閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

外国語の習い方.国際人教育のために

澤田昭夫(講談社,1984年)
ISBN:406158661
評価:☆☆☆☆★

                                                            • -

今から二十年以上前に書かれた大学における外国語教育のあり方についての提言.「国際人」という語彙は今では手あかが付きすぎて,その内実のなさもあり使うのがためらわれるよな言葉だが,当時はまだ新鮮な響きがあったのだろう.この書籍が書かれて以降,第二次ベビーブーム世代の入学により(我々の世代),学部新設,大学新設ラッシュとなるが「国際」と名に冠したところのいかに多いことか.そしてその名称と裏腹に国際化の第一前提となる外国語運用能力開発のためのプログラムは,学生のモチベーションの薄さ,そして何よりもまず教師側の無能・怠惰によって,ずっと停滞したままになっている.
外国語教育の技術論(LLへの過信,独自の到達度テストへのこだわりなど)についての言及にはさすがに古さもあるが,大学での外国語教育についてこれほどまっとうな議論は珍しいように思う.現状の呆れるばかりの問題の核心をつき,辛辣な調子で批判する筆致も心地よい.高等な知的運用の前提としての基礎言語運用能力開発のシステムを大学内でいかに構築するかについての極めて実践的・具体的な提言の数々.そしてその論拠についても明確に論理的に述べている.
恐るべきことに澤田の20年前のこのまっとうな提言にもかかわらず,少なくとも僕が知る限り,慶応のSFCを除くと,看板の文句だけは立派だけど内実は旧態依然とした語学授業が平然と大学で行われているという事実である.大学の語学教育プログラム改革で苦労したと言う大学教師たちの多くはこの本を読んでいるのだろうか.この本の提言のどの部分の実現のためにどんな努力をしたというのか?たいていのところは学内の人間関係調整に最大限の配慮をし,既得権をおびやかさないように,格好だけ整えた内実のない「改革」ではないか! 有名大学で専任でそれなりの給料と社会的地位を得ているのだから,本当に必要な語学教育プログラムの構築という,学内に波風をたて,誹謗中傷をあびるのが確実な面倒な作業はなるべく避けるのが処世なのだろう.
この著作で澤田が提言しているのは表層的な会話能力ではない.澤田が薄っぺらな実用語学提唱者でないことは,極めて正統的で本格的な研究方法のマニュアルである『論文の書き方』『論文のレトリック』といった彼の啓蒙的著作を読んでも明らかである.ヨーロッパ史研究者としてラテン語をはじめとする史料解読の技術と能力をもった本格的な,どちらかというとクラシックなタイプの人文科学の研究者でもある.そんな澤田が,教養主義の看板のもと害毒を流す旧来の大学語学教育を徹底的に批判してているのだから説得力は大きい.この本で述べられているのは,大学での教育内容,将来の高等な知的活動の前提となるような実践的語学教育システムである.澤田の提言の多くは現在の多くの大学でも極めて有効であるが,それを実現するには多大なエネルギーと確固たる信念が必要となるだろう.
しかしこうしたまともな語学教育改革が,澤田のものに限らず繰り返し提唱されてきたのに,現在の大学語学教育環境にあまり変化がないといのは,結局のところ,マジョリティは本当に有効な語学教育など本気では求めていなかったということなのかもしれない..学生も教師の側にしても.「これでいいのだ」ってことなのかなぁ.