタレーションを見ただけで帰るのはバカみたいだと思い、この男性に話しかけてみた。
「なにやってるんですか、ここで?」
「いやあ、朝の散歩を」
「あの林の道を散歩しているという体ですか?」
「……」
「なんか面白いことやって、びっくりさせてくださいよ」
「……」
彼は困惑していた。観客に話しかけられることは想定していなかったのか。

二番目の部屋では、細長いスチール(?)でできたオブジェが二つ並べてあって女性がそこでうろうろと動き回っている。

「何をしているですか?」
「掃除です」
「このオブジェはなんですか?」
「あ、それは椅子なんですよ。ちょうど列車が出たところで。それでホームにある椅子を」
「椅子だったら、ここに私が座ってもかまいませんか?」
「あ、大丈夫ですよ」
大丈夫じゃないだろう。ちょっと座りかけたら、そのオブジェが大きくたわんだ。

三つ目の部屋では写真のような絵画が壁面にあり、その前で小柄な女性が跪いてなにかを組み立てるような動作をしている。

「何をしているんですか?」
「積み木を組み立てているんです」

「積み木なんてないじゃないですか?」

「いや、ありますよ、ほら」
「あなたは子どもという体なんですか?何歳ですか?」
「10歳です」
「なるほど」
彼女はせっせと見えない積み木を組み立てる動作をしていた。

四つめの部屋には戸棚のような場所に写真のような女性が無表情に座っていた。絵はカラフルな抽象画だ。私が絵の前に立つと、彼女は戸棚から身を起こし、私の横で絵を眺めたあと「ほう、これは○○だ」とかなんか言って、また戸棚に戻った。

彼女に「いったいなんと言っていたのですか?」と尋ねたけれど、彼女は私に視線を返すこともなければ、返事もしてくれない。そういうキャラクターとなっているのだろう。
会場に入るときにくれた「当パン」には、「テーマパークの仕組みであるコンセプトを元に製作された事物とその事物のコンセプトに沿った世界観を演じるキャストという仕組み」を展示会に転用したとあるが、展示されている作品のメッセージもそれを具現しているとうキャストも、私には意味不明だった。
こうやって写真入りでその様子を記述すると面白そうに思えるかもしれないが、企画者の意図通りに面白いと思えるようなものではない。メタ的な観点から批評すると面白いともいえるが、これは企画者、作家、パフォーマーにとっては本意ではないだろう。
東京ディズニーランドやUSJの仕組みを転用し、美術の社会教育を目的とていると「当パン」にあった。つまり前衛芸術のテーマパーク化、それゆえ企画タイトルが「テーマハウス」となっている。
しかし実際の展示は、ディズニー、USJなどのテーマパークに寄せたというよりは、やる気の乏しい高校の文化祭のお化け屋敷といったかんじの粗っぽい、素朴なインスタレーション・アートだった。こういう表現が表現としてごろっと無造作に、ある種の確信をもって投げ出されているというのは、ホラーっぽいとも言える。まさにお化け屋敷。しかし「展示」されていたもので、最も私をギョッとさせたのは、蒸し暑い浴室で朗読する高野竜さんだ。あれはびっくりする。

結果的には、そのつきぬけたひどさゆえに記憶に残るアート・イベントでもあった。清々しいほどひどいというか。私は私なりに楽しむことができたので、よしとしたい。こういう見世物は滅多に見られるものではない。