閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

暗渠の宿

西村賢太(新潮社,2006年)
暗渠の宿
評価:☆☆☆☆

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「けがれなき酒のへど」,「暗渠の宿」の二編を収録.158ページ.
極めて悪趣味な露悪と自虐に満ちた反時代的私小説.破滅型人生への文学的自己陶酔に満ちた内容は,現代においては純文学的というよりはむしろつっこみどころ満載の娯楽小説の一種として受容されている面も大きいのではないだろうか.生々しい性欲の描写,買春の露悪的告白,おそらく実際よりは誇張された醜悪なエゴイズム,女性への暴言と暴力といった描写の連続にもかかわらず,読後感は意外に軽い.そしてその内容のえげつなさに反して,文章は読みやすい.「けがれなき酒のへど」の最初の部分にある,呼びつけたデリヘル嬢の醜さの描写など,どことなくユーモラスな筆致に作者の「のり」を感じる.文体は軽やかでスピード感があるのだ.

それで代替の大まかな希望のタイプとして清楚系でできれば黒髪,そしてできればショートカットか肩までのボブの女の子をリクエストしたのだ.無論これも琥珀色を求めてただの黄色でも出てくれればまずは当たりの部類だとの思いでいた.しかしラブホテルの一室に現れたのは黄色どころか,黒も,その上へさらに墨汁をまぶしたかのような三十近いかと思われるひどく痩せた女で,その藪睨みに近い一重瞼の吊り目といい,何か深刻な病巣のひそみを暗示しているような,異様に細じまりした鼻梁といい,今にも膿汁の流れだそうなすぼんだかたちの鼻の穴といい,唇がゆるく開いた受け口といい,清楚系と言うよりはどうにもサイケデリックな顔立ちで,おまけに,ソバージュにした茶色の髪を背中辺まで無造作にのばした,私の最も嫌いなタイプの女であった.(「けがれなき酒のへど」8-9).

こうした露悪的描写の連なりの中に,作者の文学的求道者ぶりをアピールするかのように,石川県出身の作家,藤沢清造の全集刊行に作者が全力を注いでいることを示すエピソードが挿入される.