閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

夕凪の街 桜の国

http://www.yunagi-sakura.jp/

昭和33年、原爆投下後13年目の広島を舞台とする「夕凪の街」と現在の物語である「桜の国」の二部からなる作品。この二つの物語は連関している。
「夕凪の街」では麻生久美子が原爆で生き残ってしまったことの罪悪感から逃れることのできない女性を好演する。その理不尽な疚しさを受け止め、彼女の生を全面的に肯定する男性が現れたところで、残酷な運命の転換が告げられる。しかしその残酷さを彼女は予期していたように安らかに受け止める。悲痛な抒情に満ちた美しいおとぎ話。幸福の絶頂にあるときに、その幸福から引きはがされることで、原爆から自分だけが生き残ってしまったという疚しさから解放され、心の安らぎを得る、という逆説の繊細な美しさは感動的だった。この寓話的悲劇の背景には、無慈悲で不条理な原爆投下の現実が確かにあったことを思わずにはいられない。
後半、「桜の国」で時代は現代に移る。第一部の主人公の姪にあたる女性を田中麗奈が演じる。退職後、不可解な行動を取る父親を彼女は尾行する。父親が向かった先は広島だった。父親を追跡する過程で、広島への原爆投下が一族にもたらした悲痛な現実が60年以上のときを経て自分にまでつながっていくことに彼女は気づく。しかし家族の中で原爆を通して受け継がれたのは、忌まわしい後遺症や苦悩、悲しみだけではなかった。人と人をつなぎ家族を形作っていくかけがえのない思い出、新しい世代への希望もまた伝えられてきたことに彼女は気づく。

原爆の悲劇をしっかりと伝えつつも、その悲劇の中で形成される家族の物語を叙情的に描いた秀作だった。