閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

我が至上の愛:アストレとセラドン

http://www.alcine-terran.com/wagaai/index.html
我が至上の愛アストレとセラドン〜(2007) LES AMOURS D'ASTREE ET DE CELADON

5世紀ガリア(現在のフランス)の農村を舞台とする田園牧歌劇。ゴート族の侵入、ローマの支配などの史実が示唆されるが、これらの史実はまったく重要ではない。この作品中の5世紀のガリアは、原作者である17世紀前半のフランスの小説家によって想像された田園的ユートピアであり、そこでは無邪気な羊飼いたちが素朴ながら雅な恋に興じる。
田園での、とりわけ羊飼いの生活に理想郷を求める文学の系譜は、古代ギリシアのテオクリトス、ローマのウェルギリウスから、中世の「羊飼い娘の歌」を経て、近代にいたるまで連綿とヨーロッパ文学のなかで続いてきた。日本でアニメ化されよく知られている「アルプスの少女」もこの系譜の末尾に位置する作品だろう。この流行にはいくつかの波があるが、オノレ・ド・デュルフェが『アストレ』を発表した16世紀後半から17世紀前半かけても田園牧歌が大流行した時代だった。デュルフェの『アストレ』自体、この流行のきっかけとなるのだが、小説に限らず、抒情詩、演劇、音楽、舞踊などのさまざまな芸術的ジャンルにおいて、羊飼いの田園生活を題材とする作品がもてはやされた。

この羊飼いは現実の羊飼いの姿を反映したものではなく、古代以来の文学的伝統のなかで育まれた虚構的存在であり。彼らが熱心に行うのは、羊の世話ではなく、舞踊と歌、遊戯、そして恋愛である。当時の貴族階級の人間は、文学的に想像された素朴で単純な羊飼いたちの田園生活に、ある種の理想郷を夢見たのだ。そこは社会のあらゆるしがらみから解放された自由な世界である。そして羊飼いたちは恋愛も自由に謳歌していた。

ロメールの『アストレ』はこの17世紀貴族が田園生活に仮託していた素朴でエロチックな幻想を、その古代憧憬の勘違い振りも含め、ユーモラスに提示した興味深い作品だった。アストレとセラドンの役者の姿かたちの美しさも申し分ない。アストレがさらす小ぶりの乳房と乳首のまた愛らしいことと言ったら。18世紀のロココ絵画を連想させる典雅でエロチックな恋愛幻想が巧みに映像化された作品だった。