閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

いのち:生命科学に言葉はあるか

最相葉月、文春新書、2005年
ISBN:4166604740

                                                  • -

クローン、クローン胚を利用した遺伝子治療によって生じうる問題を、11人の異なる分野の専門家との対話によって浮かび上がらせる。ヒトのクローン胚をめぐる研究について議論を重ねてきた生命倫理専門調査会への傍聴の末、著者自身が達した立場は終章に記されている。再生医療への適応を旗印に、クローン胚研究が含有しうるヒトの生命倫理に関係する膨大で深刻な事象について、十分に検討されぬままクローン胚研究が進むことに著者は危惧を感じる。この結論は著者自身の頭の中だけで練り上げられてきた理念に基づいてのみ下されたのではなく、ハンチントン病、筋萎縮性側索硬化症などの深刻な遺伝性疾患を抱える患者、その治療に携わる医師たちへの取材をへた上での結論だ。
2005年秋にこの著作が出たが、この12月にヒトクローン胚からのES細胞をつくったとされれる韓国の研究者の論文のねつ造が判明したのは、示唆的な偶然である。遺伝子医療の進展という大義名分のもと、ヒト胚研究の後ろ側に存在する巨大な利益構造、そして人間の知に対する悪魔的どん欲さの暗闇を、かいま見るような感じがする。

著者は、各分野の専門家の「個人」としてのことばを周到な準備によって引き出すことによって、一素人がほぼ「白紙」の状態から自分なりの見解を作り出す過程をこのインタビュー集によって追体験させてくれる。
クローン胚研究に関係しうる生命倫理の問題は、私にとって非日常的な大問題ではあるが、それが出産や医療という身近で切実になりうる日常的事柄と結びつくことに、この著作に気づかされた。

硬質なルポルタージュ。「なぜだろう」という素朴な疑問設定を、取材を通してだけでなく、詳細な資料探索によって、一歩一歩徐々に明らかにしていく著者の姿勢に共感を覚える。