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閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

能楽師・山中迓晶(がしょう)「能のある空間」@池袋コミュニティカレッジ

池袋コミュニティカレッジに観世流能楽師、山中迓晶氏のレクチャー「能のある空間」に行った。まだ山中氏は四十一歳の若い能楽師である。

「能のある空間」は氏が1999年以来継続的にいろいろな場所で行っている能の解説講座である。能楽師による解説だけに、説明のあと、その場でさっと説明した内容を実演できるのが強みだ。勤務先で親しくなった先生に休み時間に雑談しているときに三鷹で行われている山中先生の「能のある空間」について教えて貰った。

池袋コミュニティカレッジは西武百貨店池袋店別館の八・九階にある。カルチャー講座のメッカみたいなとこらしい。「能のある空間」、今回はこの会場で第一回目だった。会場にいたのは上品なおばさまがたばかりで、ジーパン、ポロシャツ姿の中年男の私は浮いていた。

プログラム内容は90分。能の歴史についての説明があったあと、まず『老松』の最後の部分を先生が舞った。一度舞ったあと、謡の内容と所作について説明があった。当然ひとつひとつの動きに意味がある。こうした意味がわかっていないと、舞の表現のなかに奥行きのある物語を読み取ることができない。能では観客が少なくともここまでのレベルまでやって来ないと、見ていてもちんぷんかんぷんで数十分、集中力を切らさずに表現を味わうことは難しいに違いない。

能はこれまで四,五回は見ているのだけれど、梗概を読むといかにも面白そうな物語が多いし、演者が橋がかりから登場する最初の場面の緊張感はぞくぞくするのだけれど、あまりにもゆったりとしたというか停滞したままの展開と謡の抑揚が強烈な催眠効果を持っていて15分ぐらいで眠ってしまう。能に限らず、私は芝居を観ていてよく寝てしまうのだけれど、能の場合はまともに一曲を見通したことがないのだ。それで足が遠のいてしまっていた。やっぱり能の面白さを味わうためにはこちらの体勢もそれなりに整えていかねばならない、こちらも向こうの高みにできるだけ近づけるべく準備が必要なのだと思う。感覚的なものだけでは集中力がもたない。

さて一端、『老松』の動きなどについて説明があったあと、もう一度同じ場面を先生が舞ったのだけれど、やはり全然見える世界が違う。ごく当たり前のことなのだけれど、自分の中に生じたその転換のあざやかさにちょっと驚いた。

今回のレクチャーでは能装束の着付けの解説もあった。豪華絢爛で素晴らしい装飾が施されている能装束の着付けは通常、三人がかりで行うという。今回は先生のご子息に先生が着付けを行った。ご子息は十九歳で現在大学浪人中だと言う。東京芸大を目指しているとのこと。
絹でできていて、美しい刺繍が施された能装束は極めて貴重なものなので、洗濯することができないそうだ。汗で汚さないように装束と肌の間に何重にも肌着(?)が詰め込まれる。着付けが終わると、先生のご子息が『経政』から10分ほどの場面を演じた。上演の前には先生から場面などについての説明があった。

まだ修行中の若者の演技ということで、見る人が見ればいろいろな瑕疵があるのだろうけれど、私は謡の掛け合いのなかで表現される所作の一つ一つに引き込まれ、能を見てはじめて感動を覚えた。『経政』をご子息が舞ったあとは、先生からダメ出しがあった。動きや発声のディテイルについてのダメ出しの様子も興味深いものだった。その後は先生が持参された十ほどの面を見る時間があった。

たった一度、数十分の「能のある空間」であったけれど、能の鑑賞の入口のドアが自分の前でちょっと開いたような気がする。迓晶(がしょう)先生の語り口は軽妙で聞いていて飽きない。そして口頭による説明だけでなく、実演も交え、立体的にいろいろな角度から能を紹介するように構成されていることにも感心した。演者の方にここまで降りて来て頂くとありがたすぎて申し訳ない感じもしたが。