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閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

はちみつ色のユン

はちみつ色のユン(2012) COULEUR DE PEAU : MIEL

  • 上映時間 :75分
  • 製作国 :フランス/ベルギー/韓国/スイス
  • 初公開年月: 2012/12/22
  • 監督:ユン、ローラン・ボワロー
  • 原作: ユン
  • 映画館:六本木シネマート
  • 評価:☆☆☆☆☆

 今年の文化庁メディア芸術祭のアニメーション部門の大賞受賞作。先週、展示会場で予告編と展示を見て、これは何としても見てみたいと思った。東京では一年前に上映されていてチェックを入れていたのだけれど、結局、見に行かなかった作品だった。

メディア芸術祭での最後の上映会が六本木シネマートで14時からあったので、昨日降った雪で足元をびしゃびしゃにぬらしながら見に行った。しかし見に行く価値はあった。本当に期待以上に素晴らしい作品だったのだ。

 

アニメーションとドキュメンタリー実写映像の混合表現だった。ユンは原作者でマンガ家。ヨーロッパには養子となった朝鮮人が多いことは聞いていたが、現在40代半ばの彼も韓国の孤児院で5歳まで過ごしたあと、フランス語圏ベルギーの家族に養子として引き取られた。1970年のことだ。当時は韓国人養子がある種の流行だったようで、彼が引き取られたベルギーの田舎町には、彼以外にも韓国人養子が何人かいた。

 

はちみつ色は、ユンの肌の色だ。フランス語の原題はもっと直接的に『肌の色:はちみつ色』というタイトルになっている。中年になり、マンガ家として活躍するユンが、自分の幼少期から思春期にかけてのアイデンティティについての葛藤を振り返る様子が、アニメーションと実写映像で描き出されている。実写部分はひきとり家族が撮影した古い8ミリフィルムと現在の彼が韓国にはじめて行った時の映像から主になっている。

子供時代のユンを映し出した8ミリ映像からアニメへと移行するときの処理がとても自然だった。アニメーションの絵もとてもいい。セピアあるいははちみつ色がかった色合いとシャープな描線の組合せが印象的だ。

ユンが引き取られた家族には既に4人の実子がいた。ユンが引き取られたあと、さらに1歳にならない韓国人の女の子をこの両親は引き取っている。カトリック的な慈愛に満ちた人たちだったのだろう。この家族のなかで、ユンは他の実子と分け隔てなく、親の愛情を存分に注がれていた。他の兄弟たちもユンをいじめたりをしない。

にもかかわらず、肌の色の違うユンは、自分の異質性を意識せざるを得ない。愛情たっぷりの環境で育てられながらも、その異質性のわだかまりは消えることはなく、普通の腕白な男の子として成長しつつも、心のそこでずっとうずいていた。うずきは心の闇となり、すこしずつ大きくなっていく。彼は自分の異質性を自覚しているのだけれど、それを受けとめることができず、微妙に屈折していく。

朝鮮人の出自を受け入れることができなくて、日本人であることを強く望み、日本にはまっていく場面など、彼のもがきぶりは見ていて痛ましい。ユンは他の朝鮮人養子たちと仲良くなることもきわめて稀だった。むしろ朝鮮系養子と交流を持つことを避けていた。こうした葛藤は、海外で養子となった朝鮮人の子供の多くが抱えることになると、映画のなかでユンは示す。思春期になると多くの朝鮮人養子はアイデンティティの危機に陥り、そのなかにはこの危機を乗り越えられない子供も少なくないという。

 

ユンの葛藤は、養父母や他のベルギー人たちから見ると、思春期にありがちな反抗にしか見えなかったかもしれない。しかし10代の前半、彼のアイデンティティをめぐる苦悩は激しくなり、彼は家族と離れて暮らすことを決断する。自分の居場所がもう家族の中にはなくなってしまったように感じたのだ。

おそらく家族と離れた彼は、一人で生きるということに大きな解放感を感じたに違いない。しかし家族を捨て、一人で暮らすには彼は幼すぎた。米にタバスコをかけてたべるという極端に偏った食生活のせいで、彼は胃を痛め、再び家族の元に戻ることになる。いや、あんな食事をして、自分の体を痛み付けていたのは、まさに朝鮮人養子としての彼が抱える孤独の深さゆえだろう。思春期の彼は、家族から解放されることを願望しつつ、家族のなかに居場所を見出したいという二律背反の思いのなかで苦しんでいたのだ。

 

この苦しみの表現は作品では常に抑制されているが、実に繊細にその心理が描き出されていた。最終的に彼は家族のなかに大きな安堵を見出す。いや、その安堵もかりそめのものかもしれない。養母の大らかな愛に気付き、大きな安らぎをえたあとも、ユンはずっと自分の居場所を探し続けていたに違いない。